第52話 いつの世も変わらぬ夏の定番(前編)
<AI依存度>:
ほぼそのまま使用:2%
AI文をベースに改稿:4%
ユーザー独自の構成・設定・加筆:94%
今回も、原則自力回です。泰造さんの沖縄弁の翻訳とかはしてもらいましたが。
海水浴とかいうリア充イベント、行ってみたかったです。嘘です。何回か行ってますが、大学卒業してからはないですね。
夏休み初日。午後一時半。アネックス久世207号室、杠家は昼食時だった。姉(もしくは兄)の千宥と妹の二生は居間でそうめんを食べていた。やっぱり、夏はこれである。大食いの従姉、田中丸鈴蘭がいる時は別だが、食が細い同士のこの姉妹だけで家にいるのなら、こんなあっさりしたもので十分だ。
さて、お互い、食べ終わるぐらいの時間だった。
ピンポーン。インターホンが鳴る。
「誰だろう?」
「私、出るね」
千宥が席を立つ。すると、玄関にいたのは、同じアパートに住む友人、古波蔵茉衣子だ。
「おっす、千宥。夏休み充実してるか? あたしは退屈だぜ」
「ま、茉衣子ちゃん。充実も何も、まだ今日からだよ、夏休み」
千宥が苦笑する。
「今、何してた?」
「ご飯食べてた。もう終わるけど。上がる?」
「おう、上がる。おじゃまします」
追い返すのもはばかられたので千宥がそう勧めると、茉衣子は素直に応じる。相手からそう言われたら、遠慮せずとことん応じるのが茉衣子だ。
居間に入ると、二生がそうめんの最後の一口をすすっていた。
「おう、二生」
「あ、茉衣子さん。こんにちは」
二生はぺこりと頭を下げる。
「なんだなんだ、夏じゃんか、そうめんとかさ。何把食ったんだ?」
「一把ずつぐらいだよ」
千宥が答える。
「お前ら食細えな。そんなショボ飯じゃ大きくなれねえぞ」
「うっ……」
茉衣子が千宥の背中を叩く。未だに力の加減を間違うことがあるようだ。
「茉衣子さん、何食べたんですか?」
「あたしか? チャーハンに唐揚げだぞ。唐揚げは冷食だけどな」
「食べますね」
二生がびっくりしたような声を漏らす。
「そんぐらい食うぞ。千宥、お前は大豆食え、大豆。おっぱい育ててんだろ?」
「……食べてるよ。毎回じゃないけど。それに、思ったより育ってて」
「ん?」
「……なんでもない」
千宥が慌てて首を横に振る。
「夏だぞ。薄着の季節で水着の季節だぞ。お前らの――あたしもだが、ぐらまらすぼでえを遺憾なく発揮する時期だろうが」
茉衣子が仁王立ちで力説する。
「わ、私はちょっと」
二生が胸を押さえて恥ずかしそうにこぼす。
「茉衣子ちゃん、すごいよね。そんな自信あるの?」
「ん。すっぽんぽんで出てきたっていいんだぜ?」
「……それはやめなさい」
本気か冗談かわからない茉衣子の爆弾発言に、千宥が顔をしかめる。
一旦茉衣子は深呼吸する。そして、ここからが本題とばかりに切り出した。
「だからよ。そういうわけで、お前らにお知らせがあんだ」
「どういうわけですか……?」
「お知らせって?」
姉妹が首をかしげる。そして、茉衣子は得意げに切り出した。
「今年も海に行く!」
「海、ですか?」
二生が首をかしげる。
「夏といえば海だろー。二生、海は好きか?」
「嫌いじゃないけど、水着は恥ずかしいです……」
少し頬を赤らめて目を伏せる。
「今の世の中、いろんな水着があるから心配すんな。あたしはビキニだけどな!」
茉衣子は明るく笑い飛ばす。そして、千宥に向き直る。
「な、千宥も」
「だから私は……」
千宥が口ごもる。
水着になることも気が引けるのだが、問題はそれだけではない。いくら女性のように振る舞っていても、身体は男。すなわち、更衣室が使えないのだ。ペニスがある以上、女子更衣室は当然使えないし、姿がこれである以上、男子更衣室も目を引くことだろう。そして、入りたくない。去年も海に誘われたのだが、それを理由に断った。それは当時も茉衣子に説明した。
