第8話 A君の空白が広がる(記憶の侵食)~記憶の衝突~ [3/4]
A君の“現在の欠落”が広がり始めてから、
教室の空気は明らかに変わっていた。
夕陽は完全に沈み、教室は薄暗い影に包まれている。
窓の外の街灯が、机の縁をかすかに照らしていた。
A君は机に手をつき、深く息を吐いた。
A君「……まただ……
“今”が……抜けた……」
気づけば、ノートのページがまた変わっている。
そこには“自分の字”で、今日の別の授業内容が書かれていた。
しかし――
そのページを書いた記憶が、まったくない。
B君「A……
さっきから何回もページめくってるぞ……?」
A君「めくった……?
俺が……?」
B君「うん。
“ここ分かりにくいな”って言ってた」
A君「……言ってない……
俺は……言ってない……」
A君の声が震えた。
――“言ったA”と“言ってないA”が同時に存在している。
その時だった。
〈!-- 欠落領域:拡張率 三一%。 -->
教室の空気が揺れ、
黒板の文字が一瞬だけ“別の配置”に見えた。
A君「……っ……!」
A君の視界が二重にぶれた。
“今日の教室”と“別の日の教室”が重なって見える。
A君「……なんだ……これ……
俺……どっちを見てる……?」
O君《A君……
“現在”が二重化してる》
A君「二重化……?」
O君《うん。
本来の記憶と……
補完された記憶が……
“今”にまで干渉してる》
A君「……なんで……
昨日の補完は終わったはずだろ……?」
O君《終わったけど……
“触れた層”が……
まだ揺れてる》
A君「触れた層……?」
O君《……言えない》
O君は苦しそうに目を伏せた。
語れない領域が、昨日よりも明らかに広がっている。
その時、AB君が静かに口を開いた。
AB君【A君……
君の“今”が……
“二つの記憶”に引っ張られてる】
A君「二つ……?」
AB君【“本来の今”と……
“補完された今”】
A君「補完された……今……?」
AB君【昨日の補完は“過去”だけじゃない。
“現在の整合性”にも影響する】
A君「……俺の今が……
書き換えられてるってことか……?」
AB君【“書き換え”というより……
“揺れてる”】
A君は頭を押さえた。
脳の奥で、何かが“ぶつかる音”がした。
A君「……っ……!
今……“二つの俺”が……
同時に喋ってるみたいだ……!」
B君「A……!」
A君「“言った俺”と……
“言ってない俺”が……
同時にいる……!」
A君の声が震えた。
A君「俺……
どっちなんだ……?」
その問いに、
AB君は静かに答えた。
AB君【どちらも“正しい”】
A君「正しい……?」
AB君【世界が……
A君の“今”を揺らしてる】
その時――
教室の空気がさらに強く揺れた。
〈!-- 現在領域:干渉検知。 -->
黒板の文字が三重にぶれ、
机の影が波打ち、
窓ガラスがかすかに震えた。
A君「……っ……!」
A君は机に手をつき、呼吸を整えようとした。
A君「……俺……
今……何してた……?」
B君「A……
さっきから何回も同じこと言ってる……」
A君「同じ……?」
B君「“今が抜けた”って……
もう三回目だよ……」
A君は息を呑んだ。
――“今のA”が、何度もリセットされている。
A君「……俺……
本当に……
“今”が分からない……」
その時、O君が静かに言った。
O君《A君……
君の“現在”は……
もう安定してない》
A君「安定してない……?」
O君《うん。
A君の“今”は……
世界の揺れに巻き込まれてる》
A君「世界の……揺れ……?」
O君《……言えない》
O君は唇を噛んだ。
語れない領域が、さらに広がっている。
その時――
A君の耳元で、かすかな声が落ちた。
〈!-- 現在領域:再計算。 -->
A君「……っ……!」
A君の視界が白く揺れた。
A君「やめろ……
俺の“今”を……
勝手に……!」
しかし、世界は止まらなかった。
〈!-- 現在領域:補正中。 -->
教室の空気が震え、
A君の“今”がまた一つ、
静かに消えていった。




