少年バートと馬の物語
バートの父は、都で騎馬隊をしており、しかも名誉隊長という大層な肩書きもつけられていた。
都を治める主から報奨金もたんまりと貰っているようで、バートの家は辺境の村にあるとはいえ、それなりに裕福だった。
その証拠に、バートの家には馬がいる。他の家には、農業を営むさいの牛しかいないというのに。
「かっけー! やっぱ馬って、でっかくて強そうだよなあ」
バートには三人の友人がいた。三人とも農民の子だったが、金を持っていて村の中では浮いているバートだとしても、同じ子どもとして仲良くしてくれていた。
三人の友人は、バートの家によく来ては馬を見ていた。
「バートもあれに乗るのか?」
「乗る練習はしているけど、なかなか乗せてくれないんだ」
「へー、どうして?」
「わからない。おじいさまは、時が来たら乗せてくれるだろうって慰めてくれるけど……」
バートには夢があった。それは、父のような立派な騎馬隊の兵士になること。
そのために、まだ十三歳とは言えど鍛錬をしていた。
そして馬に乗ろうともするのだが、馬はバートが乗ろうとしてもふらりふらりと避けてしまうのだ。
無理矢理乗ったとしても振り落とされてしまうので、次第にバートは馬と距離を取るようになってしまった。
「俺のアニキがさ、バートの馬に乗りたいっていうんだ。バートが乗れないなら、うちにくれよ」
「ええ? だめだよ。父さんが僕だけの馬だよって言って、くれたんだから」
「でも懐いていないなら、意味がないじゃないか」
「そういうわけじゃないはずなんだけど……」
ちらりと、バートは馬を見た。
馬がまだ小さい頃から世話を続けてきた。触れさせてもくれるし、撫でることも許されている。乗ることだけを、拒絶されているのだ。
馬はただただ大きくて穏やかな瞳で、バートを見つめる。
だが三人の友人には、目を向けなかった。
「ま、いいよ。それよりお前んちで遊ぼうぜ。またあのお菓子出してくれよ。さくさくっとして、ほんのり甘いやつ」
「あれはクッキーっていうんだよ。でも、この間君たちが来た時に出したので最後だったから、もうないんだ」
「ちぇっ! じゃあお前と遊ぶ価値なんてねえよ。行こうぜ、みんな」
「ま、待って! クッキーはないけど、別のお菓子はあるよ。チョコレートっていう、すっごく甘いお菓子なんだけど……」
そう言いながら納屋から出ていくバートを、馬はじっと見つめていた。
ある夜、おじいさまがバートに言った。
「バート、この間家に連れてきた彼らと遊ぶのはもうやめなさい」
「え……どうして? 友だちなのに?」
「あれを友だちとは到底言えん。家に来ても食い物を集るばかりで、遊ぶと言ってもお前にボールをぶつけてばかりでいる。どうしてそんなことをされて、まだ友だちと言えるんだ?」
「だって、他に僕と遊んでくれる人がいないから……」
「それは彼らと遊んでいるからだ。話に聞くと、どうやらあの三人ともが、あまりいい話を聞かない家らしいじゃないか。彼らを恐れているから、他の人がお前に近寄らないんだ」
おじいさまの話を聞き、バートは項垂れた。
「しばらくは遊ぶのをやめて、馬に乗る練習でもしたらどうだ。馬だって、お前が彼らと遊ぶことをよく思っていない。だから乗せてくれないんだ」
「前におじいさまは、時が来たら乗せてくれるだろうって、言ったじゃない」
「ああ、言ったとも。だがその時を作るのは、お前自身だ。今のままでは、その時は来やしない」
「でも……」
「いずれ彼らに、裏切られることになるぞ」
それでもバートは、おじいさまの言うことに従いたくなかった。
父は遠くにいてなかなか帰ってこず、母はとうの昔に亡くなった。おじいさまは優しくいろいろなことを教えてくれるけれど、村の仕事で忙しく遊び相手もしてくれない。
そんなバートを寂しさから救ってくれるのは、あの三人の友人しかいないのだ。
おじいさまにそんな忠告をされても、バートは三人の友人と日々を過ごした。
そしてついに、おじいさまが恐れていた自体が起きた。
「いい加減にしろよ、お前」
おじいさまが村の用事を頼まれ、遠くへ出ていた時のことだった。
家の中で地図を見て遊びをしていると、一番身体が大きい友人が言った。
「お前と仲良くなれば家のあちこちに入れるようになると思っていたけど、全然入れてくれないじゃないか。もうこの意味の分からない絵の飾ってある部屋は、うんざりなんだよ」
「でも、おじいさまが入れて良いのはこの部屋までって」
「父ちゃんに言われてんだよ。金目の物を持ってこい、って。どうせお前、使わないだろ? だから寄越せよ」
「わ、わからないよ。僕には何がお金になるのか……」
じわりと、バートの視界が滲んだ。
そこにいるのは友人なんかではなく、ただの悪党だった。
「金持ちだからって畑も作らねえで、こんなでけえ家でのんびりと暮らしやがって!」
「美味いものを毎日食ってんだろ? おれたちが普段、何を食って生きているのかも知らず!」
