第5話 AB君の観測(記憶の揺らぎ)~観測者の沈黙と“重なる現在”~ [4/4]
AB君が黒板に書いた「観」の文字は、
蛍光灯の光を受けて、どこか淡く滲んで見えた。
A君もB君も、しばらく言葉を失っていた。
O君だけが、静かにAB君を見つめている。
A君『……AB。
お前、本当に大丈夫なんだよな?』
AB君はゆっくりと頷いた。
その頷きは、どこか“二重”に見えた気がした。
AB君【大丈夫。
ただ……僕は今、“二つの今”を同時に見てる】
B君「二つの今……」
AB君【うん。
“ここにいる僕”と、“ここに来ていない僕”】
A君『来ていない……?』
AB君【“来ていない記憶”があるんだ】
A君とB君は顔を見合わせた。
理解できない、というより、理解してはいけない気がした。
O君《AB君……
それは“構造の揺れ”そのものだよ》
AB君【うん。
僕もそう思う】
AB君は黒板に向かい、白いチョークで二つの円を描いた。
少しだけ重なり合う二つの円。
AB君【僕の“今”は、こうなってる】
B君「重なってる……?」
AB君【うん。
完全に分かれてるわけじゃない。
でも、完全に一つでもない】
A君『じゃあ……どっちが本当なんだ?』
AB君【どちらも本当。
どちらも“僕の今”】
その言葉は、静かで、しかし揺らぎの中心に触れていた。
AB君は黒板の前から離れ、窓の方へ歩いた。
夕方の光が差し込み、教室の床に長い影を落とす。
AB君【例えば……】
AB君は窓の外を見つめた。
AB君【“今日の空を見た記憶”と、
“今日の空を見ていない記憶”がある】
B君「同時に……?」
AB君【うん。
どちらも“僕の記憶”】
A君『じゃあ……お前は今、どっちの空を見てるんだ?』
AB君は少しだけ目を細めた。
AB君【……どちらも。
でも、どちらでもない】
A君は息を呑んだ。
B君は言葉を失った。
O君だけが、静かに頷いた。
O君《AB君……
君は“観測している側”にいる》
AB君【うん。
僕は“見ている僕”なんだ】
A君『見ている……?』
AB君【僕は“二つの僕”を、
ひとつの僕として見てる】
B君「それって……どういう……」
AB君【説明できない。
でも、分かるんだ】
AB君は胸に手を当てた。
AB君【“二つの僕”は争ってない。
どちらも僕で、どちらも本物】
A君『じゃあ……この先どうなるんだ?』
AB君【分からない。
でも――】
AB君は黒板に戻り、白いチョークで一文字書いた。
――「静」。
B君「静……?」
AB君【僕の中の“二つの今”は、
今はまだ“静かに重なってる”】
A君『静かに……』
AB君【うん。
どちらかが消える気配はない】
AB君はチョークを置き、深く息を吐いた。
AB君【ただ……】
その声は、ほんの少しだけ震えていた。
AB君【“どちらかが動き出す時”が来る気がする】
A君『動き出す……?』
AB君【うん。
今はまだ静かだけど……
その静けさの奥に、何かがある】
教室の空気が、わずかに揺れた。
蛍光灯の光が一瞬だけ暗くなる。
……妙な既視感があった。
O君《AB君……
君は“構造の中心”には触れていない。
でも、その“外側”にいる》
AB君【うん。
僕は“観測者の外側”にいる】
A君『外側……?』
AB君【僕は“見ている僕”を、
さらに“見ている僕”なんだ】
その言葉は、
静かで、しかしどこか底知れない深さを持っていた。
B君「……AB。
お前、どこまで見えてんだよ」
AB君【分からない。
でも――】
AB君は黒板の「観」と「静」を見つめた。
AB君【僕はまだ“揺れてるだけ”】
その言葉は、
まるで自分に言い聞かせるようだった。
そして――
その揺れは、まだ“始まり”にすぎなかった。




