【講演会】
なにやらゴチャゴチャ難しいこと書き始めたけど、全知全能って、だんだん宗教じみてきたぞ?
大丈夫かあいつ。
この日、Mとヤッさんは、とある公立の小学校に来ていた。社長が講師を務める講演会の会場である小学校の体育館で、教師、生徒らと共に大量の椅子を並べているところだ。準備の手伝いを頼まれたのである。壇上の上の方には大きな横断幕に、W教育通信社の名前と社長の名前、『今後の社会を生き抜くために求められる教育』という本日の講演のテーマらしきものが書かれている。
「社長、何を話すつもりだろうな」折り畳み式の椅子を広げながら、ヤッさんがMに話しかける。
「社長の教育方針、興味あるね」せっせと椅子を並べながらMが答える。
「社員の教育とはまた別の方針なんだろうな」とヤッさん。
「社員の教育方針と一緒だったらウケるね。放任主義と言うよりはただの丸投げ、放ったらかしだ」
「確かに、言えてるな。家ではどんな父親なんだろうな」ふと疑問に思った事を口にするヤッさん。
「それが今日の講演で分かるんじゃないか?楽しみだな」とMの口調は興味津々だ。
講演スタート三十分前、会場は参加者たちで少しずつ埋まってきていた。Mとヤッさんはステージの裾で控えながら社長の到着を待っている。そこへ、小学校の教員が血相を変えてやってきて、「W教育通信社の社員の方ですよね」と訊ねてくる。
「そうですが」とヤッさんが答えると、「社長さんが交通事故に遭われたようで、講演に間に合いません」と告げる。
「社長が交通事故?」ヤッさんとMが顔を見合わせる。「で、社長は」とヤッさんが訊ねると、「車同士の接触事故で、特に命に別状はないみたいですが、膝を強く打ったらしく救急車で病院に運ばれています」と説明が返ってくる。
「救急車?マジか。ヤバイな」とヤッさんが呟いたところでヤッさんの携帯が鳴り響く。その音にビックリしたようなリアクションをとる教員。
「おっと。マナーモードにし忘れた」などと言い訳になっていない言葉を口にしながら携帯のディスプレイに目を落とすヤッさん。
「社長だ」そう言いながら一度Mと教員の顔に目を向け、応答ボタンを押す。
「お疲れ様です。社長、大丈夫ですか?」とまずは心配してみせるヤッさん。
「おおヤッさん、もう聞いてるのか。ちょっと車で事故ってな」と社長の声が携帯から漏れ聞こえる。
「膝をやっちまった。今病院だ。講演には行けん」
「もう人集まっちゃってますよ」
「すまんが頼む」と、痛みをこらえているのか、くぐもった声で短く言葉を放つ社長。
「頼むって何をです?まさかこの俺に講演しろっていうんじゃないでしょうね」
「いやそんな事は言ってないよ」
「じゃあどうしろって言うんです?」
「今日は教育についての講演だ。参加者もそのつもりでいる。すまないが質問形式に変更して、相手に色々質問させて、それに答えてやってくれ。教育通信社らしく」
「ば、バカな事言わんでくださいよ。俺は元ヤクザですよ?ロクな教育なんか受けてこなかったし、教育なんて語れる柄じゃありませんよ」
その言葉を聞いていた教員が目を丸くし、顔が強張るのが見えた。
「Mもいるんだろ?あいつは確か国立大の出だ。すまないが、二人で何とか頼む」怪我が思ったより深刻で、電話で話をするのも辛いのか、それとも今まさに治療の最中で、長話をしていられる状況じゃないのか、一刻も早く電話を切りたそうに思える言い草だ。
「それで参加者は納得するんですか?」と聞いてみる。すると、「どうせ今回、参加費はタダだ。一銭にもならない。知り合いに頼まれたから仕方なく引き受けたんだ。誰も贅沢は言わんだろ。よろしく頼むよ」
「そういう問題では」ないと言おうと思ったところで電話が切れた。仕方なく携帯をポケットにしまうヤッさん。
「聞こえたか?社長は来られない。俺とMで何とかしろとよ」
もちろん話し声は漏れ聞こえていた。社長の余計な参加費の話に、気まずい思いをしたくらいだ。
「じゃ、そういう事で、よろしくお願いします」ごほん、と咳払いをして教員が去っていく。
二百席ほど椅子を並べた会場がほぼ満杯状態になったところで、講演の開始時刻となった。司会進行役の教員に名前を紹介され、ステージに置かれている演台のマイクの前へと進み出るヤッさんとM。会場を見渡し、人の多さに緊張が走る。参加者は半分が生徒で、半分がその保護者のようだ。両者交ざり合ってバラバラに座っている。しばらく無言の壇上の二人。ざわついていた体育館が静まり返り、沈黙が流れる。ヤッさんがMの腕を肘でつつき、話を始めるよう促すが、何をどう切り出せばいいのかが分からず、取り敢えず会場全体に何度も頭を下げてごまかしているM。どう見ても挙動不審だ。そこで進行役の教員から助け舟が出される。
