第5話 AB君の観測(記憶の揺らぎ)~二つの反応、ひとつの身体~ [2/4]
AB君の「記憶の二重化」が明らかになったあと、
教室にはしばらく静かな時間が流れた。
A君は腕を組み、B君は落ち着かない様子で椅子を揺らし、
O君は黒板の「揺」という文字をじっと見つめていた。
A君『AB……その“二重化”ってさ、いつからなんだ?』
AB君は少しだけ目を伏せた。
AB君【……分からない。
気づいた時には、もう“二つ”あった】
B君「昨日とか、今日とかじゃなくて?」
AB君【“いつ”という記憶が……二つある】
A君『二つ……』
AB君【“昨日から揺れ始めた記憶”と、
“もっと前から揺れていた記憶”】
A君とB君が顔を見合わせる。
B君「おい、それ……どっちが本物なんだよ」
AB君【どちらも本物。
どちらも“僕の記憶”】
その言葉は、淡々としているのに、どこか不安定だった。
O君《AB君……
君の現象は“時間の二重化”にも近いかもしれない》
A君『時間……?』
O君《うん。
記憶が二つあるということは、
“二つの時間の流れ”を同時に持っている可能性がある》
B君「二つの時間……?」
AB君【僕は“知っていた僕”の時間と、
“知らなかった僕”の時間を、
同時に覚えている】
A君『同時に……』
AB君は黒板に向かい、白いチョークで線を引いた。
一本の線。
そのすぐ横に、もう一本の線。
AB君【僕の中では、二つの時間が“並んで”存在している】
B君「じゃあ……お前はどっちの時間を生きてるんだ?」
AB君【どちらも。
でも、どちらでもない】
A君『……分かるようで分からん』
AB君は小さく息を吐いた。
その仕草は、普段の彼には珍しい“疲れ”の色を帯びていた。
AB君【例えば……】
AB君は自分の胸に手を当てた。
AB君【A君の欠落を“知っていた僕”は、
A君を見た時に“違和感を感じなかった”】
A君『……まあ、そうだよな』
AB君【でも“知らなかった僕”は、
A君を見た瞬間に“何かが足りない”と感じた】
B君「同時に……?」
AB君【うん。
同時に、二つの反応が起きた】
AB君は黒板に白と黄緑の点を二つ並べて描いた。
AB君【僕の中で、二つの“初見”が重なっている】
A君『初見が……二つ?』
O君《AB君の現象は、
“記憶の二重化”だけじゃなくて、
“初期状態の二重化”でもあるんだ》
B君「初期状態……?」
O君《うん。
AB君は“知っていた状態”と“知らなかった状態”の
二つの初期値を同時に持ってる》
A君『そんなこと……あり得るのか?』
O君《普通はあり得ない。
でも、AB君は“構造の近く”にいる》
AB君はその言葉に、ほんのわずかだけ反応した。
否定でも肯定でもない。
ただ、微かな揺れ。
AB君【僕は……“知っている僕”と“知らない僕”の
どちらにも嘘をつけない】
B君「嘘をつけない……?」
AB君【どちらも本物だから】
その瞬間、
AB君の表情が一瞬だけ“二つに見えた”。
……いや、見えたのではなく、
“そう感じた”だけかもしれない。
A君『AB……大丈夫か?』
AB君【大丈夫。
ただ……】
AB君は黒板に向かい、白いチョークで一文字書いた。
――「層」。
B君「層……?」
AB君【僕の記憶は、今……“二つの層”になっている】
O君《二層構造……》
A君『それって……この先どうなるんだ?』
AB君【分からない。
でも――】
AB君は自分の胸に手を当てた。
AB君【“どちらかが消える”感じはしない】
B君「じゃあ……二つのまま?」
AB君【うん。
僕は“二つの記憶”を持ったまま、
ひとつの僕として存在している】
その言葉は、
静かで、しかしどこか“重い”響きを持っていた。
――AB君の揺らぎは、まだ始まったばかりだった。




