第5話 AB君の観測(記憶の揺らぎ)~AB君の観測と“二重化する記憶”~ [1/4]
翌日の放課後。
4人はまた同じ教室に集まっていた。
A君の欠落。
B君の巻き戻し。
O君の語れない領域。
そして――
今日は、AB君の番だった。
黒板の前に立つAB君は、いつものように白いチョークを指先で転がしていた。
だが、その動きはどこかぎこちない。
A君『AB……どうした? 今日はなんか変だぞ』
AB君は返事をしなかった。
ただ、黒板に向かってゆっくりと白い線を引いた。
――「記憶」。
B君「記憶……? まさか、お前も何かあったのか?」
AB君は小さく頷いた。
AB君【……僕の記憶が、揺れている】
O君《揺れてる……?》
AB君は白いチョークを置き、黄緑のチョークを手に取った。
そして、白い「記憶」の横にもう一つの文字を書いた。
――「二重」。
A君『二重……?』
AB君【僕の中に、“二つの記憶”がある】
B君「二つって……俺みたいに“昨日が二種類ある”ってやつか?」
AB君【……似ているけど、少し違う】
AB君は黒板に向き直り、白と黄緑のチョークを交互に持った。
AB君【僕は“知っている”。
でも同時に、“知らない”】
A君『……どういうことだ?』
AB君はゆっくりと説明を始めた。
AB君【例えば……A君の欠落について。
僕は“知っている記憶”がある】
O君《うん。AB君は最初から理解してたよね》
AB君【でも同時に、“知らなかった記憶”もある】
B君「知らなかった……?」
AB君【A君の欠落を初めて聞いた時、
“驚いた記憶”がある】
A君『驚いた……?』
AB君【でも、同時に“驚かなかった記憶”もある】
教室の空気がわずかに揺れた。
蛍光灯の光が一瞬だけ暗くなる。
O君《……二つの反応が同時に存在してるってこと?》
AB君【うん。
“知っていた僕”と“知らなかった僕”が、
同時に存在している】
B君「おいおい……それって、人格が二つあるってことじゃ――」
AB君【違う】
AB君は即座に否定した。
その声はいつもより少しだけ強かった。
AB君【人格は一つ。
でも“記憶の状態”が二つある】
A君『状態……』
O君《B君の“二重記憶”に近いけど……
AB君の場合は“反応”まで二重化してる》
B君「反応……?」
AB君【うん。
例えば、A君の欠落を聞いた時――】
AB君は黒板に白い線を引いた。
AB君【“知っていた僕”は、冷静だった】
次に黄緑の線を引いた。
AB君【“知らなかった僕”は、驚いていた】
A君『……二つの反応が同時に?』
AB君【そう。
どちらも“本物”なんだ】
AB君は自分の胸に手を当てた。
AB君【僕の中で、二つの記憶が“重なっている”】
O君《重なっている……》
O君は黒板に近づき、AB君の書いた「二重」の文字を見つめた。
O君《AB君の現象は……
“記憶の二重化”だね》
B君「俺の巻き戻しとは違うのか?」
O君《うん。
B君のは“どちらかが採用される”。
でもAB君のは“どちらも残っている”》
A君『残ってる……』
AB君【僕は“知っている僕”と“知らない僕”の両方を覚えている】
B君「それって……しんどくね?」
AB君【……少しだけ】
AB君は静かに笑った。
その笑顔は、どこか不安定だった。
A君『AB……他にもあるのか?』
AB君【ある】
AB君は黒板に新しい文字を書いた。
――「O君の語れない領域」。
O君《僕の……?》
AB君【僕は“知っていた記憶”がある。
O君が語れない理由を】
A君『知ってたのか!?』
AB君【でも同時に、“知らなかった記憶”もある】
B君「どっちなんだよ……」
AB君【どちらも“本物”なんだ】
その瞬間、教室の空気がまた揺れた。
A君が瞬きをし、B君が息を呑み、
AB君の指先から白い粉が落ちる。
……妙な既視感があった。
O君《AB君……
君の記憶は“揺れてる”んじゃなくて……
“重なってる”んだ》
AB君【うん。
僕は“二つの僕”を同時に覚えている】
A君『それって……危なくないのか?』
AB君【分からない。
でも――】
AB君は黒板の中央に、白いチョークで一文字だけ書いた。
――「揺」。
AB君【僕の記憶は、今……“揺れている”】
その言葉は、
教室の空気をさらに静かに震わせた。
――AB君の観測は、確実に“境界”に触れ始めていた。




