【普通】
制作部屋。修正原稿を持ち込んだMに、制作課の女の子が話し掛ける。
「Mさんは誰よりも平和を愛する人ですよね」
「はい?」突然の意味不明な質問に、素っ頓狂な声をあげるM。
「一度目指した事は絶対に諦めませんよね」
「何です?急に。でも僕、諦めはいい方ですよ。時と場合によりますけど」とMは答える。もう一人別の女子が口を開く。
「Mさんは犯罪なんかとは縁遠い人ですよね。争い事は好みませんよね」
「まあ、好みではないですね」
「暴力や犯罪、戦争やテロには絶対反対ですよね?」
「何です?急に。誰かにそう言うように言われたんですか?」Mは不気味さを感じて質問を返す。話題が不自然な気がするのは気のせいか。
「いえ、何となくですけど」
「……」
「でも世界平和が夢なんですよね?」と質問を重ねる制作課の女子。
「僕の夢は…」言い淀み、少し考えてから再び口を開くM。「結婚して普通に家庭を築く事です。世界平和はそのついでです。おもしろいかな、と思って」
「そうなんですか?」意外そうな口調でそう訊ねる女子。
「そうですよ。僕は誰よりも普通に憧れています。病んでますからね」とMは静かな口調で答える。
「本当に病んでるんですか?」
「病んでますよ」
「そんな風に見えないけどな。病んでるって、どういう状態なんですか?」
「今は精神に平穏がない。安らぎがない。常に憂鬱を感じるし、そして殺伐としています」冷静に自分の心情を読み上げるM。
「Mさんはいつも穏やかに見えるけど」
「ありがとうございます。これでも随分マシになった方ですよ。お陰様で」
「そうだったんですね。Mさんは普通に見えるけど、Mさんにとっての普通って、どういうものなんですか?」
「僕にとっての普通ですか?」少し考えて、再び口を開くM。「そうですね…。嫌な事もあるけど、いい事も楽しい事もちゃんとあって、安らげる瞬間や場所がちゃんとあって、それで精神のバランスがちゃんと取れて、少しずつでも成長できる環境に身を置く事ですかね。何よりも、心に平穏がある事です」
「心の平穏ですか」
「そうです。心の平穏です」
「Mさんはちゃんと成長してると思うけど」
「ありがとうございます。皆さんのお陰です」
「Mさんなら叶えられますよ、夢」
「ありがとうございます」
「だから早まらないでくださいね」
「何の話ですか?」どこかとぼけたように視線を床に落とし、制作部屋を後にするM。外に飛び出し、携帯電話を手にすると、メモ帳機能を開き、文章を打ち込み始める。




