第1話 忘れ物と欠落(記憶の穴)~最初から無かった気がする~ [1/3]
放課後の教室は、夕日が差し込んで机の影を長く伸ばしていた。
窓の外では部活の掛け声が遠くに聞こえる。
いつもの放課後。
いつもの4人。
――のはずだった。
A君『……やばい。俺、忘れ物したかもしれない』
B君「また? Aってさ、几帳面なくせに忘れ物だけは多いよな」
O君《何を忘れたの?》
A君はカバンを開けて、しばらく中を探っていた。
その動きが、いつもより少しだけぎこちない。
A君『いや……それが、何を忘れたのかが思い出せないんだよ』
B君「え、忘れ物の内容を忘れたってこと?」
A君『そうじゃなくて……“最初から無かった気がする”っていうか……』
A君は眉を寄せ、カバンの底をもう一度まさぐる。
その表情は、物を探しているというより、
“探す理由そのもの”を探しているようだった。
O君《……それ、忘れ物って言うのかな》
B君「いやいや、Aが壊れたんじゃなくて?」
A君『壊れてない! ただ……なんか変なんだよ。
さっきまで“何かを入れたはず”って思ってたのに、
今はその“入れた記憶”が曖昧で……』
A君は言葉を探すように、机の端を指でトントンと叩いた。
A君『……“忘れた”っていうより、“最初から無かった”って感覚なんだ』
その言葉に、教室の空気がほんの少しだけ揺れた気がした。
黒板の前に立っていたAB君が、静かに振り返る。
手には白いチョーク。
AB君【“無かった気がする”……か。】
カツン、とチョークが黒板に触れる。
白い線で、四角い枠が描かれる。
その中に、AB君は一文字だけ書いた。
――「欠落」。
B君「おお、出たよ。ABの黒板講義」
O君《でも、A君の言ってることって……忘れ物とは違うよね》
A君『そうなんだよ。忘れ物って、普通は“あ、持ってくるの忘れた”って思うだろ?
でも俺の場合、“持ってくるつもりだった記憶”が曖昧なんだ』
B君「それってさ……“忘れた”じゃなくて“抜けてる”ってこと?」
A君『……抜けてる、かもしれない』
A君は腕時計を見た。
その視線が一瞬だけ止まる。
A君『……あれ?』
O君《どうしたの?》
A君『今、時計見た瞬間……数分だけ記憶が飛んだ気がした』
B君「は? 何それ。寝不足?」
A君『違う。
“さっきまで何してたっけ”って考えたら、
その部分だけスッと抜けてる感じがして……』
A君はこめかみを押さえた。
痛みではなく、違和感を確かめるように。
O君《……忘却と欠落って、似てるけど違うんだよね》
B君「O、また始まったぞ」
O君《忘却は“思い出せない”で、
欠落は“最初から無い”なんだ》
A君『それだ。俺が感じてるのは“欠落”の方』
AB君が、白いチョークを置き、今度は黄緑のチョークを手に取った。
黒板に、白い「欠落」の横へ、黄緑で小さく文字を書く。
――「編集」。
B君「編集? 何の?」
AB君【記憶の。】
その声は、いつもより少しだけ低かった。
A君『編集って……俺の記憶が“書き換えられた”ってこと?』
AB君【書き換えられた、というより……
“整えられた”と言った方が近いかな。】
AB君は黒板に黄緑の線を引きながら続ける。
AB君【欠落は、編集の痕跡だよ。
意図的かどうかは別として。】
B君「いやいや、誰がそんなことすんだよ。
Aの記憶を編集するメリットって何?」
O君《……でも、A君の“昨日”も少し変だったよ》
A君『え? 昨日?』
O君《A君、昨日“図書室で勉強してた”って言ってたよね》
A君『言ったけど……』
O君《でも僕、昨日の放課後、A君が廊下でB君と話してるの見たんだ》
B君「え、俺そんなの覚えてないけど」
A君『俺も覚えてない』
3人の記憶が、微妙に食い違っていた。
それは大きな矛盾ではない。
でも、確かに“違和感”だった。
AB君は、黒板に最後の一文字を黄緑で書いた。
――「02」。
B君「……何それ。番号?」
AB君【ただのメモだよ。気にしなくていい。】
そう言ったAB君の表情は、
“気にするな”と言いながら、
“気にしてほしい”ようにも見えた。
夕日が黒板の文字を照らし、
白と黄緑の線がゆっくりと色を変えていく。
A君『……なんか、変だよな。今日』
O君《うん。小さいけど、確かに変》
B君「まあ、Aが忘れ物しただけだろ。気にすんなって」
その言葉に、A君は苦笑した。
でも――
心のどこかで、
“忘れ物”ではないと確信していた。
A君『……忘れたんじゃない。
“無かった気がする”んだよ』
その言葉だけが、教室に静かに残った。
【前作(第1弾)はこちら】
01 タイムマシンの話をしていたら、なぜか不老不死の話になった件 ~意識の座標と脳素材の謎を追う僕らの放課後~
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