とある憑依した3話
『愛する人』
他人を愛するとはどういうことであろうか、人は愛と言う言葉をどうも難しく考えるようである。
自分の愛する人を思い浮かべてみた、お世辞にも誰よりかわいいとは言えないが、私の理想とする人であることは確かである。
理想、これこそ浮気の原因であろう、理想とは変化するもの、上がるもの、際限のないものだ。
全くもって愛とは難しくはない、むしろ簡単である、まぁその後が大変であることは誰でもわかることだが。
『愛は不変である』誰が言った言葉だろうか?そんなことは無いと思うが。
『愛と欲は違う』これも誰かが言った言葉だ、私からしたらどちらも変わらないと思うが。
私が思うに『愛』とは『理想』だと思う、何故なら自分の理想を愛せない人などいないのだから。
「ほぅ…これはなかなか…」
いい家だ、彼以外誰もいないのかね?
それにしても一戸建てとは意外と金持ちだな、ちっ、ブルジョワジーめ。
「あーまぁ、なんだ?上がるか?」
面倒くさそうに頭を掻いて言う彼、掻き上げていた髪はボサボサになり彼は少しだけ友好的な顔になった。
「本当に襲わないだろうね?」
私は身を抱いて疑問の視線を投げかけてみる。
「襲わねえよバーカ」
実は道中同じ質問を4,5回したのでもう面倒くさいといった体で答える彼。
「冗談だ、襲われても覚悟はできているさ」
殺す覚悟はね、そう心中で思いバックの中のナイフの感触を確かめ安堵する。
「……呆れてものもいえねぇ」
頭を抱える彼、まったく軟弱な奴だ、昨今の男子は弱くていけんな。
「それこそ何の冗談だい」
ズボンから鍵を取り出す彼は…んー、何というかデジャヴだね。
「ところで君これは何て読むんだい?」
扉の横の表札を眺めながら彼に疑問を問いかける。
金属製のプレートには『布袋』と書いてあった、読めぬ。
「ふふん、読めないのか?」
ほほぅ、それはなんだい?私への挑戦かい?
「う…んと、布袋…いや違うな…布袋かな?」
語呂的にこっちのほうが良いな、ならきっとそうだろう、そうに違いない。
「おお、すげぇなぁ」
馬鹿にしないでもらいたいな。
「ふふん、こう見えても君より漢字はできるつもりだよ」
「へぇそりゃぁすごい」
信じていないな、まぁこの体じゃ仕方がない。
「ねぇ」
「ん、なんだ?」
「名前…君の下の名前は?」
玄関の鍵を開けてドアを開ける彼、彼の名前は?
「勇だ」
「勇、か…いい名前だね」
「ありがとよ、ガキに褒められても嬉しかねえけどな」
先に入ってしまった彼を追いかけて家にお邪魔する、綺麗だ、あの部屋とは違うな。
「ここには一人で?」
「いや、母親と父親がいるんだが二人とも旅行で滅多に帰ってこない」
何と言うテンプレ、この人間はあれだな、主人公ってやつだな、本当に面白い世界だ。
「ふむ、それはまぁ何というか、テンプレで」
「テンプレ?あーまぁ、そうだな」
「お願いだから襲わないでくれよ?」
「だから誰が襲うかっつーの、信じろよ」
いや、そんな強面信じろって言われもねー。
そいつは最初ブランコで遊んでいた。
腰まで届く黒い髪と上品そうな可愛らしい顔立ち。
周りには誰もいない、当然だまだお昼を過ぎた頃、そもそもこの公園に人なんて滅多に来ない。
だから俺も来たのに。
少女はブランコを漕いで何が楽しいのか笑っている、どうしたのだろうか。
突然少女は手を離しブランコから飛び出す、空中で一回転、黒い髪が空中で弧を描く。
気が付けば飛び出していた、その子を受け止めなければいけない気がした。
彼女の体はお世辞にも軽いとは言えないけれど、重さなど全く気にならなかった。
「ありがとう」
「!?」
驚いた、心底、今までお礼を言われたことなんてほとんどない、本当にびっくりだ。
この後家に泊めてくれなど言うからもっと驚いた。
つい家に招き入れてしまったが大丈夫なのだろうか、犯罪じゃないのか?
「気持ち良かったよ、ありがとう」
「あ、ああ」
何を勘違いしている?風呂だよ馬鹿。体からラーメンの匂いが少ししたものでね。
何のことかわからない?嘘はよくないな。
「いやぁ、助かったよ、このままでは私は援助交際をする羽目になってたのでね」
「ぶっ」
勇が噴出して唾が飛ぶ、ああ汚い。
「汚いなぁ、唾はそこまで綺麗なものでもないんだよ?」
「いや、お前気にするところそこかよ」
そう言いながらティッシュで自分の出した唾を吹いていく、うぅむ、シュールだ。
「まぁ今更気にすることでもないだろう、分かってやっているよ」
「分かってんのかよ…ガキっぽくねぇな、いやむしろガキっぽいのか?」
「ふふ、ガキとは失礼な、私はガキじゃないよ」
「はいはい」
全く敬意を感じないな、駄目な奴だ。
勇が座っているソファに腰掛ける。
「何のゲームだい?」
ソファの前にある大きな液晶テレビでガンアクション系のゲームをやっている勇。
「ガンサバイバー」
「ふーん」
勇の横に座る、今着ている服は私よりかなり大きいが着れないわけでもない、ただ少し古い型なのか箪笥の匂いが染みついている。
「君には妹でもいるのかね?」
「姉貴がいた、それはお古だけどな」
ゲームの中の主人公がいったん停止し、また動き出す。
「いた……」
「まぁ気にするほどでもねぇよ」
「そうかい」
「ああ」
私は何か言うでもなく静かに彼の横で座ってテレビ画面を眺めている、主人公がナイフと銃で敵を殺している。
「名前…お前名前は?」
勇が私の名前を問いかけてくる、これは痛いことを聞かれたな。
「私の名前…」
本当に、誰だのだろうね、私は?
この娘ではないのは確かである、しかし確固たる確信もなく私であるとも言い難い、いやそもそも私とは誰なのだ?
いっそのこと魔法やら超能力やら超常の力があればこんな状況も受け入れられたものを。
「どうしたんだ?」
「ん…いや、なんでもないよ、名前だったかい?……君に教える必要があるのかな?」
「いや、お前だって俺に名前聞いたじゃん」
「ふむ、それとこれとは話が違うのでは?」
方や小学生、方や大人、襲われたら私はどうしようもない、まぁそんなことは関係なく名乗る名がないからなんだがね。
「ああ、そうかいそうかい、まぁお前の名前なんか知らなくてもいいか」
「ああそうだ必要ないな二人しかいないのだからおいとかお前でいいだろう、うんそうしよう、それがいい」
これは二人の間のルールだ、二人だけの、いつ決めたか?今だよ、今この時から。
勇に寄り掛かる、肩が彼の体にちょっと触れるだけ、そのぐらいの接触でも彼の熱は確かにあって、このあやふやな世界を正常に戻していく気がした。
狂ってしまいそうだ、もしかしたらもう狂っているかも。
安堵から眠気が襲ってきた、このまま寝てしまうのも悪くない、ああ、悪くない。
彼に寄り掛かりながら久しぶりの深い眠りを味わうことにしよう。
「おい」
彼が突然話しかけてきた、もう目蓋を開けていられない。
「なんだい?」
暗い視界の中で囁き聞こえた言葉は。
「お休み」
「……ああ、お休み」