あの頃はそこまでの状況ではなかったが、あれから、おかげさまで胸も急成長し、春の時点でBカップだったが、目下Cカップとなった。妹・二生と母・千鶴はFカップ。これが遺伝子のなせる業か、と我が事ながら驚嘆する今日この頃である。
そういうわけで、今はより一層、男子更衣室に入るのは無理になった。
「水着、下に穿いてけばいいんじゃね?」
茉衣子がさらりと言う。
「行きはそれでいいかもだけど……終わったあとはどうするの」
千宥の文句に、茉衣子が待ってましたとばかりに言う。
「慎吾んちの車さ、アルファードなんだよ」
トヨタ自動車のミニバンである。あまり車に詳しくない千宥であるが、なんとなくはわかる。
「あの大きいやつ?」
「そっ。七人ぐらい乗れるやつだ。しかも、残クレじゃねえんだぞ」
朝長工務店も、困らない程度には繁盛しており、一括購入したのだそうだ。
「それは別にいいと思うんだけど」
千宥が顔をしかめる。
「うん、それはいいとしてだ。あいつらがチビの時とか、今も親戚のチビ連れて海水浴行くとき、着替えに使ったりするらしいぞ。カーテン持っててさ。それ使えば、お前は更衣室使わんでも、なんとかなるべ」
「……」
千宥は、しばらく黙り込んだ。
「わかったよ。考えとく」
千宥は意を決して返事した。
一応、建前としては、考え込んだ結果、断る特段の理由が見つからなかった、ということになる。
しかし何と言っても、去年、一人行けず悔しい思いをしたのは確かなのだ。行きたいのに行けない、そのもどかしさの解決策があるのなら――話に乗ってみたいと思った。
あまり前のめりだと、茉衣子がどんどんお節介を焼きそうなので、そのことは言わないのだが。
しかし、着替える場所はあったとしても、心配はそれだけではない。
「でも、水着持ってない、私……」
まず、こういう状況を想定していないので、女性ものの水着自体を持っていない。
「鈴蘭さんに言えばいいだろ。リリーベル、水着フェアやってんだろ」
「あ……」
確かにそうだった。自分がバイトしているのに、すっかり忘れていた。
リリーベルとは、従姉で同居人の田中丸鈴蘭が店主を務めるブティック兼雑貨店のことだ。リリーベルでは先月ぐらいから夏に向けて水着を扱っている。
そして、身内の店であることには、もう一つ強みがある。MtFである自分が、普通の店で相談するのはハードルが高い。身内であり、一番の理解者の一人である鈴蘭にだったら、遠慮なく相談できる。よし、鈴蘭さんが帰ったら相談しよう。
「二生も、おニューの水着買ってもらえ。おっぱいきつくなってきたろ」
茉衣子が二生を向き、ニヤニヤしている。
「そ、そんなことないです……!」
二生が恥ずかしそうに胸を押さえる。同性とはいえ、まだ、こういうセクハラ的なノリは苦手だ。しかし、言い返せるようにはなった。前の二生なら、それすら難しかったろう。それは、茉衣子に慣れてきている証左なのかもしれない。
「じゃ、ま、決まりってことで」
茉衣子がそう言って立ち上がった時だった。
「あの……!」
二生がもう一度声を上げた。
「どした、二生」
茉衣子がそのまま座り直した。
「果文ちゃんたち、連れてきていいですか?」
二生の友達、若杉果文としろここと城宏子のことだ。二人は、二生が春若栄久高校に入学して知り合った、同じクラスの仲の良い友達である。
「おう、呼べ呼べ。果文としろこはあたしん中じゃ、チーム・アネックスの準メンバーだからな」