「今日はW教育通信社の社長様に講演をしていただく予定だったのですが、急遽予定を変更いたしまして、質問形式に代えさせていただきたいと思います。教育についてがテーマですので、教育に関する事なら何でもご質問ください。W教育通信社の社員の方が教育についてビシッと、お答えします」
ざわつき始める体育館。急にそんな事を言われても何を質問していいか分からない、そんな感じの雰囲気だ。お前質問しろよ、あなたがすればいいじゃない、そんな譲り合いも垣間見える。
「皆さんお静かに!質問のある方は挙手でお願いします。生徒でも保護者の方でも構いません、挙手をして何でもご質問ください」と進行役の教員が仕切る。すると、一人の保護者らしき若いお母さんが遠慮がちに、恐る恐るといった感じで手を挙げる。誰も質問しないなら私が、といった感じだ。
「はい、じゃあお母さん、ご質問をどうぞ」と進行役の教員が指名する。別の教員が指名された母親の元へマイクを持ち寄ると、目礼をしてマイクを受け取った母親が口を開く。
「ええと、じゃあ私から質問させていただきます。私は中学一年生と、あとこの小学校に通う小学五年生の母親ですが、子供が言う事を聞かなくて困っています。勉強をするように言ってもまったく勉強しませんし、学校の明日の準備なども、するように言ってもまったく言う事を聞きません。子供に言う事を聞かせるようにする為にはどうしたらいいでしょう」
隣に座っているその母親の小学五年生の子供らしき男子生徒が、母親の顔を見上げて照れたような笑みを浮かべている。壇上で固まり、お互い顔を見合わせて戸惑っているヤッさんとM。進行役の教員が、「ありがとうございます。ではそれについてのお答えを、よろしくお願いいたします」と言って壇上の二人に振る。Mがヤッさんに丸投げするかのように一歩後ろに下がる。それを見て、マジかよ、と呟きながら、仕方なくといった感じでマイクに顔を寄せるヤッさん。緊張を吹っ切るかのように壇上に両手を突くと、話し始める。
「ええと、ご質問ありがとうございます。子供が言う事を聞かないという事ですが、子供に言う事を聞かせる必要はありません。子供には子供の自由がありますし、子供の人生ですから、勉強しようが勉強しまいが子供の自由です。学校の準備についても一緒です。準備を忘れて困るのも、先生に怒られて嫌な思いをするのも本人ですから、それが嫌ならやるはずです。やらないという事は特段困る事も嫌な事もないのでしょう。心配はいりません。すべては本人の自由です」とここまで一気に言って、前のめりになっていた体を直立させるヤッさん。その答えに、ざわざわとし始める場内。まったく納得いかない様子の質問した母親がマイクを口元に持っていき、反論する。
「じゃあ、子供は勉強しなくてもいいという事ですか?確かに、おっしゃる通り子供の人生です。でも、子供にはまだ分からない事がたくさんあります。今勉強しなくて、将来困る事になるのは子供なんです。でも子供にはそれが分かりません。だから親が口うるさくても、勉強はさせた方が良いと思うのですが、それについてはどう思われますか?」
その質問に再びマイクに口を近づけ、即答するヤッさん。
「そうです。困るのは子供です。だから自己責任という事で、将来困りたくなければ勉強すればいいだろうし、困ったところで誰も責任なんか取っちゃくれないよ、て事を学ばせるのもまた勉強です。後悔先に立たず、自分の人生は自分のものなんだから、何をやろうが、何もしなかろうが、それは本人の自由です。その代わり責任も自分で負うしかない。自分の人生、後悔したところで誰も責任なんか取っちゃくれないよ、とそれだけ教えておけば大丈夫じゃないですか?」ざわつきが大きくなっていく場内。先ほどの母親が再び口を開く。
「子供が困る事が分かっているのに、放ったらかしにしておけという事ですか?あまりにも無責任じゃありませんか?」口調が荒くなっている。
「勉強したからって幸せになれるワケじゃあないのに、無理やり勉強させるのもそれはそれで無責任だ。本人がやりたくないなら仕方がない。そもそも勉強ができたからって偉いわけでも何でもないのに、なぜ、そんなに勉強にこだわるのかが分からない。私は学校なんかほとんど行かなかったし、最終学歴は中学中退だが、その事で困った事なんか一度もない。学校の勉強なんて、字の読み書きができて計算ができれば何とかなるもんです」何者なんだろうあの人は、何であんな人が教育通信社にいるのかしら。勉強しなくてもいいんだってさ、困った事ないんだって、保護者から子供からコソコソと話し始め、ざわつきが大きくなっていく。マイクを持った母親は不信感の籠った目付きでヤッさんを見つめている。するとその母親の子供らしき隣に座っていた男子生徒が立ち上がり、母親のマイクに口を近付けて大きな声で質問を発する。
