第8話 A君の空白が広がる(記憶の侵食)~拡大する空白~ [2/4]
A君の“数分の欠落”が発覚してから、まだ五分も経っていなかった。
しかし、放課後の教室の空気は、すでに昨日とはまったく違っていた。
夕陽はほとんど沈みかけ、教室は薄暗いオレンジ色に染まっている。
その光の中で、A君は自分の手元を見つめていた。
A君「……あれ?」
気づけば、ノートのページがまた変わっていた。
しかも、そこには“自分の字”で今日の別の授業内容が書かれている。
だが――
そのページを書いた記憶が、まったくない。
A君「……俺、これ書いたっけ?」
B君「書いてたよ。
さっき“この部分が分かりにくい”って言ってた」
A君「……言った……?」
A君は自分の声が震えていることに気づいた。
――さっきの欠落は“数分”だった。
しかし今は、どう考えても“数十分”が抜けている。
A君「……俺……
どれくらい……飛んでるんだ……?」
その呟きに、O君が静かに近づいた。
O君《A君……
今の欠落、どれくらいだと思う?》
A君「分からない……
でも……
“さっきの俺”と“今の俺”の間に……
何かがある気がする……」
A君は胸に手を当てた。
心臓の鼓動が、遠くで鳴っているように感じる。
その時だった。
教室の空気が、
また一瞬だけ“白くノイズ”を走らせた。
〈!-- 欠落領域:拡張。 -->
A君「……っ!」
A君の視界が揺れた。
机の配置が一瞬だけ“別の並び”に見えた。
黒板の文字が、
今日のものと“別の日のもの”が重なって見える。
そして――
A君の頭の奥で、何かが“抜け落ちる音”がした。
A君「……待って……
今……何してた……?」
B君「A……
さっきから何回も同じこと言ってるぞ……」
A君「同じ……?」
A君は自分の手を見つめた。
手の震えが止まらない。
AB君【A君……
君の“現在”が……
本格的に侵食されてる】
A君「侵食……?」
AB君【補完された記憶と……
本来の記憶が……
“現在”にまで干渉してる】
A君「……なんで……?」
O君《A君の欠落は……
“世界の揺れ”に引っ張られてる》
A君「世界の……揺れ……?」
O君《うん。
昨日の補完で、A君の記憶は“触れちゃいけない層”に触れた。
その反動が……今、A君の“現在”に波及してる》
A君「触れちゃいけない層……?」
O君《……言えない。
でも……A君の欠落は、A君だけの問題じゃなくなってる》
A君「俺の……現在が……?」
A君は机に手をついた。
足元がふらつく。
A君「……俺……
さっきから……
“今”が抜けていく……」
その時、B君が震える声で言った。
B君「A……
お前、さっき……
“帰り道どうする?”って俺に聞いたんだよ」
A君「……聞いた……?」
B君「うん。
でも……
今のAは……
その会話を“してないA”なんだよ」
A君は息を呑んだ。
――“会話をしたA”と“していないA”が同時に存在している。
A君「……俺……
どっちなんだ……?」
AB君【どちらも“正しい”】
A君「正しい……?」
AB君【A君の“現在”は……
複数の記憶が重なってる】
O君《A君の“今”が……
世界の整合性の揺れに巻き込まれてる》
その時――
教室の空気が、さらに強く揺れた。
〈!-- 欠落領域:拡張率 二四%。 -->
黒板の文字が二重にぶれ、
机の影が波打ち、
窓ガラスがかすかに震えた。
A君「……っ……!」
A君は頭を押さえた。
脳の奥で、何かが“剥がれる音”がした。
A君「……俺……
本当に……何をしてたんだ……?」
その問いは、
放課後の静まり返った教室に静かに落ちた。
そして――
誰も答えられなかった。




