プロローグ
感想募集中!
プロローグ
人生はもっと長いものかと思っていた。
少なくとも、入学式を終えたばかりの彼女はそう思っていたのである――。
「小宮会長、せめて記憶消去ぐらいにしてもいいんじゃない? 何も処分までしなくても」
「消せるということは、元に戻せるということです。もし仮にこの子の記憶を消したとして、敵性勢力につかまって記憶を復元されたら永珈さんは責任とれるのかしら?」
「まあ、確かにその可能性はあるけど……」
飛び交う言葉。その口調とは裏腹に、言葉の内容は和澄綾乃にとって残酷な未来を表す呪いのようだった。
「でも、この子は私達が何をしていたかなんて理解していないんだから別に記憶を読みとられても――」
「今の最新技術では、他人の見たものを正確に映像化できるそうよ。彼女が理解してなくとも、敵は理解できる人間にそれを見せるに決まってるわ」
「うっ……」
この二人の話していること。
それは和澄綾乃を殺すか、生かすか、どちらがいいのかということだった。
そして本当に怖いのが、結論を下せば彼女たちは本当に綾乃を殺すだろうと分かってしまうことだ。それを証明するように彼女の手には今重たい手錠がかかっていた。
(私……どうなるんだろう…………)
俯いて震える手を握りしめることしかできない自分を無力だと感じる綾乃。
「生徒会長として、私はできるだけリスクを減らさなきゃならないの。だいたいなんで最重要機密の実験を鍵もかかってない実験室でやってたのよ」
「だって、今日は在校生いないから誰も来ないかと思って……」
「そういう甘さが危険につながるんです。手の打っておけるときに打っておかないと」
「で、でも!」
自分の生死に関わる話なのに、綾乃はこの部屋に来てから一言もまだじゃべってはいなかった。話そうにも、何を言えばこの二人――特に大きな革張りの椅子に座っている生徒を納得できるのか、それがまったく考えつかない。
そもそも、綾乃はどうしてこんなことになったのかという理由さえよくわかっていなかった。
今から遡ること二十数分前、入学式を終えた綾乃は自分の教室へと向かっていた。しかし、ふとした弾みで他の生徒とはぐれてしまい、しかも校舎が常識外れに大きいということもあって、すぐ迷子になってしまった。
道を尋ねようにもほとんど人気がない。そこで校舎内をウロウロ回っていたところ、物理実験室の辺りから人の声がするのに気がついた。
ほっと一安心する綾乃。
少し緊張しながらも、ゆっくりとその部屋の扉をあけたときだった。
目がくらむほどの閃光が扉の隙間から洩れでて、思わず綾乃は悲鳴をあげてしまったのだ。
次の瞬間には綾乃は廊下に倒れてて、それを見下ろすようにして一人の女子生徒が立っていた。
そして、すぐにこの部屋に連れてこられたわけである。
連れ込まれる直前、ドアのところに『生徒会室』と書かれた札がかかっているのを綾乃は見ていた。
「だから!」
先ほどから綾乃をかばってくれている女性生徒。
同性から見ても綺麗という印象が先立つその人が、一生懸命説得しようとしている相手は入学式で生徒代表として祝辞を述べてくれた生徒会長だった。入学を祝ってくれた彼女が新入生を殺そうとしているとは、何とも皮肉な状況である。
(ど、どうすれば……)
考えはまとまらない。でもこのままだと殺されてしまう。だったら、何もしないでいるより何かしたほうが――。
「あの……」
「もういい、分かりました」
「会長!」
「黙ってください。そもそも、これは永珈さんの責任でもあるんですよ?」
「だから――」
「あ、あの!」
一瞬部屋が静かになって、二組の視線が綾乃のほうに向く。それにやや赤面しながら、綾乃はようやく、ゆっくりとではあるものの自分の気持ちを言葉にする。
「私は、死にたくありません」
生徒会長をまっすぐ見据え、内心ビクビクしながら、けれどそれが出てこないよう精一杯努力して伝える。庇ってくれていた女子生徒も会長の反応を伺う。
「正直、あなたにその選択権はありません」
「……」
生徒会長も綾乃から目をそむけることなく、はっきりとそう言った。綾乃は出かかった反論を飲み込む。
「今私達があなたを殺さずとも、遠からずあなたは持っている情報を盗まれ結局殺される可能性だってあります。『アレ』を見てしまった以上、あなたの未来はどちらにしろ不幸になるしかありませんよ? 今死んだ方が楽だと思いますけど?」
嘘だと思えなかった。生徒会長は真実をしっかり語っている。綾乃はそう感じて、だから自分の気持ちをもう一度素直に言う。
「……不幸か幸せかは、私が決めます。それに、私は死にたくありませんし、死ぬつもりはありません」
「なるほど……」
「……」
重い沈黙が辺りに降りる。まるで頭を押さえつけられているかのような重圧を綾乃は感じていた。もし説得に失敗すればここで死んでしまうことになるのだ。それだけのプレッシャーがあっても不思議ではない。
と、生徒会長が携帯電話を取り出した。
「――もしもし。そう、私。……の準備をして、持ってきてほしいの。…………もちろん『改』のほう――そう。なら、どっちでもいいわ。よろしく」
「会長……」
「……いいでしょう、今回の件についてはあなたの処分を見合わせます」
その言葉がどれほど嬉しかったことか。思わず止めていた息を吐き出して、今になってようやく自分が泣きそうになっていることに気づく綾乃であった。
「会長!」
「ただし、条件がありますよ」
生徒会長が綾乃に一枚の書類を手渡した。
「それに署名してください。それが条件です」
書類に書かれた文章を読む綾乃。
「……署名しないと」
「処分です。薬物で痛みのない死を迎えられます。やっぱり、そっちのほうがよくなりましたか?」
「………………………」
ペンを持った。
数秒が永遠に間延びしたような感覚。緊張しているせいでそんなふうに思ってしまうのかもしれない。
いつの間にか、書き終わっていた。
「……」
「ありがとうございます。それでは後はよろしく」
「えっ?」
綾乃が後ろを振り向くと白衣を着た生徒が立っていて。
次の瞬間、注射器の針が首の皮膚を破って体内に侵入し、何かの物質が綾乃の体に流し込まれる。
視界がぐるぐる回り、全部融けていく――。
激痛に悲鳴をあげながら、彼女の意識は暗い闇の中に落ちて行った。
「終わったわ。保健室に運んでおいて」
「はい」
気を失ってぐったりとした綾乃を担架に乗せて、白衣の生徒たちが部屋を出ていく。
生徒会長と、疲れた様子の少女の二人が残った。
「彼女」
「ん?」
「どこの所属にするの?」
「もちろん、永珈さんのところだけど」
「そう」
「それより仕事よ、永珈さん」
「はいはい、りょーかい。じゃあ、行ってきます」
「気を付けて」
第三次世界大戦が終結し、早くも三十年。
戦争によって世界の秩序は大きく変わり、戦勝国となった国々がそれを維持する世界。
多くの人々の血を犠牲にしながら、その一方で相手に勝つためという理由で科学はよりいっそう発達し、大戦末期には様々な新技術が発明されていった。
そんなことも、もはや過去のこととなりつつある現在。
人間は新たな肉体を手に入れ、さらなる高みへと自身の存在を昇華させつつあった――。




