第1話 忘れ物と欠落(記憶の穴)~薄まる記憶、削られる感覚~ [2/3]
A君が席に戻ると、教室の空気は少しだけ落ち着いた。
けれど、さっきまでの違和感はまだ薄く残っている。
夕日が差し込む窓際の机に、埃が金色に浮かんでいた。
B君「でさ、A。結局その“忘れ物”って何だったんだよ」
A君『……それが、本当に思い出せないんだよ。
“入れたはず”って感覚だけが残ってて……』
O君《でも、その“入れたはず”って記憶が曖昧なんだよね》
A君『うん。
なんか……“記憶の形”だけ残ってて、中身が無い感じ』
B君「形だけ? なんだそれ。空の箱みたいな?」
A君『そう。そんな感じ』
A君は自分のカバンをもう一度開け、ポケットの中を指でなぞった。
A君『ここに……何か入れた気がするんだよ。
でも、何を入れたのかが思い出せない』
O君《それって、忘れ物というより……“記憶の欠落”だよね》
黒板の前で聞いていたAB君が、白いチョークを手に取り、静かに線を引いた。
白い文字で「欠落」の下に、短い矢印が描かれる。
AB君【“忘れた”と“欠落した”は、似てるようで違う。】
B君「また始まったぞ、ABの講義タイム」
AB君【忘れた、は“思い出せない”。
欠落した、は“最初から無い”。】
A君『……やっぱり、俺が感じてるのは後者だ』
A君は机に肘をつき、少し俯いた。
その表情は、困惑というより“確認している”ようだった。
A君『俺……本当に何かを入れたのかな。
その記憶自体が、なんか……薄いんだよ』
O君《記憶の“薄さ”って、普通は起きないよね》
B君「いや、寝不足とかストレスとかであるだろ。
俺なんて昨日の晩飯すら覚えてないし」
O君《それはただの生活習慣の問題》
B君「ひどくね?」
そんな軽口が交わされる中、A君はふと窓の外を見た。
A君『……あれ?』
O君《また? 今度は何?》
A君『いや……今、外を見た瞬間……
“数分前の記憶”がまた抜けた気がした』
B君「おいおい、マジで大丈夫か?」
A君『大丈夫じゃないかもしれない……』
A君は自分の頭を押さえた。
痛みではなく、違和感を押さえ込むように。
A君『さっきまで何話してたっけ……?』
O君《A君が“入れたはずの物”の話をしてた》
A君『ああ……そうだった』
A君は深く息を吐いた。
A君『でも……その“入れたはず”って感覚が、
さっきよりさらに薄くなってる気がする』
B君「薄くなるって何だよ。記憶が溶けてんの?」
A君『溶けてる……っていうより……
“削られてる”って感じ』
その言葉に、AB君の手が止まった。
AB君【削られている、か。】
AB君は黄緑のチョークを取り、白い「欠落」の横に小さく文字を書く。
――「編集」。
B君「またその“編集”ってやつかよ」
AB君【記憶は、ただ保存されているだけじゃない。
必要に応じて“整えられる”こともある。】
O君《整えられる……って、どういう意味?》
AB君【例えば、矛盾が生まれたとき。
世界の整合性を保つために、
記憶が“調整”されることがある。】
B君「いやいや、世界の整合性って何だよ。
そんな大げさな話じゃないだろ」
A君『でも……俺の記憶、本当に変なんだよ。
昨日のことも……なんか違う気がする』
O君《昨日のどこが?》
A君『俺、昨日……図書室で勉強してたって言ったよな?』
O君
A君『でも……その“図書室にいた記憶”が、
なんか……ぼやけてるんだよ。
まるで……“後から貼り付けられた”みたいに』
その瞬間、教室の空気が少しだけ冷えた。
B君「貼り付けられたって……お前、ホラーかよ」
A君『いや、冗談じゃなくて……
本当に“自分の記憶じゃない”感じがするんだ』
O君《……それ、ちょっと怖いね》
AB君は黒板に視線を戻し、黄緑のチョークで小さく数字を書いた。
――「02」。
B君「またその番号。何なんだよ」
AB君【ただの分類だよ。】
そう言いながらも、AB君の目はどこか遠くを見ていた。
A君『……俺の記憶、どうなってるんだろうな』
O君《まだ断定はできないけど……
“忘れ物”じゃないことだけは確かだね》
B君「まあ、Aが壊れたわけじゃないならいいけどさ」
A君『壊れてないって……言いたいけど……
正直、自信ない』
夕日がさらに傾き、教室の影がゆっくりと伸びていく。
その影の中で、A君の“欠落”だけが静かに広がっていた。




