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恋人形劇の閉幕  作者: ささ
第二幕  ミッドナイトブルー――燈火と夜空色
5/18

02

 橙色のささやかな光は、まるで世界中の内緒話を凝縮させてつくられた灯火のようだ。穏やかにぱちぱちと弾け、やがてぽとりと落ち消えてしまう。

 しゃがみ込む僕と歌手は線香花火をしている。行き交う言葉はない。ただ控え目に火花が鳴いている。

「花火、実は少し苦手なんだ」

 僕は隠し事の一部を明かす気分で歌手に話しかけた。

「あんなにはしゃいでらしたのに?」

 僕の心情を慮るような、ささやくような歌手の問いかけ。

 僕は火の玉がこぼれ落ちないように気をつけながら、眼前で火花を観察するために腕を上げた。見やすい位置にきた控えめな橙色の光は、震えるように燃えている。

「生まれたときから数年前まで体が弱くてね。ずっと家の外に出られなかったんだ。花火も、家から他の人がする花火を見るしかなくて」

 子供のころに屋内から目で追うだけしかできなかった色鮮やかな輝きは、未だ僕の記憶にうっすらとある。

「僕に見せるために家の人がしてくれてた花火も、僕には綺麗だとは思えなかった。羨んでたせい、ってのもあったのかな。……でも、それだけじゃなかった。……遠くから見ていた花火は、火を灯されては消え、火を灯されては消え……まるで美しさの流れ作業のようで。……それは人の命の虚しい流れを見ている、ようで」

 ……僕はなんの話をしているのか。歌手にはわかるはずがない。歌手だけではない。聞いたら他の誰でも、「体どころか頭の丈夫でない奴の、感傷的で観念的なよくわからない話」と結論づけて、すぐに頭から捨てるだろう。そしてそれが当然の反応であることくらい、僕にもわかっている。

 ずっと独りで旅をしてきたのだ。必然、自分と対話する機会は増える。なにかと無自覚ではいられない。

 どうやら線香花火には人をしんみりとさせてしまう効力があるようだ。当の小さな灯火は、二つともがいつの間にか消えていた。

「ごめん、忘れて」

 僕はかたわらのバケツを二人の間に置いた。線香花火のこよりを放り入れる。

 歌手も礼儀のようにこよりをバケツに入れた。

「ナツルさんは、たまに詩的な表現をなさいますね」

「忘れてってば」

「難題ですわ。自らの内部への事象の記録――記憶の正確さは、人形の取り柄ですもの」

 新しい線香花火の先をろうそくに寄せながら、歌手はくすり、と笑みをこぼした。

「はじめてお会いしたときに、私がこう尋ねたのを覚えておいでですか。『私のことを、籠の中の手負いの天使だとお思いですか。片方の翼しかない、飛ぶことのできない地を這うまがいもの、と』」

「覚えてるよ」

「ナツルさんがどうお応えになったかは?」

「え? どうだったかな……『きみは本物の天使だ。おお麗しの天使よ。その翼で僕を包み、天へと誘っておくれ』」

 僕は大げさに腕を振るい広げ、「とか言った?」と言葉をつけたした。

 歌手は線香花火の光を眺めながら口元だけで笑った。

 こんなことを自分が言うはずはないけれど、なにを言ったかも思い出せないのだ。とりあえず茶化してみるしかなかった。自分自身の言葉になんて興味がない。誰しもそんなものだろう。覚えていられる時間、量には限界がある。関心のないものなんて、いちいち覚えていられない。

「『いや。僕はそんな詩歌めいた感想は』と、おっしゃいましたわ」

「そうだっけ?」

 やっぱり、まったく記憶にない。僕は自分の頭を小突いた。

「鳥頭だなぁ。こいつは」

「その記憶の不確かさもまた、生きていることの証です」

「なにそれ、なんかかっこいい台詞」

 僕の気の抜けた意見に、歌手は愛想笑いのように微笑んだ。

「お話が脱線しています。戻しますわね。……その『詩歌めいた』という表現を聞いて、このかた自身が詩を謡われるのではないかしら、と、思いましたの。よく私はここを訪れる方の鏡になりますので」

「他人は自分を映す鏡、ってやつか」

 まるで自分の内側をのぞかれたようだ。僕は気恥ずかしさをごまかすために、明るい声を出した。

「ご明察。ポエムをしたためるのが趣味だったんだ。子供のころは。部屋の中でできる暇つぶしなんて、種類は限られてたから」

「そうなのですか」

 うん、と僕は頷いた。

「でも、数日前の僕の味方をさせてもらうと、確かに詩歌めいてるよ、さっきのきみの言葉。さてはきみも詩をつくるだろ?」

「私は『歌手』ですもの。歌詞がなければ歌えませんから、必要にせまられて」

「なるほど。きみは歌い手としてつくられたんだもんね」

 僕は納得した風に言った。歌手が歌うのを、僕はこの数日間で何度も聴いた。夢心地で。

 直球すぎで風情もなにもあったもんじゃない、名付け親のセンスを疑わざるをえない名前をしているこの天使人形は、その名のとおりまさに『歌手』なのだ。

 けれど僕の内心での賞賛をよそに、歌手は「いいえ」と首を振った。

 否定。どういうことなのだろう。歌手は、歌い手ではない?

「だってきみは歌をとても綺麗に歌うし、そもそも歌手って名前じゃないか。歌い手だからじゃないの?」

 歌手のことを尋ねるチャンスだ、と僕は判断し、若干いつもより踏みこむように質問をしてみた。

 歌手は考えるように、僕の視線を流すように線香花火を眺める。

「私は歌い手としてつくられたのではありませんわ。私はこの身自体には意味を持ちえない『試作品』でした。私をつくったかたからも、お名前をいただいておりませんし……もっともそれは、私が『試作品』だから、という理由からではありません。私をつくった人形師『ミハネ キミカゲ』……この家の主が、人形には名前をつけない主義だったからです」

 歌手をうっすらと照らしていた火球がぽたりと落ち、地面に吸い込まれるように消えた。

 物思いにふけるように虚空に視線をそえていた歌手が、我に帰ったように立ち上がる。

 この話に続きはないらしい。まるで、あるなしクイズのようだ。歌手についての情報を得られたのに、断片的であったため歌手の謎はより深まってしまった。

「つまり? どういうこと?」

「このお話はこれで。機会があれば、また」

 歌手はどこか悲しげに笑みを浮かべた。

 ……予感がする。この話にはきっと、彼女の『愛するかた』が関係しているのだ。なかなか外れてくれない嫌な予感に、僕はおとなしく口をつぐんだ。

 ただ頭の中で、『試作品』という単語が反芻される。

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