「じゃあ何で先生や親は子供に勉強しなさいと言うんですか?」
その質問に戸惑いを見せるヤッさん。「それは…、俺にはさっぱり分からない。俺は親に勉強しろと言われた事も、子供に勉強しろと言った事も一度もない」
ざわめきは収まらない。会場中の目がヤッさんに向けられている。何で?何で勉強しなければいけないの?子供たちが心底不思議そうに話し始める。困った様子の保護者たちが見える。
「質問にお答えください」と進行役の教員が口にする。一歩後ろに立っているMに目を向け、お前分かるか?と小声で訊ねるヤッさん。質問に答えろよー、一人の子供が若干控えめに、でも壇上の二人に聞こえるくらいの絶妙な声量で叫ぶ。お前国立大の出らしいな、そう言いながらMをマイクの前に引っ張るヤッさん。いや、それは関係ない…、小声で呟きながらマイクの前に立たされるM。ざわつく会場を見渡し、仕方なく、といった感じでマイクに顔を近付ける。そして戸惑いながらも口を開く。
「えーと、なぜ、先生や親は勉強しなさいと言うのか、という質問の答えですが…」緊張した面持ちのM。会場がMの話に耳を傾けようと静かになっていく。
「恐らくですが、あのクソみたいな学歴社会の名残ではないかと思われます」
く、クソみたいな学歴社会?クソみたいって。再びざわつく場内。慌てて言葉を繋ぐM。
「あ、いや、クソみたいっていうのは、言葉のあやです。すみません…、本音が、いや、失言です。でも、学歴社会が人々の考え方に歪みを生じさせたのは確かだと思います」
Mの話に耳を傾けようと静まりゆく場内。
「えっと、つまり、学歴社会というのは、勉強のできる人を評価して、いい大学に進学できた人が一流企業へ就職でき、安定した生活が送れるという、そして一流企業に就職する事がステータスであり、安定した生活を送る事が幸福であるという妄信を抱かせた社会であり、大半の人間がその妄信に向かって、自分の幸福の為、そして言うなれば自身の保身の為に一斉に突っ走った社会であるとも言えます。まあ国際競争に負けたくないとか、優秀な人材を生み出したいとか、色んな思惑があったのかも知れませんが、明らかに失敗であり、それが必ずしも正しくない事は周知の通りです」
そこで言葉を切るM。場内はMの言葉に耳を傾けている。
「えっと…」Mは落ち着かない様子で質問の答えを探している。
「つまり、勉強ができれば幸福に近づくという、間違った考えの名残があるので、親や先生は子供に勉強しろというのだと…、少なくとも僕の親はそうだったのではないかと…思います」
「じゃあ子供に勉強をさせるのは間違っているという事ですか?」マイクを持った母親から即座に質問が飛ぶ。
「いや、間違っているというか…、つまり、僕が言いたいのは、学力で人を評価するような社会が間違っているというか…、もし、ですよ?学歴社会で本当に優秀な人材が育っていれば、今のような世の中にはなっていないと僕は思うのです。勉強のできるできないで人に優劣を付ける、そんな社会が良い社会で、世の中を良くできるなら、今の世の中、もっとマシになっていると思うのです」
「マシとは?」
「えっと…、今の世の中を、見てください。イジメ、虐待、自殺、犯罪、テロ、問題が盛りだくさんです。お陰様で精神を病む人間は後を絶ちませんし、平気で迷惑行為に及ぶ人間、些細な事で暴力行為に及ぶ人間、無責任な大人たちもたくさんいます。自分が良ければそれでいい、他人の事なんてどーでもいい、そんな利己的な個人主義みたいなものが横行する今のこの社会で、本当に幸福を感じて生きている人間が一体どれだけいると思いますか?」
Mはマイクを持っている母親に質問を投げかける。しかし、母親は自分が質問された事に気付かない。仕方なくまた口を開くM。