「むかつくぜ。何をされても怒らず、何をされても笑ってばかり! まるで生きるために必死な俺たちが、馬鹿みたいじゃないか!」
三人は、じりじりとバートに近づいていった。一人はナイフを手にしているし、一人はロープを取り出している。
このままここに居てはいけないと、バートは部屋を飛び出した。
「追うんだ!」
三人のうち誰かが言って、三人が一斉にバートを追いかけた。
バートは、鍛錬の成果もあって村を飛び出すことに成功した。だが無我夢中になって走っても、三人はあっという間にバートに追いついた。
「都があぶねえからってここに来たらしいけどよ、村の外なんてなんにも知らないだろ」
「おれたちは赤ん坊のころから、ここらで生きてきたんだ」
「悪知恵の働きっぷりと足の速さは、野盗のおっさんにも褒められたことがあるんだぜ」
気付けば、バートの背後には岩壁が迫っていた。
森の奥深くに追い込まれてしまったようだ。村はもう遠く、助けを呼ぶ声をあげても、誰も助けになんか来ないだろう。
「ごめんよ、僕のなにが気に入らなかったのか、教えてよ。そこを直すから……」
「そういうところが気に食わねえって言ってんだよ!」
一人が拳を振り上げ、それをバートの右頬に振り下ろした。倒れたバートは、草の香りをすぐそこで感じた。
「抵抗すんなよ。野盗のおっさんと父ちゃんが、お前を連れてこいって言ったんだ。それでミノシロキンってやつを貰うんだとよ」
「それがありゃおれたちも金持ちになれるんだってさ! 美味いものがいっぱい食えるんだ!」
ニヤニヤとしながら詰め寄る三人に、バートは悲し気な瞳を向けた。
「僕たち……友だちでしょ?」
その言葉に、三人はうんざりとした表情とため息を返した。
「そう思ってんのはお前だけだよ」
「おもしろくねーんだよ、お前」
「金持ちの子どもだから、遊んでやってただけだっての」
手を後ろに回され、ロープが自由を奪い始める。
バートは、後悔の言葉はあれど、それを受け入れた。
おじいさまの忠告を聞かなかった自分が悪いのだと、きっちり理解しているのだ。
「ごめんなさい……」
そっと呟いた、その時。
「……ん?」
大地が唸るような音が聞こえてきた。
遠くから響いて来たそれは、やがてそこへ。
「ヒヒーンッ!」
飛び込むようにやってきたのは、納屋にいたバートの馬だった。
「うおおっ! 馬だ!」
「なんだこいつ……なんでここに⁉」
「あぶねっ、足が……ゲァッ!」
馬の後ろ脚が、一人の顎を蹴り上げる。
蹴り飛ばされた一人は宙に浮き、そのまま樹の枝をいくつか折りながら地面に落ちてきた。
「おい、大丈夫か⁉」
二人が蹴られた一人の方へ注意を向けると、バートの手を結ぼうとしていたロープはほどけ、すぐに自由が戻ってきた。
「……」
バートは呆然と馬を見上げた。
馬はバートを見つめ、フン、と大きく鼻息を立てた。
「……今が、その時でもいいの?」
おじいさまに言われたことを思い返し、バートは問いかけた。馬は何も答えない。
だが、猶予はなかった。蹴られた一人は何事かを喚きながらも起き上がり、ぐちゃぐちゃになった顔で他の二人と共に迫ってくる。
「……ここから逃げよう!」
バートは馬に跨り、森の中を走った。
伸びた枝や葉で視界を遮られ、時折服を引っかけて傷を作ったとしても、バートは馬の背から落ちないように必死にしがみついていた。
それから、どれくらい走ったのかわからない。
バートは馬の背に揺られながら、どこかの街道を歩いていた。
馬はたまに激しく鼻を鳴らすが、バートを振り落とそうとはしなかった。
「……ありがとう」
バートの言葉に、馬は耳をピクリと揺らした。
「僕が彼らと遊んでいるのが、嫌だったんだね。おじいさまも教えてくれたのに、君もきっとそういう態度をとって教えてくれていたのに……ごめんね」
馬は、ほんの少しだけ歩く速度を緩めた。
「次からは人を見極めて……君に乗るのに相応しい騎手となれるよう、頑張るよ。だから……君の背に、これからも乗せてくれるかな?」
そう訊ねた瞬間、馬は前足を上げて背を仰け反らせた。
「わっ、あっ、うわあっ!」
バートが尻もちをついて地面に落ちると、その鼻先に馬も鼻を寄せ、ひと際大袈裟に鳴らした。
「……できれば、もう少し優しく下ろしてほしかったな」
バートの言葉に、馬は目を細めて前足を踏み均した。
「さて、これからどうしようか。おじいさまの行った村にでも行ってみようかな。それか、都に行って父さんに助けを求めるか……どうしたらいいと思う?」
馬は、ただバートを見つめていた。その瞳は、とても穏やかで、優しいものだった。
「じゃあ、僕が決めるから……その背に乗せてくれる?」
バートの言葉に、馬は嘶きで答えた。
それから一人と一頭の色の濃い日々は、冒険譚になるほど語り継がれていく。
人々の口に物語が流れ、どこかの道では馬の嘶きが蹄の音と共に駆け抜けるのだった。




