第8話 A君の空白が広がる(記憶の侵食)~侵食の始まり~ [1/4]
放課後の教室は、昨日と同じように静かだった。
夕陽が窓から差し込み、机の影を長く伸ばしている。
しかし、その光景を見ているA君の胸の奥には、昨日とは違うざわつきがあった。
――何かがおかしい。
その違和感は、理由もなくA君の背筋を冷たくしていた。
A君「……あれ?」
気づけば、ノートが開いている。
しかし、そのページを開いた記憶がない。
ページには、今日の授業内容が箇条書きで書かれていた。
確かに自分の字だ。
でも――その文字を書いた“感覚”がない。
A君「……俺、今……何してたんだ?」
その声に、B君が振り向いた。
B君「どうした、A?」
A君「いや……
ノート開いた覚えがないんだよ」
B君「え?
さっき自分で開いてたじゃん。
“今日のまとめしとくか”って言って」
A君「……言ったっけ?」
B君は眉をひそめた。
昨日の“自分の代替記憶”を思い出したのだろう。
B君「……A、それ……昨日の俺と同じじゃね?」
A君「いや、俺は“昨日”じゃなくて……
“今”なんだよ」
A君は胸に手を当てた。
心臓の鼓動が、どこか遠くに感じる。
――数分の欠落。
昨日の補完の時にも似た感覚だったが、
今回は“現在進行形”で起きている。
O君《A君……
どれくらい覚えてない?》
A君「分からない……
気づいたらノートが開いてて……
その前の記憶が……ない」
O君はA君の目をじっと見つめた。
その瞳には、言葉にできない不安が宿っていた。
O君《……A君の“現在”が揺れてる》
A君「現在……?」
AB君【A君……
君の“欠落”が……
また広がってる】
A君「広がってる……?」
AB君【昨日の補完で“穴”は埋まったはずなのに……
その周辺が……また“削れてる”】
A君「なんで……?」
O君《A君の欠落は……
“世界の歪み”と連動してる》
A君「世界の……歪み……?」
O君《うん。
A君の記憶は“世界の整合性”に触れた。
その反動が……今、来てる》
その時だった。
教室の空気が、
ほんの一瞬だけ“白くノイズ”を走らせた。
〈!-- 欠落領域:拡張。 -->
A君「……っ!」
A君の視界が揺れた。
机の位置が一瞬だけ“別の配置”に見えた。
黒板の文字が、
昨日のものと今日のものが重なって見える。
教室の空気が、
まるで“二つの世界”が重なっているように震えた。
B君「今の……まただよな!?
昨日の俺の時と同じ……!」
A君「……今……
教室が……違って見えた……」
O君《A君の“現在”が揺れてる》
AB君【補完された記憶と……
本来の記憶が……
“同じ場所”を取り合ってる】
A君「取り合う……?」
AB君【どちらも“正しい”から】
A君は頭を押さえた。
脳の奥で、何かが“ずれる音”がした。
A君「……じゃあ……
俺の“今”って……
どっちなんだ……?」
その問いに、
誰も答えられなかった。
夕陽が揺れ、
教室の影がゆっくりと伸びていく。
その影の中で――
A君の“現在”は、静かに侵食され続けていた。
そしてA君は、
自分の胸の奥に広がる“空白”が、
昨日よりも確実に大きくなっていることを感じていた。
A君「……俺……
本当に……何をしてたんだ……?」
その呟きは、
誰にも届かないほど小さかった。