茉衣子がうれしそうにうなずく。なお、チーム・アネックスとは基本的にこのアネックス久世というアパートの住人かつ栄久高校生をまとめる際の呼称である。
茉衣子は果文たちに対しそういう認識だが――この二名は、アネックス久世には、実は訪問したことすらない。
「ありがとうございます。来れるかはまた連絡します」
二生が嬉しそうにはにかむ。
「おう、再来週の火曜日な。んじゃ」
そう言って、茉衣子は今度こそ立ち上がり、207号室を後にした。
同日、少し後の時間。樋口健介は自室にいた。スマホの通知が鳴る。チーム・アネックスのグループにメッセージが来ていた。
古波蔵茉衣子『おまえら!! 今年も海行くぞ!』
あー、今年もその季節か。健介はうんうんと頷いた。そんなに行きたいか?と言われると、そうでもない。でも、行きたくないか?と言われると、それもまた違う。要は、「流れ」だと思う。
健介は、反射でスマホのロックを解除して、トークルームを開こうとしたが、踏みとどまった。既読は付けず、通知欄だけを見て、静観することにした。
茉衣子のアナウンスから、ほぼノータイム、具体的には十秒あるかないかのうちに、朝長慎吾が『Yeah!!』というスタンプを送った。推測にはなるが、茉衣子の彼氏である慎吾は既に話が回っていたのだろう。
一年前、この海水浴で二人の確執が深まったのがとても懐かしい。あの頃はこの二人が付き合うとは思いもしなかった。健介はほんの一瞬、感傷に浸る。
ともながひなひ『行きます!』
慎吾の双子の妹、雛灯もノータイムだった。さすがは兄妹、そこまではちゃんと話が回っているようだ。
去年も行ったことだし、健介も面子次第では全然行くつもりでいる。しかし、まだ、日時などの情報はない。去年と同じ場所なのか……? 去年は八月に入っていたが、もう少し先なのか、割と直近の話なのか……?
首をかしげていると、スマホに次の通知が来た。
美佳『お誘い、どうもありがとう。でも茉衣子、いつ行くの? 私も……』
新宮領美佳からだった。メッセージが長く、表記が途切れている。全文は読めないが、ここまで読める限り、案外このお嬢様もノリノリらしい。
ほんの数秒、茉衣子から『いけね!』というスタンプ。一分半ほど空いて返信が来た。
古波蔵茉衣子『わりいわりい。再来週の火曜日! 宮ヶ浜海水浴場……』
またも途切れたが、場所だけは去年と同じだとわかった。そして、今年は七月中に行くこともわかった。去年は何時集合だったか……。割と朝早かった記憶はある。八時ぐらい? いや、もう少し早かったか。
そう考えていたところ、慎吾が補足するようにメッセージ。
Shingo Tomonaga『俺の地元だ! ようこそ!』
この宮ヶ浜、慎吾と雛灯の地元でもある高宮市南町にある。それを受け、美佳から『なるほど』というスタンプ。
美佳『再来週は高宮にいます。千宥さん、どうしますか?』
美佳はどこまでも行動基準が千宥のようだ。しかし――健介はため息をつく。千宥は無理だろう。千宥はその身体的な都合から、着替えとか水着になるのとかは、難しい。
ちなみに、健介は二生も不参加ではないかとにらんでいる。彼女は千宥と違い、普通の女性だ。しかし、とてもシャイなのだ。男が何人か(少なくとも、慎吾は決定済みだ)来る海水浴に来て、水着になりたがらないのではないか?
チーム・アネックス八人、健介を除き七人中、参加決定は三名、千宥とそれに連鎖して不参加になりそうなのが三名、不明一名。
これは――不参加かな。健介がそう思い始めた時だった。
杠千宥『迷ったけど、行くことにしました』
杠二生『私もです。美佳さん、行きませんか?』
ほう。意外だ。健介は目を丸くする。――千宥、どうやって着替えるんだ?
