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恋人形劇の閉幕  作者: ささ
第三幕  セレストブルー――悠久の天空色
9/18

03

 僕とミズリノは縁ヶ丘の街に出ることにした。

「ちょうど備品の仕入れに雑貨屋へ行くからそのついで。お客さまが天使を街案内できなかったかわりに、あたしがお客さまを街案内してあげます!」という、ヒマなミズリノの提案からである。

「お客さんが他にいなくてヒマだからじゃないんですよ? 伝票もちょうど切れてるし。ホラ、あたし仕事熱心だから。サービスも行き届いてるんです」

「はいはい」

 案内されるといっても、縁ヶ丘は小さな街だ。僕は玄関から出ると、あまねく満月亭の石階段へのポーチから夕日に暮れる街を眺めた。季節は初夏。のどかな街並のなかに背の高い建物はなく、木造の家屋が十分な間隔をあけ建ち並んでいる。

 ここから見渡せる、木に囲まれた人影まばらな公園を観察する。夕刻の日差しを溶けこませた橙色の水しぶきがキラキラとはしゃぐ噴水が中央にある。そこから、四角いステップのある人工の河が流れ、川沿いのベンチでは鳩にエサを投げる少女。鳩が小刻みに首を振り近づいていく。牧歌的な風景だ。僕の視線に気がついたのか少女が笑顔でこちらに手を振った。僕も手を振り返した。

 後ろでミズリノが玄関の扉を閉め、施錠する音がした。

「おまたせしました〜」

「じゃあ行こうか」

 僕は石階段を降りながら、視線を公園から街並に戻した。並木道のあちらこちらにあるレンガ造りの花壇に植えられたひまわりが、真夏を待ちわびるようにその身を天に向け伸ばしている。

「僕が、ええと……クルミネちゃん、にもらったひまわりは、もうきれいに咲いてたね」

「クルミネちゃんの花屋テクニックの賜物です」

 僕のあとをミズリノの軽快な足音がついてくる。

「ひまわりは町花だから。マリンでは年中咲かせてますよ。観光地として賑わってたころの名残。お土産用なの。縁ヶ丘にはもともと町花はなかったんだけど、『ミハネ キミカゲ』が人間国宝に指定されたときに町長との会談があって、そこで町花をひまわりにするって決まったんですよ。なんでもキミカゲの奥さんがひまわりが好きだったからなんですって。相思相愛っていうの? 仲睦まじい夫婦。アコガレちゃいますよね〜。天才と名を馳せる人形師にそんなに想われるだなんて」

「そう?」

 階段を降りきった僕はミズリノに振り返る。

「ですよぅ。女冥利につきるってやつです」

「へえ」

「説明しがいないなぁ。お客さまって話受け流すのトクイですよね」

「やっぱり?」

 ミズリノはステップを踏むように階段を降りきり、

「まずはマリンにご案内しましょうか。今の話を聞いたあとだと、ひまわりの見かたが変わってくるかもしれないですよっ?」

 僕に笑みを投げた。

「いや、あの通りはいいよ。天使の住処からの帰りにいつも通るから」

 僕はやんわり断った。ここは受け流すわけにはいかない。ミズリノの魂胆はお見通しだ。僕と花屋の看板娘を引き合わせ、ヤジを飛ばす気満々、なのだろう。そんなめんどうくさい、かつ気まずい状況は未然に防ぐにこしたことはない。

「そっかぁ」

 案の定ミズリノは当てが外れた、がっかりした、というように首を傾けた。

「じゃ、街の外れにあるひまわり畑にでも行きますか?

 管理してる子もお客さまのこと知らないし、ごあいさつってことで」

 ちなみに、信じられないことにこの街の住人ほとんどに僕の存在は知れ渡っているらしかった。最近訪れることのなかった観光客だから、らしい。そういえばさっき公園で手を振ってきた少女も親しげな様子だった。恐るべき田舎の伝達力。

「ひまわりから離れて、とりあえず雑貨屋に行ったら?」

「そうだった。お客さまエラい」

 僕とミズリノは等間隔で木の植えられている歩道を並んで歩いた。ミズリノは敷きつめられた正方形のタイルを二つごとにとばし歩きしている。栗色の波打つ髪の毛が、僕の視界の端、やや下のほうで軽やかに揺れ動いている。

 道中、すれ違いざま僕に遠慮なく好奇の視線を向ける、あるいはあいさつをしてくる、あるいは気さくに話しかけてくる街の住人を適当にあしらいながら、ミズリノナビゲートに合わせ歩いて行く。

「遠いの?」

 僕は訊いた。

「もうすぐです。あのクリーム色の建物」

 ミズリノは円柱状の建物を指差した。

「あれ、この店」

 僕はあごに手をあてる。見覚えがあった。

「来たことあります?」

「うん。……ああ。あの」

 その雑貨屋は歌手とした花火を買った店だった。数日前、道行く人に「花火の置いてある店はないか」と尋ねたところ、ここに連れられたのだ。

 ミズリノが透明なガラスの引き戸を明けながら「ナノカノちゃーん。こんにちは〜」と奥に声をかける。

「この声はミズリノちゃんだなー。いらっしゃいませー」

 店の奥で品出しをしていたらしい女の子が店先に出てきた。小柄なミズリノよりもさらに背の低い、砂色の髪を頭上でポニーテールにした少女だ。

「あー、なっちゃんもー。こんにちはー」

「こんにちは」

 のんびりとした口調のあいさつに、僕もあいさつを返した。ちなみに前に花火を買うために訪れたときには、なっちゃん、という親しげな略称はもらっていないし、そもそも名乗ってすらいない。

