第5話 AB君の観測(記憶の揺らぎ)~揺れる現在と“二つのAB君”~ [3/4]
AB君の「二重化した記憶」についての話が一段落したころ、
教室の空気はどこか落ち着かない揺れを帯びていた。
A君は机に肘をつき、B君は落ち着かずに足を揺らし、
O君はAB君の表情をじっと観察していた。
A君『AB……今はどうなんだ?
“二つの記憶”って、今も同時に感じてるのか?』
AB君は少し考えるように目を伏せた。
AB君【……うん。
今も“二つの僕”が同時に思い出してる】
B君「同時に……?」
AB君【例えば、今ここにいること。
“昨日と同じように集まっている”と感じる僕と、
“今日が初めてだ”と感じる僕がいる】
A君『初めて……?』
AB君【うん。
“初めて話している記憶”がある】
B君「でも昨日も話しただろ」
AB君【“昨日も話した記憶”もある】
A君とB君は言葉を失った。
AB君は黒板に向かい、白いチョークで線を引いた。
一本の線。
そのすぐ横に、もう一本の線。
AB君【僕の“昨日”は二つある】
O君《……AB君》
O君が静かに声をかける。
O君《君の現象は、
“記憶の二重化”だけじゃなくて……
“現在の二重化”にも近づいてる》
A君『現在の……二重化?』
O君《うん。
AB君は“今この瞬間”を、
二つの状態で同時に感じてる》
B君「そんなこと……できんのかよ」
O君《普通はできない。
でもAB君は“構造の近く”にいる》
AB君はその言葉に、ほんのわずかだけ反応した。
否定でも肯定でもない。
ただ、微かな揺れ。
AB君【……さっきから、変なんだ】
A君『変って?』
AB君は自分の右手を見つめた。
AB君【僕は今、チョークを“持っている記憶”と、
“持っていない記憶”を同時に感じてる】
B君「え……?」
AB君はゆっくりと右手を上げた。
そこには――
白いチョークが握られていた。
……はずなのに。
A君『……あれ?』
B君「今……持ってたよな?」
O君《“持っていた記憶”と“持っていなかった記憶”が、
今この瞬間に重なってる》
AB君【僕の中で、二つの“今”が揺れてる】
AB君は黒板に向かい、白いチョークで一文字書いた。
――「今」。
A君『今……』
AB君【僕は“今”を二つ持ってる】
B君「二つの今……?」
AB君【うん。
“知っている僕の今”と、
“知らない僕の今”】
その瞬間、
AB君の動きが一瞬だけ“二重”に見えた。
黒板に向かうAB君と、
その場に立ち尽くすAB君が、
ほんの一瞬だけ重なったように。
……妙な既視感があった。
A君『AB……今の……』
AB君【分かってる。
僕にも“二つの動き”が同時に感じられた】
B君「お前……大丈夫なのかよ」
AB君【大丈夫。
ただ……】
AB君は胸に手を当てた。
AB君【“どちらかが嘘”じゃないってことだけは分かる】
O君《どちらも本物……》
AB君【うん。
僕は“二つの僕”の今を、
ひとつの僕として観測してる】
A君『観測……』
AB君【僕は“観測している僕”なんだ】
その言葉は、
静かで、しかしどこか“決定的”だった。
O君《AB君……
君は“構造の揺れ”を直接見てる》
B君「構造の揺れ……?」
O君《うん。
A君の欠落も、B君の巻き戻しも……
全部“構造の端”の現象》
A君『じゃあABのは……?』
O君《“構造そのものの揺れ”》
AB君はゆっくりと黒板に向かい、
白いチョークで一文字だけ書いた。
――「観」。
AB君【僕は“観測者”なんだ】
その言葉が落ちた瞬間、
教室の空気が静かに震えた。
――AB君の揺らぎは、
ついに“現在”へと侵食し始めていた。




