第2話 空白の数分(編集の痕跡)~三分間の行動を追跡する~ [2/3]
A君の“空白の三分”を確かめるため、4人は教室の中央に集まった。
夕日はすでに沈みかけ、教室の光は蛍光灯だけになっていた。
B君「とりあえずさ、その三分間にAが何してたか……俺らで検証しようぜ」
O君《A君、最後に覚えてるのはどこ?》
A君『あの席。そこで腕時計見て……次の瞬間には黒板の前にいた』
B君「じゃあ、その間にAが動いたってことだよな」
O君《でもA君は“動いた記憶が無い”》
A君『うん。歩いた感覚も、立ち上がった記憶も無い』
A君は自分の足を見下ろした。
靴の裏に、ほんの少しだけチョークの粉がついている。
B君「……おい、これ見ろよ」
A君『え?』
B君「靴、白い粉ついてんぞ。黒板のチョークじゃね?」
O君《ということは……A君は確かに黒板の近くまで歩いたってことだね》
A君『……でも、覚えてないんだよ』
その言葉は、教室の静けさの中で重く響いた。
黒板の前に立っていたAB君が、白いチョークを手に取った。
黒板の左側に、白で一文字。
――「行動」。
AB君【A君は“行動した”。これは事実だよ】
O君《でもA君は“覚えていない”》
AB君【だからこそ、欠落なんだ】
AB君は白い「行動」の横に、黄緑で線を引いた。
――「記録なし」。
B君「記録なしって……Aの脳みそが記録してないってこと?」
AB君【そう。行動はあったのに、記憶が無い】
A君『……そんなこと、あり得るのか?』
O君《あるよ。脳は“記録しない”ことがある》
B君「なんでだよ」
O君《必要ないと判断された時とか、矛盾が生まれた時とか》
A君『矛盾……』
A君は黒板を見つめた。
白と黄緑の文字が、蛍光灯の光で少しだけ滲んで見えた。
B君「じゃあさ、Aが黒板の前にいた時……俺らは何してた?」
O君《僕は席にいたよ。A君が急に立ち上がったのは見てない》
B君「俺も。気づいたらAが黒板の前にいた」
A君『……じゃあ、本当に“気づかれないまま”動いたってこと?』
O君《それも不自然だよね》
O君は腕を組み、少し考え込んだ。
O君《A君が動いたのに、僕たちが気づかなかった理由は二つ》
O君は指を二本立てた。
O君《① A君の動きが“記憶から消された”
② 僕たちの“認識が飛ばされた”》
B君「どっちも怖いんだけど」
A君『……②だったら、俺だけじゃなくて、みんなの記憶も……?』
O君
教室の空気が、少しだけ冷たくなった気がした。
AB君は黄緑のチョークで、黒板に新しい文字を書いた。
――「整合性の調整」。
AB君【A君の三分間は、“整合性維持”のために調整された可能性が高い】
A君『整合性……昨日も言ってたよな』
AB君【うん。世界は矛盾を嫌う】
B君「でもさ、Aの行動が矛盾してたってこと?」
AB君【矛盾というより、“都合が悪かった”のかもしれない】
A君『俺の行動が……?』
O君《A君が何かを“見た”とか?》
A君『見た……?』
A君は目を閉じ、三分前の感覚を必死に探った。
しかし、そこには何もなかった。
A君『……何も思い出せない』
B君「じゃあさ、Aが黒板の前にいた時……黒板には何か書いてあった?」
O君《僕は見てない》
A君『俺も……覚えてない』
AB君は黒板の端を指で軽く叩いた。
AB君【A君が黒板の前にいた“理由”が、欠落している】
B君「理由ごと消されたってことかよ」
AB君【可能性はある】
AB君は白いチョークで、黒板にもう一度「行動」と書き直した。
その横に、黄緑で小さく補足を書く。
――「痕跡だけ残る」。
A君『痕跡……』
O君《A君の靴のチョークの粉だね》
B君「行動はあった。でも記憶は無い。痕跡だけ残ってる」
A君『……なんで俺だけ……』
AB君【A君だけとは限らないよ】
B君「え?」
AB君【僕たちの記憶も、“編集されている”可能性がある】
その言葉に、3人は息を呑んだ。
A君『……俺たち全員が?』
O君《でも、気づいてないだけ……ってこと?》
AB君【そう。編集は“気づかれないように”行われる】
B君「じゃあ、Aの三分も……気づかれないように?」
AB君【うん。だから“空白”になっている】
A君は腕時計を見つめた。
秒針の音が、やけに大きく聞こえた。
A君『……俺、本当にどうなってるんだろう』
O君《まだ分からないけど……
A君の中で何かが起きてるのは確かだよ》
B君「次はさ……Aの三分間を“リアルタイムで”見張ってみるか?」
A君『……それ、できるかな』
O君《やってみる価値はあるよ》
A君は小さく頷いた。
その瞳には、不安と、わずかな覚悟が宿っていた。
――空白の三分は、まだ全貌を見せていなかった。