「わたし菜ノ花ノ、よろしくねー」

 ナノカノは僕に手を差し出した。握手したいのだろう。僕はその手に気がつかないふりをして頷いた。

「よろしく」 

「デート? クルミネちゃんに言ってもいいー?」

 ナノカノが誰にともなく笑顔で尋ねた。

 ミズリノは人指し指を立て、

「ダメ。あたしも修羅場の演出に一役買いたいところだけど、お客さまには心に決めた天使がいるの」

「えー。天使ってー」

 ナノカノは、ミズリノが僕から天使を見つけたという話を聞いたときにそうしたように、やはりおかしそうに言った。

「もしかしてあの都市伝説と関係あるー?」

「うん、まあ。その都市伝説の天使だよ」

 僕の言葉に、ナノカノは無言でミズリノの顔をうかがった。「この人大丈夫?」とでもいうように。

「失礼だな、きみも」

 僕はため息まじりにナノカノに言った。

「だってー。ミズリノちゃん、どうしようー」

 まったく困っていない、笑いをこらえてさえいるナノカノは、それでも助け舟を求めるようにミズリノを見た。

「それがね、ホントにいるんだよ。世紀の大発見!」

「ええーいるのー」

 ナノカノは大きな目をより大きく見開いた。

「ひどーい。クルミネちゃん明日の分のお花ももう作ってあるのにー」

「ここからそこに話題が戻るのか……」

「ね。曖昧な態度ってズルいよね」

 ミズリノは僕の発言を聞かずに憤然としたように腰に手を当てる。

「ヒドーイ」

「ヒドーイ」

「こら」

 僕は腕を振るった。もちろん叩く素振りだけだ。

「きゃー。怒られちゃったー」

 ナノカノが楽しそうに頭を押さえる。

 ミズリノ一人でも手を焼くのだ、この元気な少女にも加わられては、僕には全くのお手上げだった。

「ミズリノ、買い物に来たんだろう」

 僕はさりげなく話題を変える。




 地の懐に沈みかけている今日おしまいの紅い陽が、穏やかに辺りを包んでいる。

 僕とミズリノは街の外れのアーチの下に立った。頂上に『ひまわり畑側出入り口』という看板が乗っている。

 アーチの先を見渡せば、なだらかな下り坂の向こうにひまわりのつぼみが密集する一体が見える。

「じゃっ、あたしはここまで。あとはお客さまだけでどーぞ」

「僕一人で今一歩時期外れのひまわり畑を鑑賞させる気なのか。ここまで来たんだから、最後まで付き合ってよ」

 なかばミズリノに乗せられる形でこんな街外れまで来たものの、僕にはとくにあのひまわり畑に関心はない。こうなると、いつもは敬遠したくなるおしゃべり好きな旅館の看板娘にも隣にいてほしくなってしまう。

「まま、せっかくなんですから。あたしはね、晩ご飯の用意もしなきゃだし」

 ミズリノは、「さんきゅさんきゅ」と、僕が持つ雑貨屋で仕入れたものの入った紙袋をさらった。

「あのひまわり畑、縁ヶ丘イチの観光名所なんですよ?」

「ひまわり畑が?」

「だって、『ミハネ キミカゲ』の人形には街でフツーにお目にかかれるから。あの畑はまだ町花がひまわりになる前からあって、キミカゲも奥さんとのデートに使ったらしいです。いわばこの街のひまわりの元祖」

 『ミハネ キミカゲ』の生家であり現在は歌手の住むあの家は、観光客からすればきっと楽しい行楽地になったに違いない。けれど森の奥深くにあるおかげか、都市伝説として機能するに留まっていたようだ。そのことに僕は感謝した。

「畑の入り口の小屋にいる子にあいさつすれば、『ああウワサの旅人さんね』って顔パスですよ!」

 ミズリノは僕の背中をポンと押した。

「なんでそんなにひまわり畑を見せたいんだ」

 僕は頭をかきながらごちた。

「いい街でしょ? 縁ヶ丘。お客さまにとって縁ヶ丘イコール『天使のいる街』になっちゃったらなんだか寂しいから」

 夕日がそう見せるだけかもしれない。ミズリノは、どこかしんみりとした様子で微笑んだ。

 僕は言葉につまった。実際僕にとってこの街は、歌手の元へ行くための拠点にすぎない。

けれどミズリノにとっては、今までの自分のすべてを共にした、もはや自分自身のような場所なのかもしれない。観光客の途絶えたこの街に、それに伴って客足のなくなった旅館をあずかる自分を重ねているのかもしれない。

「だからね、見て回ってほしいの。あたし達がいるこの街を。忘れてもいい。いっときだけでも覚えてて」

 ミズリノは「ね。オネガイ」と、おどけて指を組んで自分の胸元に置いた。

「大げさだよ」

 僕は内心では深い話にならなかったことに安堵しながら、一蹴するように軽く言った。

「だって、いつかは出て行っちゃうんでしょ?」

「先のことなんてわからないよ」

 僕は片手を挙げ、ひまわり畑に向けて歩いた。

 変わらないものなんてない。いつかは僕も歌手から離れるときがくるのだろうか。

 歌手の王子様はもう。

 

『天でさえ巡り、幾重にも姿を変えるのだから』

 

 歌手が王子様との出会いと別れのお話を僕に聞かせる最中(さなか)言った言葉だ。

 今日の太陽は落ちきった。ひまわり達を寝かしつけるように、ひまわり畑に優しく寄りそう紫紺の夜空。

 得体の知れない焦燥感に突き動かされ、僕は眠るひまわりの畑に向けて走る。

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