真実の愛を捧げて
華やかな夜会―――――そこは、自分の手に入れた宝を見せびらかせられる場所。
やっとのことで手に入れることができた 愛しき伴侶を、人々に自慢できるのだ。
「よぉ………ダントン卿よぉ。今日も、また 可憐な奥方を連れているじゃないか」
「ったくよぉ?あと少しのところだったのによ?あと少しで 伯爵を口説き落として 彼女との結婚が許されるところだったんだぞ?」
「まぁ 諦めることだ。相手が、あのダントン卿じゃあ………敵うわけがないだろ?彼女を手に入れる為に 陛下までも、利用するくらいなんだ」
わたしは、僻む連中をよそに 嬉しさが込みあがってくる。
隣には、愛しき妻が 並んでいるのだから。
ずっと 手に入れたかった彼女が、自分だけのモノになったのだ。
「おい………そのニヤついた顔をどうにかしろ。見ていて………気味が悪いぞ」
「まぁまぁ 陛下?この人の君の悪さは、生まれつきですわ?本当は、反対でしたのに………強硬手段に出てしまって。あの子が、傷ついていなければいいのですけど」
いくらなんでも 酷い言われようだが 彼女を娶ることができたのだから どうでもよい。
わたしにとっては、彼女との幸せな生活が 全てなのだから。
わたしの名前は、ルドウィック・ダントン。
愛しき妻の名は、リリアーナ。
出生故 心が傷ついてしまった 心優しき乙女。
幼い頃からの友人の新たな妹となった か弱い少女だった。
初めて出会った時から 心を奪われたのだ。
天使のような美しい笑顔を、純粋に向けてくれた。
それは、貴族社会で疲れ切っていた わたしの心を癒してくれる。
自分に近づく者は、皆 権力や富に興味があるだけ。
油断すれば すぐ 足元をすくわれて 破滅してしまうかもしれない。
父の死後 手のひらを返すように 離れていった連中。
それなのに わたしが、陛下の力も借りて 家を建て直したことを知れば ハイエナのように寄ってきた。
誰も わたし自身を見てくれない。
けれど リリアーヌは、わたしの心を見透かしたかのように 包み込んでくれたのだ。
家族や幼馴染でさえ 気付かなかったわたしの心の闇さえも。
彼女が、近くにいてくれるだけで 心が晴れた。
そして リリアーヌのことを思うことで 仕事も絶好調になる。
わたしは、何としても 彼女を、自分の傍に置きたくて 卑劣な手段を使った。
使えるものは、何でも使う――――その言葉通り わたしは、ある計画を実行したのだ。
わたしは、まず 乳母兄弟である陛下に 計画に協力してくれるよう 協力してもらう。
勿論 陛下の恋人に これまでの女性関係を話すと脅したわけではない。
馬鹿にされて 結局 陛下の恋人に話してしまったが。
まぁ 何とか 彼女の助言もあって 陛下に協力してもらうことに成功する。
その計画の内容は、わたしだけでなく 陛下達にとっても有利に働くもの。
わたしは、リリアーヌを手に入れることができ 陛下は、恋人を公の存在として明かすことができる。
まぁ 陛下の名誉が、傷つくことになるが それは、どうでもよいことだ。
どっちにせよ 陛下の場合は、自業自得なのだから。
馬鹿な貴族の言葉に騙されて 言われるままに正妃を娶ったその時に 運命の出会いをしたと大はしゃぎする姿を、何度 蹴り飛ばそうと思ったか。
まぁ リリアーヌと出会った時のわたしも、似たような反応をしていたらしいから 何も言えないが。
そして 陛下だけでなく 他の友人達も、手を貸してくれたから 全てが上手くいったのだ。
色々と小細工や不快な噂を流すことになったが 全ては、愛する女性を自分のモノにする為の準備に過ぎない。
そして 色々な暗躍をした甲斐あって わたしは、リリアーヌを妻に迎えることができた。