美佳『そうなのね! 私も喜んで参加いたします』
美佳はあっさりと宣言した。
かくして、不参加濃厚と思われる面々を含めた六名の参加が決まった。まだ返事はないが、どうせ玉井絢那も来るだろうと健介は考えている。当然、玉井が目当てなわけではなく、みんなが行くのなら行くか、ぐらいのノリである。
ここでようやく、健介はトークルームを開いた。一応、読めなかった分を確認する。茉衣子は場所と日取りだけ送って、集合時間のアナウンスはまだだったらしい。
樋口健介『俺も行きます。集合は去年と同じで8時ぐらい?』
すると、ほんの二十秒で返信が来た。
古波蔵茉衣子『おう。8:15にしとく。うちの父ちゃんと慎吾のママの車で行く!』
なるほどな。古波蔵家の車は四人乗りのムーヴで、確か朝長家の車は七人乗りのアルファードだ。――参加者が十一名を超えたらどうするんだ。健介は首を傾げた。
その時だった。
あやな『ごめんねー。前の日から塾の合宿なの。楽しんできてね!』
玉井からだった。来ないんかい、別にいいけど。
こうして、第二回、茉衣子主催の海水浴のチーム・アネックスからの参加者は、八名中七名となった。
その後、翌日までに続報も入ってきた。まず、茉衣子と同居する小学六年生の姪、紗莱の参加は自動的に決まっていた。まあ、茉衣子が主催してその父、泰造が引率するのに、来ないわけがないだろう。
チーアネでは唯一一年生の二生は、同級生の友達を誘ったそうだ。これに関しては、健介も賛成だ。恥ずかしがり屋の二生を先輩だけの環境に置くより、同級生はいた方がいい。
結果、若杉果文は参加となった。まあ、あいつは来るだろう。果文を古くから知る健介は軽く笑った。
ただ、城宏子は、夏休みでむしろ芸能活動が忙しいらしく、残念ながら不参加になった。――正直、彼女が参加したら、大騒ぎだっただろう。周囲の客がわんさか押し寄せ、健介たちも遊ぶどころじゃなくなってたかもしれない。でも、せっかくの有名人だから、もう少しお近づきになりたかった気持ちも確かにある。健介はなんだか複雑な気分だった。
これ以外にも、茉衣子が、思い当たる人物を何人か当たったらしい。ただし、綾香雄人は玉井と同じ塾の合宿に行くことが判明していたため、声をかけなかったようだ。それ以外には、チーアネの面々がある程度知っている人物を選び、三名に声をかけたらしい。渡辺啓太郎、大上茂、一ノ瀬帆宇。茉衣子が、誰も知らない奴を連れてくるような空気の読めない真似をしなかったのには、素直にほっとした。
しかし、結論から言えば、その三名全員から振られた。
渡辺は大阪に帰省するとのことだった。サラに「ガチ恋」されて迷惑していることから、渡辺が逃げたのではないかと健介は疑っていた。しかし、その旨をこっそり聞いたところ、
『んなわけあるかい!w 別にそこまであいつのこと嫌いなわけちゃうし』
あっさり否定された。来週出発で、お盆までがっつり半月以上、父方の実家に滞在するそうだ。高宮生活も慣れてきたであろう渡辺だが、やはり大阪が恋しいらしい。
去年参加した大上は部活の合宿とバッティングしてしまった。あまりやる気のない陸上部のエースは、可哀相な状態になってしまった。哀れなり、大上。
そして帆宇は純粋に「海が嫌い」という理由だったそうだ。不参加理由が「らしすぎて」、健介は苦笑するしかなかった。
結局は、チーアネと果文、サラも含め、参加者は九名で確定した。引率も含め、合計十一名。ジャストで二台に収まりそうだ。
「ギリギリだな……」
上記の報告が書かれたスマホの画面を見て、健介はぼそりとつぶやいた。
そして、当日。朝八時十五分集合であったが、実際には八時にはほぼ揃っていた。唯一、若杉果文が、八時を少し回った頃に到着し、集合完了となった。既にいた面々が口々に挨拶し、果文も応じる。
