第2話 空白の数分(編集の痕跡)~空白の数分を確かめる~ [1/3]
放課後の教室。昨日と同じ光景のはずなのに、A君の表情だけがどこか落ち着かない。
机に置いた腕時計をじっと見つめながら、A君は小さく息を吐いた。
A君『……また、さっきの時間が思い出せないんだよ』
B君「またって……昨日の“数分抜けた”ってやつ?」
O君《今日はどのくらい?》
A君『三分くらい……かな。気づいたら、黒板の前に立ってた』
B君「え、立ってたの覚えてないの?」
A君『うん。気づいたらそこにいた。移動した記憶が無い』
A君は黒板の前を指さした。
その指先は震えてはいないが、どこか頼りなかった。
O君《……やっぱり普通じゃないね》
O君はA君の腕時計を覗き込むようにして、時間を確認した。
O君《A君が“気づいた時刻”と、“最後に覚えてる時刻”の差が三分……》
B君「つまり、その三分間が“空白”ってことか」
A君『そう。何してたのか、本当に分からない』
黒板の前にいたAB君が、白いチョークを手に取った。
黒板の中央に、白で一文字。
――「空白」。
AB君【A君の“空白の数分”は、事実として存在している】
B君「事実って……Aの主観じゃなくて?」
AB君【主観も事実だよ。A君が“無い”と感じているなら、それは事実】
AB君は白い「空白」の横に、黄緑のチョークで線を引いた。
――「欠落(時間)」。
O君《昨日は“記憶の欠落”だったけど、今日は“時間の欠落”だね》
A君『……違うの?』
O君《似てるけど、ちょっと違う》
O君は指を折りながら、ゆっくりと説明を始めた。
O君《忘却には種類があるんだよ》
B君「種類?」
O君《うん。例えば――》
O君は黒板の端に歩いていき、AB君の隣に立った。
O君《① 思い出せない忘却
② 最初から無い欠落
③ “飛ばされた”時間の空白》
A君『……俺のは③ってこと?』
O君《今のところはね》
B君「なんかさ……Aの記憶、誰かに触られてるみたいじゃね?」
その言葉に、教室の空気が一瞬だけ止まった。
A君『触られてる……?』
B君「だってさ、自然に三分だけ抜けるとか無くね?
昨日の“図書室の記憶”も変だったし」
O君《確かに、自然現象では説明しにくいね》
AB君は黄緑のチョークを持ち替え、黒板に新しい文字を書いた。
――「整合性」。
AB君【A君の欠落は、“整合性維持”のための微調整だよ】
A君『整合性……?』
B君「世界の、ってやつか?」
AB君【そう。世界は矛盾を嫌うからね】
O君《つまり、A君の記憶が“世界の都合で調整されてる”ってこと?》
AB君【可能性の一つとしては、ね】
A君『……俺の記憶、勝手にいじられてるってこと?』
AB君【“いじられている”というより……
“整えられている”と言った方が近いかな】
B君「いやいや、それもうホラーだろ」
A君『でも……本当にそんな感じなんだよ。
自分の記憶なのに、自分のじゃないみたいで……』
A君は腕時計を握りしめた。
その指先には、焦りと戸惑いが混ざっていた。
O君《A君、もう一回だけ確認していい?》
A君『うん』
O君《“空白の三分間”の前後は覚えてる?》
A君『前は覚えてる。
でも……後は、気づいたら黒板の前にいた』
B君「じゃあ、その間に何があったかは完全に“無い”ってことか」
A君『……うん。無い』
AB君は白いチョークで、黒板にもう一度「空白」と書き直した。
その横に、黄緑で小さく補足を書く。
――「編集の痕跡」。
AB君【A君の空白は、編集の痕跡だよ】
A君『編集……』
O君《昨日と同じだね》
B君「じゃあさ、Aの記憶……本当に誰かに触られてんじゃね?」
A君は息を呑んだ。
その表情は、恐怖よりも“理解が追いつかない”という色だった。
A君『……俺、どうなってるんだろう』
O君《まだ断定はできないけど……
A君の中で何かが起きてるのは確かだよ》
B君「とりあえず、今日の三分……一緒に検証しようぜ」
A君は小さく頷いた。
その瞳には、不安と、わずかな期待が混ざっていた。
――空白の数分は、静かにその輪郭を見せ始めていた。