けれど その手段を知られてしまえば 嫌われてしまうかもしれない。
そのことを考えると 悲しくて 仕方がなかった。
しかも リリアーヌが、笑顔を見せない。
理由は、わからないが 初めて出会った時のように天使のような笑顔を向けてくれないんだ。
まるで 何かに怯えるかのように 周囲の他愛もない噂話に耳を傾けている。
わたしが、リリアーヌに求婚したのは、ちょうど 陛下が恋人を正式な側室として迎えた時だった。
本当は、もっと 時間をかけるつもりだったのだ。
けれど ある不穏な話を聞きつけたのだ。
それは、リリアーヌの異母姉 アマーリエが、陛下の側室に上がったということで ミルフィーユ伯爵家との繋がりを持とうと リリアーヌへの縁談話が、持ち上がっているということ。
わたしは、居ても立ってもいられず 形式な言葉も忘れ 彼女に求婚した。
おそらく 突然のことだったから 彼女も、ミルフィーユ伯爵も、驚いただろう。
けれど わたしは、焦っていたのかもしれない。
迷いなく リリアーヌの前に立ち その場に跪いた。
「愛している。どうか わたしと結婚してほしい」
わたしの求婚に リリアーヌは、戸惑っていた。
けれど 少し考えてから 彼女は、応えてくれたのだ。
その時ほど 幸せだったことはないだろう。
やっと リリアーヌとの心が、一つになれたと思ったのだから。
でも 彼女は、ある日を境に 笑顔を失ってしまったのだ。
一体 何が、彼女を変えてしまったのか。
リリアーヌが変わったのは、婚約発表の為に陛下が開いてくださったパーティーに参加してからだった。
まるで 嫌がらせのように 盛大なものに。
本当は、リリアーヌの心境を考えれば ささやかなものにしたかったというのに。
けれど わたしとしては、彼女に縁談を持ち込もうとしていた連中に見せつけることもできたが。
しかも 陛下と寵姫となったアマーリエも、お忍びで参加していたものだから 余計な貴族達まで 腰巾着のように 参列してきてしまったのだ。
まぁ 仕方がないから リリアーヌを伴って 陛下達の元に礼を見せに向かった。
少し離れた場所からは、陛下同様 手伝ってくれた悪友達が、面白そうに笑っている。
けれど リリアーヌは、勿論 噂を信じきっている貴族連中は、緊張しているようだったが。
「婚約 おめでとう。思ったよりも早く 話が進んだようだな?ルドのことだから もっと 強引に話を持っていくとばかり思っていたが(どうせ………まだ 手も繋ぐこともできていないんだろう?)」
「急いだわけではありません。きちんと 両家の承諾が必要でしたので(余計なお世話です。黙ってください)」
平然と笑顔で挨拶するが 最後の会話は、目だけで。
お互いに 自分の心のうちは、絶対に 外にわからないようにしている。
「ミルフィーユ伯爵令嬢も、この不器用な男を頼んだぞ?」
陛下は、どこか 笑みを浮かべて リリアーヌに声をかけた。
何だか 馴れ馴れしい陛下に わたしは、眉根を寄せる。
「ルドは、昔から 生真面目な性格が関係して 妙な誤解を生むことが多い。色々と大変なこともあるだろうが 支えてやってくれ」
「はい………ありがとうございます 陛下。勿体ないお言葉です」
会話を聞くだけだと 嬉しい。
だが わたしは、許せなかった。
小鳥のように震えているリリアーヌを、見つめるに留まらず あろうことか 彼女の頭を撫でたのだから。
会場は、その光景に 凍りついた。
一瞬 頭の中が、真っ白になった感覚だ。
「陛下………お戯れも、大概になさってください(誰が、彼女に触れてよいと?)」
「……あぁ 済まんかった。(お前 本気で殺気出しやがって)いやぁ~お前の反応が、面白くて ついな?(無愛想なお前が、そこまで 惚れ込むとは)それに お前が、夢中になる理由も頷ける。(アマーリエが可愛がる妹なのだしな)やはり 趣味が良い(余の次に)」