「おはようございます。……あれ、私以外皆来てた感じ? うわ、すいません」
最後の一人となった果文が、住人たちがずらっと並んだ様子を見て慌てた。
「おう、果文。よく来たな」
茉衣子が果文の前に仁王立ちする。
「茉衣子ちゃん、おはよう」
「遅かったな!」
「ええっ?! ごめん」
全然大丈夫、とフォローされると思っていた果文は慌てる。
「嘘だよ。お前以外、ドアから出てくるだけだしな」
「ああ……」
ほっとしたように果文が息をつく。
「そっか。私以外、ここに住んでるんだよね」
果文が見回す。106号・樋口健介、107号・古波蔵茉衣子、202号・朝長慎吾と雛灯、 207号・杠千宥と二生、301号・新宮領美佳。
クラスメイトの二生、そして、彼女を通じて知り合った先輩たちだ。――ただし、健介だけは例外的に元々の知り合いだ。
しかし、三名ほど、果文が知らない人たちがいる。大人が二人と、外国人っぽい小学生。ただ、小学生の方は、話として聞いたことはあった。
「おはよう。もしかして、茉衣子ちゃんの?」
ちょっと屈んで……とでもしたかったところだが、ほんの数センチしか変わらなかった。149cmの果文は若干目線を下げて146cmのサラに話しかける。
「おはよう。古波蔵紗莱です。お姉ちゃんは?」
「私は、若杉果文。二生の友達だよ」
「わあ、かわいい! お姉ちゃん、優しそうな人でよかった。今日は楽しみやな」
「あ、ありがとう。わあ、ほんとに関西弁だあ。よろしくね。……この人たちが?」
果文がサラから目を離し、茉衣子を向く。
「おう、あたしの父ちゃんと、そのうちママになる人だ!」
「気、早すぎだよ。でも、慎吾先輩のお母さんなんですね。よろしくお願いします」
「よろしくね。早いのにありがとうね」
慎吾と雛灯の母、茜が微笑む。
「おはようございます。あの、南町なんですよね? あの、朝何時に出たんですか……?」
まさに行き先の宮ヶ浜のあたりに朝長家がある。ここから、車で一時間以上だ。
「ううん、昨夜来て、ここに泊まったの」
「そうなんですね」
果文がほっとする。
「おお、このねーねーか! 茉衣子が妹みたいに可愛がってる子は。よく来たねえ」
横から泰造が声をかけ、果文は一瞬びくっとする。
「あ、おはようございます。なんか、ほんとに茉衣子ちゃんのお父さんって感じ。……そんな、妹だなんて。ねえ、健ちゃん?」
健介は急に振られてびくっとした。ここでなんで俺?
「あ? いや、若杉はもう、茉衣子の妹だろ」
素直な健介の感想だ。四月の時点で茉衣子のことをちょっと怖がっていた果文だが、少し話せば仲良くなると当時から思っていた。結果、予想を上回り、タメ口まできいていた。
「そんなら、果文ちゃんは、サラのお姉ちゃんやね」
横から、サラまで口を挟む。
「え?! ……そうかな。びっくりした。サラちゃんも近いなあ。やっぱり血筋?」
「泰造イズムだろ」
横から慎吾が笑いながら口を挟む。
「俺の血は濃いさー。そしたら、出発しようね」
「……なんで父ちゃんが仕切るんだよ」
茉衣子はぼやいたが、結局、泰造の号令をきっかけに出発することになった。
十一人は、朝長家のアルファードと古波蔵家のムーヴに分乗する。それぞれの家族が家の車に乗ると、残るのは千宥、二生、美佳、果文、健介の五人。アルファードに四人、ムーヴに一人が加われば、ちょうど定員に収まる。そして、ムーヴに乗ることになったのは――
「俺かよ……」
後部座席、運転する古波蔵泰造の真後ろで健介がぼやいた。
「厳正なる選考の結果だよ。ここに来るのにピッタリなのはお前だったということだ」
助手席の茉衣子が右後ろを向いて笑う。