「まあ…、何気にいるかも知れませんが…。でも学力で評価されるような社会で育つ子供は可哀想です。学歴社会で育った今の大人たちにも、そんな社会の歪みに呑まれた人はたくさんいると思っています。だって、さも勉強のできる人間が優れている、みたいな世の中で、やりたくもない勉強を無理やりさせられて、やりたい事もろくにさせてもらえず、つまり本当の自分を殺して、望みもしない人生を歩んでいるわけですから、よしんばいい成績が取れたとしても、一流企業に就職できたとしても、それが楽しければいいですけど、何かが違う、自分の望んでいた幸福とはこんなものだったのか、なんて疑問を感じた日には目も当てられません。人生の大半をやりたくもない、クソつまらない事で費やしてきてしまったワケですから、その心が満たされるワケもなく、よしんば大金を手にできたとしても、その豊かさの中で、もちろんそんなものは見せかけの豊かさであって、本当の豊かさからは程遠く、むしろ心は渇き、飢えている。そんな心の貧しい人間が心を満たす為にする行為なんて、考えるだけでもゾッとしませんか?」
再び質問を口にするM。しかし誰も答えない。
「つまり…、心の貧しい人間が、その心を満たす為にする行為というのは、他人に向けて自分を誇示する為の行為だったり、自己顕示欲を満たす為だけの身勝手な行為だったり、具体的に言うなら、自分より劣った人間を見下したり、バカにしたり、心のやり場のなさを弱者に向けるイジメだったり、良からぬ事に手を染める犯罪だったり、子供に牙を剥く虐待だったり、果ては殺人、暴動、テロ、そんな行為に及ぶ人間もたくさんいるという事です。勉強のできない人間は感じる必要のない劣等感を抱く事になりかねません。自分はダメな人間だ、劣った人間だ。そうなるともはや心が鬱屈している人間だらけ。勉強ができても、できなくても、同じ事です。心が鬱屈している人間が、その鬱屈を晴らす為にする行為なんて、考えるだけでもゾッとしませんか?」
質問を投げかけるが、もはや答えを待つ事もなく続けるM。
「もちろん、全員が全員そうなるとは限りませんが、心の鬱屈を晴らす為に、下らないクソ行為に及ぶ人間は必ず現れます。現にたくさんいる。モラルの低下や犯罪の多発はその現れです。それが今の社会、学歴社会を含む色んな時代を経て到達した現時点での社会の結果であり、成功しているとも、豊かであるとも言い難く、またそこへ向かっているともとても言えない、この世の中の現状だと僕は思っています」
Mはここで言葉を切るが、場内は静まりかえったままだ。皆がMの事を見つめている。緊張で足が震えそうだ。喉が渇く。口も渇いてきた。そんな事を意識しながら、再び口を開くM。
「今、格差社会と言われていますが、教育を受けるのにもお金がいります。やりたくもない勉強ばかりができる子供、勉強くらいしかできない子供、そんな子供を評価する親や先生や世の中、在りのままの自分を受け入れてもらえず、不満や虚しさばかりが募る優等生、打ちひしがれる劣等生、貧乏人。金持ちの子供はいい教育を受けられるかも知れない、自分が望んでるような教育ではないにしても。でも貧乏人は教育すらまともに受けられない。金のかかる教育を受けた人間だけが更に裕福となり、教育を受けられない人間はいつまで経っても貧乏のまま、もしもそんな世の中がこのまま進行すれば、格差はますます広がる一方、どちらに転んだところで、心が鬱屈する人間は増大、このまま行けば、モラルや治安は地に堕ちるでしょうね」
そこまで一気に喋り、会場の雰囲気を確認するM。場内は静まり返っている。
「じゃあどうすればいいんですか?どうしたらより良い人生が歩めると言うのですか?」マイクを持った母親が質問する。
「それは…、難しい質問ですけど、でも、世の中求められているのは間違いなく優秀な人材です。どんな世界でもそうです。大企業でも、中小企業でも、公務員でも、政治の世界でも。でも優秀な人材と勉強のできる人材は違うんです。もちろん、皆さんご存じだとは思いますが。だから目指すなら勉強のできる人間よりも、優秀な人材を目指すべきです」
「優秀な人材とは?どういう人が優秀なんでしょう」
「それは…、その人が何を目指したいかにもよると思いますが…、例えば企業に就職したいのであれば企業に利益をもたらす人材、事務処理なんかをスムーズに行える人材…、いや…」そこで口をつぐみ、少し考えるM。そして閃いたような顔をして再び口を開く。「企業にも、国にも、社会にも、問題は溢れています。その問題を解決し、いい方向へ導ける人間が優秀な人材と言えるのではないでしょうか…、と僕は思いました、今」
「今?」