わたしと陛下の真意に気が付いたのは、友人とアマーリエだけだろう。
他の者達は、全く 違った考えを持っていた。
現に パーティーの翌日も、面倒な噂話が流れていたのだから。
「まぁ 冗談はさておき。リリアーナ嬢 婚約おめでとう。そなたは、アマーリエの妹………つまり 余の妹ということだ。もし 困ったことがあれば いつでも 力になるぞ?」
その言葉は、つまり リリアーヌの後ろ盾に陛下がついたことの同義。
これで 彼女を陥れようとすれば 陛下の名誉も傷つけることになる。
権力に縋る貴族達は、目の色を変えて リリアーヌを見つめていた。
その後 陛下に 話があると 言われ わたしは、中庭に出た。
「本当に幸せそうだな。まぁ お前が、そんな風に笑っているのを見て 良かったと思っているよ。最初は、厄介な計画の片棒を担がせようとしているとは思っていたが。あんな手の込んだ芝居までして」
「陛下の場合は、正妃に気を使う必要もなくなりましたからね?宰相殿から聞きましたよ。アマーリエ嬢を、正式に正妃として迎えることになるそうですね?」
わたしは、思い出したように陛下を見る。
その言葉に 陛下は、嬉しそうに微笑んだ。
「ああ………色々と問題だった 連中を、一気に 片づけることもできた。今度からは、きちんと 国を思ってくれる者達に役職を与えるつもりだ。ルド………お前にも、これから 手伝ってもらうぞ?それだけの仕事は、したんだからな?世間じゃ………俺は、恋人を引き裂いた悪者だ」
「お蔭で 陛下は、アマーリエ嬢を傍に置くことができたのでしょう?それに 目の下のタンコブを一掃できた。しかも 結果的には、アマーリエ嬢を正妃に迎えることができるじゃないか。後は、好きなように 彼女との仲を国中に見せつければいいだけだ」
笑顔で言ってやると 陛下は、どこか 難しい顔をしている。
口では、軽く言っても 実際に出来ていないことは知っているのだから。
その後 陛下は、城を抜け出したことが 宰相にバレて 引きずられていった。
おそらく 執務室に 書類がたまってしまっているのだろう。
「アマーリエ………あなたも、王宮に戻ればよかったのでは?」
断末魔を聞きつけて アマーリエが、中庭にやってきた。
「この後 久しぶりにお父様とお話することになっているの。正妃の件について。わたくしなどに 正妃が務まるのかわからないのですけどね」
そう話す 彼女は、どこか 自信がない。
血の繋がりはないが その様子は、リリアーヌと重なる。
「心配ありませんよ。あなたは、1人ではありません。みんながいる。陛下は、勿論………リリアーヌも。困難があっても 供に乗り越えることができますよ」
「ルドウィック様の口から そのような言葉が出るなんて すごいわ?やっぱり 恋をすれば 人って 変わるのね?最初は、心配だったけれど………あなたになら リリーを託せるわ。あの子 自分を追い詰めちゃうことが多いんだけど あなたなら あの子を支えることができる。大切な妹なの………だから あの子のことをお願い」
アマーリエは、そう言って 子供の頃のように 抱き着いてきた。
わたしも、苦笑しながら 彼女を抱き留める。
愛情ではなく 友情の意味を込めて。
その光景を、誰かに見られているなど 思いもしない。
誰かに誤解されるような感情を持っていなかったのだから。
わたしは、婚約パーティーから3か月後 リリアーヌを妻に娶った。
真実の愛を育てる 仲睦まじい夫婦に。
ただ 互いの心に気付かず 不安になりながら。
「リリアーナ………愛してる」
「あたくしもですわ ルドウィック様」
今日も、また 真実の愛を捧げて。