「お前んとこの家族に、プラス俺って、場違い過ぎるだろ」
「健介、うちの子になるといいさ」
泰造がハンドルを握りながら高笑いする。
「俺は泰造さんの何なんすか……」
「健ちゃん、今夜はサラと一緒に寝よ?」
小学生が言うには、だいぶきわどい冗談だった。
「……サラちゃん、そういうノリはナベだけにしとけ」
渡辺はこのノリに耐えているのか、なかなかだな。健介は妙に感心する。というか、この古波蔵家三世代、揃っていると、妙に疲れる。
「てか、古波蔵家くくりなら、若杉だろ。お前の妹なんだろ」
「果文は、二生とセットにしたがいいだろ」
「確かにな」
そう言われれば、それは健介にも否定できない。
「まあ、二生も果文だけじゃ心細いかもだから、さらに姉貴もセットでつけると」
「テレビショッピングじゃないんだから……」
健介が顔をしかめる。
「んでもって、千宥が乗るとなったら、美佳もセットになるだろ」
「……そこは確かに崩せないな」
「で、この四人を、まとめてアルファードにぽーんとな」
そして、残った健介が必然的にムーヴということになるわけだ。
「結局、俺は消去法かい」
「まあ、細かいことは気にすんな」
茉衣子が笑う。
「第一、男の参加者がお前と慎吾だけなんだぜ」
「まあな。……どうしてこうなった?」
健介がため息をつく。この場合、千宥はナチュラルに「男」から除外される。
「雄人、大上、啓太郎が全滅したからだろ。他にお前に心当たりあるか?」
「いや、特に」
健介も友達が多い方ではない。海水浴に行くような仲に限ると、ここまでだろう。
「啓ちゃん来られへんの、ショックやったわー」
健介の隣でサラがぼやく。あれから三ヶ月、まだしっかり渡辺が好きなようだ。
「サラちゃん、ナベから連絡はなかったの?」
「……こないだ、通天閣の写真、送られてきた」
渡辺も律儀に送ってるのか。健介は苦笑した。
ここで、健介は当初から気にしていたあることを思い出した。
「でさ、茉衣子」
「なんだー?」
勢いよく振り返る。待ちに待った海水浴で、上機嫌だった茉衣子はつい声が大きくなったらしく、健介は一瞬びくつく。
「千宥、よく来たな。どうやって連れてきたんだ」
「ああ、その話か。まあ、あたしの交渉力ってやつよ」
非常に得意げである。
「まあ、でもな、実際問題さ、着替えとかどうすんだ。どっちの更衣室に?」
「下に水着は着てきてるぜ」
さらりと言う。
「サラもな、着てきてるで」
サラがスカートをめくったので、健介はぎょっとする。あくまで水着であるはずだが、急にこんなことされると、心臓がひっくり返りそうになる。
「やめろやめろ、……びっくりした」
「水着やで?」
「水着でも、スカートめくるのはあかんねん」
なぜか関西弁がうつる健介。
「あはは。ま、実はな……」
茉衣子は、アルファードでの着替えの件を説明した。千宥にした説明とそっくり同じである。
「なるほどな。準備いいな」
「いとことか、チビが多いんだよ、朝長家」
そこで会話が途切れる。
健介はしばらく車窓を見ていた。高宮バイパスは山の中を通る。今から海に行くとは思えないぐらい緑が続く……かと思いきやトンネルに入った。健介もこの道はよく知っているが、あと十分はトンネルを出たり入ったりが続く。
去年の参加者は、今年も参加の健介、茉衣子、慎吾・雛灯兄妹、それに今年は欠席の玉井と大上の六名だった。去年は玉井の祖父でアネックス久世の大家、根〆昭信のマツダ2だった。ちなみに、この当時、朝長兄妹はそもそもアネックスの住人ではなく南町在住だったため、現地合流だった。
ただ、今年は、玉井の不参加を予感していたのか、単純に参加者増を見込んで茜に話をつけていたのか、根〆には依頼しなかったようだ。