「はい、つまり…、企業で言えば、売上が上がらない、利益が上がらない、人手が足りない、いい人材が採用できない、いい人材を育成できない、社員が定着しない、社員の士気が上がらない、などの問題があります。それらの問題が解決できれば企業はうまく回ります。発展する事も可能でしょう。公務員だってそう。例えば学校なんかだと、イジメ、体罰、登校拒否、学級崩壊、生徒の学力が上がらないなどの問題があります。これらの問題のない学校はいい学校と言えると思います。このように、問題はどこにでもあります。それらを解決し、いい方向へ導く事のできる人間が優秀な人材と言えるのではないでしょうか。政治の世界もそう、警察だってそう、汚職、犯罪、不況、雇用、原発や地球温暖化もそうですし、テロや戦争なんかも問題です。世の中、そうした問題を解決できる人材が求められているんじゃないかと僕は思いました、今。学校の勉強ができたって、優秀な人材とは限りません。なぜなら、机上の勉強では身に付けられない事が世の中にはたくさんあるからです。例えばイジメという問題があります。解決する為には何が必要かと言えば、イジメっ子に立ち向かう勇気とか度胸、イジメられっ子の気持ちを思いやる優しさや想像力、そして解決する為の知恵、行動力、実行力、後は、何だ…、そんなところですかね。それが机上の勉強で身に付きますか?という話です。イジメはなくならないと言う人も世の中にはいます。なくせよ、と僕は思います。周りにいる誰かが、先生でもいい、友達でもいい、級友でもいい、誰かが勇気と知恵をもって行動を起こせば、解決できるんです。でもそれは机上の勉強では身に付きません。勇気や行動力、人の気持ちを思いやる優しさや想像力なんてものは、学校の勉強では身に付かないからです。経済の問題もそう。みんなお金が欲しいと言う。だったら社会に貢献する事、人の役に立つ事を考えるべきです。人の望みを叶えてあげたり、困っている事、悩んでいる事を解決してあげたり、そんな物やサービスが提供できれば、お金は稼げます。世の中から必要とされれば、それはお金になるのです。人間、便利なもの、役に立つもの、いいと思うものにはお金を出すからです。お金を払ってでもそれを享受しようと考えるからです。足りないものは知恵、つまりはアイディア、新しい発想です。そして実行力。今はない新しいサービス、人の心を豊かにし、役に立つ事のできる新しい何か。そういうものを創造し、確立するアイディアと実行力、または技術力さえあれば、お金になるんです。詐欺なんか働いたり、悪い事なんかしなくても、デカい企業に就職なんかしなくても、お金は手に入ります。世の中にそういうアイディアがたくさん溢れて商品化されていけば、世の中欲しいものだらけだ。みんながお金を使う。お金が回る。そうすれば働く人の給料だって増えるだろうし、経済だって活性化される。景気だって良くなるかも知れない」
そこまで喋って自分が熱くなっている事に気付くM。場内の視線はMに注がれている。急にそれを意識してしまい、戸惑いを見せるM。
「まあ…、つまり…、優秀な人材って言うのは、世の中から求められる人材の事で、世の中から求められる人材というのは、世の中のあらゆる問題を解決して、いい方向へ導いてくれる人材の事なんじゃないかと、さっき思っただけです…」尻窄みに声が小さくなるM。場内の視線を一身に受け、緊張しながら更に続ける。
「まあ…、もちろん学校の勉強が全く役に立たないと言っているワケではありません。例えば、難病を治す薬を創るには知識や研究が必要です。温暖化を解決するにもそのメカニズムを理解しなければなりません。原発の問題もそう。もっと安全で、安価で、高性能な物を開発するには、知識や研究が必要です。物理学や化学でノーベル賞を取る人たちなんかは、大きく世の中に貢献している人たちです。勉強を世の中に役立てている人もたくさんいますし、そういう人たちがいなければ世の中解決できる問題も解決できません。新しいアイディアを生み出すにも色んな知識が必要でしょう。でも、大切なのは学んだ事をどう役立てるかという事です。ただ勉強のできる人間を目指すというのであれば、僕には意味が分かりません。勉強だけできても意味はないのです。まあ、本人がそれで楽しいって言うならそれはそれで全然構わないとは思いますけど、でもそれだけでは食べていく事すら難しい。そんな人間が本当に社会の役に立つのかと言われれば、僕は疑問に思います。だから、勉強のできる人間を目指すよりも、できれば世の中の役に立つような人間を目指していただきたいなぁ、と僕は思うのです。その為に必要であるなら、勉強もガンガンやって欲しいとは思いますけど。それが皆さんに求められている事であり、それが将来豊かになれる、一つの方法だと僕は思うからです」
静まる場内。マイクを持った母親が発言する。
「それは理想論に聞こえなくもありませんが。現実的にはどうなんでしょう」
「もし、それを理想だと思うなら…、理想は人々の希望です。追わなければ叶わないと思います」
そこまで話し終え、会場を見渡すM。会場の雰囲気は微妙だ。Mの話に納得しているのか、していないのか判断は難しい。だがザワつく様子はない。ボソボソと話をする者はいるものの、比較的静かな場内。皆Mの話を吟味している、といったところか。そこで一人の保護者が手を挙げ、マイクを要求するかのように辺りを見回す。その保護者の元へマイクが届けられ、マイクが渡ったところで、この学校の生徒の母親らしきその女性が話し始める。
「仰る事はよくわかりました。あなたの言う事は素晴らしい事なのかも知れません。理想を抱く事も大切です。でもやはり親としては子供に勉強して欲しいです。世の中があなたの語るような人材で溢れかえれば、それは素晴らしい事なのでしょう。世の中もきっと良くなるのでしょうね。でも現実的には難しいと思います。みんながみんな、そんな優秀な人材になれるとは思えません。この問題だらけの世の中で、やはり自分の子供には苦労はさせたくありません。うまくいくかどうかも分からないそんな教育を施して、子供を社会へ放り込むくらいなら、安定した企業に就職して欲しい、そう思うのが親心というものです。勉強もして欲しい。一流企業と呼ばれる会社に就職する為に、いい大学に入る事が必要なら、いい大学へも行って欲しい。もちろん他にやりたい事があるならそれをするのもいいでしょう。でも勉強が疎かになるようだと、親としてはやっぱり心配です。そんな親の気持ちをどうお考えですか?」
発言した保護者のその意見に、うんうんとうなずく他の保護者たちの姿が壇上から見渡せる。そんな親の気持ちがさっぱり理解できないMは、目をぱちくりとさせて不思議そうな顔でその様子を眺めながら、質問の答えを探している。足が震えている。声も震えそうだ。そんな事を考えながら、「えーと、そうですねぇ…」天井を見つめたり、下を向いたり、落ち着きなくそわそわと顎に手をやって考えた末、その質問には答えず、別の方向へと話を向ける。
「僕は人に何かをしてもらいたかったら、素直に頭を下げて頼むべきだと思います。強制したり、その人がそれをやらざるを得ない状況へ追い込むようなやり方は個人的には反対です」
「子供に勉強して下さいって、頭を下げて頼むんですか?」質問した母親が素っ頓狂な声を上げる。「それで子供は、勉強しますかね」
「さぁ…、それは分かりませんが、でも強制してやらせたところで、子供の心は不満や鬱屈が募るだけで、実際大した事は何も身に付かないような…、しかもそれだと心が育たないような…、そんな気がします」
静かな場内。質問した母親もMの言った事を考えているのか、口を開かない。先に口を開いたのはMだ。
「ただ、子供に勉強させる方法が実は…、一つあります」
「何ですか?それを教えて下さい」保護者たちが色めき立つのが見える。Mは多少ビビりながらも口を開く。
「それはですね…、お子さんが自ら勉強したくなるように仕向ける方法です」
「自ら勉強したくなるように仕向ける?どうやって」マイクを持った母親が即座に質問する。
「それを考えるのが親や先生の努めなんじゃないでしょうか、と僕は思います。方法は色々あると思いますが、例えば、子供は親の背中を見て育つなんて言いますから、まずは自分が何か熱心に勉強を始めてみるとか、それがダメなら子供と一緒になって自分も学校の勉強をしてみるとか、それでもダメなら日常の勉強が役立つ事柄に目を向けさせて、子供が勉強に興味を持つように仕向けてみるとか、もしくは勉強した先の将来を想像させて、勉強したくなるように仕向けてみるとか、あの手この手であらゆる工夫を凝らすのです。正直、難しいかも知れません。一筋縄ではいかないと思います。でも、人に何かをしてもらいたい時、その人の自由意志を無視する行為は、僕は反対です。人の自由を奪う権利は誰にもないからです。だったらその人が自分の意志でそれをやりたくなるように仕向けてやる事が、一番の方法だと僕は思うのです」
場内は静まりかえっている。Mの言う事がよく分からないのかも知れない。Mの言う事を吟味しているのかも知れない。