移動が楽とはいえ、やっぱり道中は退屈だ。これがバスの中だったら、逆に気兼ねなくスマホやらゲームやら触れるのだが(但し移動は大変だろう)、よその車だと、気を使う。それでも、一瞬スマホを確認する。地図アプリによると、宮ヶ浜まではあと四十分と。……まだかかるな。
サラが鞄から何か取り出したようだ。ゲーム機だった。
「ねえ、健ちゃん、対戦しよ?」
どうやら、ポケモンをやっているらしい。
「俺持ってきてないよ。持ってくりゃよかった」
この家の子からのお誘いとあれば、堂々とできたのに。俺のバカ。健介はうなだれた。
横でサラのポケモンを眺めたり、時折バトルのアドバイスをしたりしながら過ごすこと約四十分、高宮市南町、宮ヶ浜海水浴場に到着した。
宮ヶ浜とは、南町を大きく四つに分けたうちの一地区であり、その一番北の北田という集落に慎吾と雛灯の実家があるが、そこを過ぎてさらに三キロほど南下した、宮ヶ浜地区の中心集落の近くにあった。
「着いたさ。俺は場所取りしてこようね」
「泰造さん、海入らないんですか?」
健介が尋ねる。
「予定はないさ」
「とか言って、下、海パン履いてるんだぜ」
茉衣子が耳打ちする。
「ただ保護者じゃないんだな。若いなあ」
「いい年してよ」
茉衣子がぼやく。ちなみに泰造は六十四歳だが、同い年の根〆は去年、一度も海に入らなかった。
隣にはアルファードも停車した。
「お前らも着いたな! じゃあ、早速更衣室だ。ほら、さっさと行くぞ」
茉衣子は久々のイベントに生き生きしすぎて、かなりせっかちになっている。事故らなければいいが。健介は眉をひそめる。
「私は泰造さんたちと場所取りに行くね」
千宥は更衣室には入らない。水着は下に準備済みらしいので、おそらく、その場で脱ぐだけ脱ぐのだろう。
健介と慎吾で男子更衣室に入る。思えば、前年は男女三対三で同数だったのに、今年は、だいぶ男女比がおかしい。千宥は別格として、引率の大人を除き、男二名、女六名である。
「慎吾、意気込んでるな」
「そらもう、美女の水着のパラダイスだぞ。そう思わないかね」
慎吾は裸のまま仁王立ちして高笑いする。
「言うぞ、茉衣子に」
健介が言う。こんなことを言っているが、慎吾も彼女持ちなのだ。
「目の保養だよ、目の保養。今年は女子が増えて、嬉しいななんの」
この浮かれぶりを見ていると、やはり慎吾と茉衣子はお似合いだ、健介はつくづくそう思う。
「千宥も今年は来たしな」
「おう、茉衣子の奴、よく口説き落としたよ」
思えば、去年、千宥の不参加を聞いて、あからさまにテンションを落としたのがこの男だった。それで当時、茉衣子の不興を買ったわけだが。
「それよりさ、健介は? お前はフリーなんだから、誰か狙わないのか。茉衣子以外なら空いてるだろ」
「千宥と美佳さんもダメだろ」
千宥は否定するが、あの二人を「フリー」と扱うのは、事実上難しい。
「なら、二生ちゃんか? あとは、ひな……でいいんならお好きにどうぞって感じだが」
双子の妹のことをちょくちょくブス扱いする慎吾だが、健介はそんなことはないと思っている。もっとも、狙っているかどうかで言えば、全く話は別だが。
「別に狙ってるわけじゃねえよ」
「じゃあサラちゃん?」
「あの子はナベのだ」
もちろん、渡辺にそんな気がないのは分かっている。あったら問題だ。
「まあ、行くか、パラダイスへ」
慎吾は荷物をまとめ直し、臨戦態勢だ。
「待てよ、せかすな。お前は茉衣子か」
「似たようなもんだよ」
「……お幸せにな」
健介も準備ができたので、更衣室から外へと向かった。
【次回予告】
夏、水着回。ここからが本番!
次回に続きます。お楽しみに。
ちょっとでもわくわくしたら、☆をつけて、ブックマーク登録をお願いします。