「まあ、実際難しいと思います。でも、だからこそそこに成長の余地があるんじゃないかと僕は思うんです。人が人を育てる時、大切なのは自分も一緒に成長しようという気持ちなんじゃないかと僕は思います。だって、人に成長を求めるのに、自分は成長しないなんてフェアじゃありませんから。フェアでない人間に、一体何が教育できるのか、というところも疑問です。何かを強制するのは簡単です。立場や力の強い人間が、立場や力の弱い人間に強制的に何かをやらせる事は簡単ですが、でも強制したところで、その人がやる気になるワケではありませんし、やる気のない事を嫌々やっていても、成長できるのかだって怪しいですし、効率だっていいはずがありません。誰一人楽しくもない。人が成長もできない行為の何が教育なんだか、僕にはさっぱり分かりません。だったらその人が少しでもやる気になるように、その気になるように、工夫して育てていく。どうすれば相手がその事に興味を示すのか、やる気になってくれるのか、考えて工夫するのです。難しい事に敢えて挑戦する。それを考えて実践する事が自分の成長にも繋がると思いますし、相手の成長にも繋がるのではないかと僕は思うのです。親もそう、先生もそう、会社の上司だってそう、そうやって自分も一緒に成長していく姿勢こそが重要じゃないかと僕は思うのです」
「あなたは、そうやって育てられてきたのですか?」
「いえ、僕は強制されて勉強をしてきた口です。僕のようになるのが可哀想だと思うから僕は強制して人に何かをやらせる事には反対なのですが」
「あなたがどういう人間なのか私は知りませんので可哀想かどうかは分かりません。ただあなたは強制されて勉強してきたと言いましたが、大学には行ってるのですか?」
「まあ…、一応…、国立大学を卒業しています」
へぇ、国立ね。そこそこの大学出てるのね。国立って頭いいの?ピンキリよ。
「でも受験勉強なんて、やってる振りして部屋でセンズリこいてましたけどね」と口走るM。
センズリって…。子供の前で、なんて下品な。センズリって何?いいの!少しザワつく場内。慌てて口を開くM。「いや、まあ、それは冗談というか…、ホントの事ですけど。でも、合格できたのは予備校の先生のお陰であって、僕は大して勉強なんかしませんでした。やる気なんて皆無でしたから。かといって大して頭が良かったワケでもありません。その先生、めちゃくちゃ偉そうな先生で、『この業界で本当に先生と呼べるのは何とか予備校の何たら先生と俺くらいなものだ。俺の言う事を聞いてりゃあ間違いない。俺の言う事だけ聞いてりゃいいんだ』みたいな事を言っていたので、何だこいつ、と思って、そこまで言うならと、その先生に教わった問題だけを勉強したんです。そしたらその問題が本番でバンバン出てきて、そのお陰で合格できたようなものです。凄い人に巡り会えたものです。ラッキーでした。出会いというのは大切です。人との出会いが人生を変える、その典型かも知れません。でも、その勉強が今役に立っているかと言えば答えはノーです。興味もなく、嫌々やっていた事が身に付いているはずもありません。受験が終わった瞬間、全て頭から抜け落ちました。それに国立大学を出ても、勤めているのは小さなベンチャー企業なので、何の意味もありません。うちの会社、やる気があれば誰でも入れますし。むしろ国立出てる割には大した事ねぇな、なんて周りに思われて、学歴なんて逆にコンプレックスですよ」そう言って顔を伏せるM。
「いい大学を出たからって、いい思いができるとは限らないという事ですか?」
「そういう事です。いい大学を出てるくせに仕事ができなかったら逆に恥ずかしいですし、何の覚悟もなかったのに、勝手にハードルが上がったようなものですから。僕からしたら学歴なんて、いらないなんてもんじゃないですよ。そもそも、皆さん一流企業に就職したい、子供を一流企業に就職させたいと言いますが、肝心なのは、そこで本人が何をしたいのか、何ができるのかです。単に安定した生活を送りたいからそれを目指すというのであれば、僕は心配になります。一流企業に就職できれば悠々自適な生活を送れる、そんな甘い幻想に取り憑かれているだけの人間が目指して採用してもらえるほど、一流企業はちょろい所なのか。そんな甘い考えで通用するほど、一流企業の仕事はちょろいものなのか。仕事も人生も甘くない。そんな考えで、よしんばいい大学に入れたとしても、いい企業に就職できたとしても、幸福なんて掴み取れる気がしない。それはただの依存であって、いずれは社会の厳しさや理不尽さに直面し、不幸に陥るのがオチではないかという懸念を抱きます」
Mの言った事に納得しているのか、いないのか、誰も何も発言しない。自分の言葉は届いているのか、響いているのか、何か変な事は言っていないか、そんな事を考えながら、Mの緊張は増幅していく。
「分かりました。ありがとうございます。私も自分の教育について、子供の将来について、色々考えたいと思います」と言って質問した保護者が席に座る。それを聞いてホッと胸を撫で下ろすM。しばしの沈黙。そして「よろしいですかね。じゃあ次の質問に移りたいと思います。何か質問がある方、挙手をお願いします」と進行役の教員が先に進める。すると、また一人の保護者が手を挙げる。その保護者にマイクが渡るのを、Mは壇上で静かに待つ。むっちゃ緊張する、そんな事を思いながら。マイクを受け取った保護者は、名前を名乗った後、質問というよりは、Mに相談を投げかける。
「話は変わりますが、うちの子供が引っ込み思案で少し心配です。きっとまだ自分に自信が持てないのではないかと思うのですが、どうしたら子供が自分に自信を持てるようになるでしょうか」と言って隣に座る我が子を見やる。大人しそうなその子供が、照れたように首を竦める。「自信…」そう呟きながら、しばらく考えを巡らせるM。しばしの沈黙の後、声が震えないように気を付けながら、「えっと…、僕は…、人生を生きるのに、自信の有無はそんなに重要ではないと思っています」と恐る恐る切り出す。
「もちろん…、自信があるに越した事はないのかも知れませんが、僕の経験から言わせてもらえば、自信なんかあったってうまくいかない時はうまくいかないし、自信なんかなくたって、うまくいく時はうまくいくように思います。大切なのは、やるかやらないかであって、自信があるかないかではないような気がします。やる人間はうまくいくかも知れないし、うまくいかないかも知れませんが、やらない人間がうまくいく事はありません。自信なんかあったって同じ事です。自信満々のくせに、何もできない人間なんて世の中にはたくさんいます。屁の役にも立ってない。そのくせ偉そう。そんな人間、ザラです。自信なんかなくたって、色々できる人間もいます。ちゃんと誰かの役に立っている。そんなものなくたって、やり続けていればいずれはうまくいく、なんて事もあると思いますし、うまくいかなくてもそれが経験になります。人が成長する為に必要な事は、何事も経験だと僕は思います。失敗や挫折を経験する事も重要です。うまくいかなかった時の経験が、次の成功に繋がるかも知れませんし、うまくいかない人間の気持ちが分かるようにもなるかも知れません。そしてうまくいった時の喜びや達成感、それを重ねる事によって自信も生まれてくるかも知れない、そんな気がします。やれ自信を持てだの、誇りを持てだの言う人も世の中にはいますが、持てと言われて持てるなら苦労はいりません。何でもいいからやるしかないのです。できるか、できないかじゃない、やるか、やらないかです。何にでも挑戦して、色んな経験を繰り返す。失敗は成功の為の大きな経験となりますし、成功体験が増えていけば、いずれはそれが自信に繋がる、なんて事もあるのではないかと僕は思っています。そんな自分に誇りだって持てるようになるかも知れません。なので、もしお子さんが今、何かやっている事があるのなら、何も心配する事はないと思います。継続は力なり、それを続けていけば、いつかそれが財産になると思います。ただ…」と言って少しの間黙り込むM。「もし…」と言って再び口を開く。「今、お子さんが何もやっていないとしたら、それは少し心配になります。他の子が色んな経験を積んで成長していく中で、その子はどんどん差を付けられてしまう。取り残されてしまう。怖いのは成長しない事、成長できない事です。成長できなければ本当の自信なんて持てるはずもありませんし、取り残されて、落ちこぼれて、孤独に陥るのがオチです。かつての…いや、今なお続く、僕のように」そこで言葉を切るM。場内はしんとしている。皆、何をどう言っていいのか分からないという雰囲気だ。
「いや、僕の事はどーでもいいんですけど」慌てて言葉を繋ぐM。「とにかく何でもいいからやってみて、色んな経験を積む事が大切なんじゃないかと、それが子供の成長や、果ては自信に繋がるのではないかと、僕は思います」緊張で声を震わせるM。体も震えている。Mの言っている事は全て、自分の願望だ。子供の頃に自分が言って欲しかった事、自分がして欲しかった事、教えて欲しかった事、それを大人と呼ばれる年齢になってしまった今、思い出しながら述べているに過ぎない。でも、それが自分のような人間を育てない為の方法だとMは思っている。自分のような人間をこれ以上増やさない為にも、言えるチャンスがあるのなら言っておこう、この壇上で、Mはそう思っていた。すると、「そういうあなたは随分と自分に自信がおありなんでしょうね」と、質問した保護者からマイクを譲り受けて、その後ろに座っていた保護者が立ち上がりながらMに訊ねる。その保護者の射るような視線に、思わず体を竦ませるM。震えた声で答える。
「いや…、それは…、ないです」
「それにしては随分と立派な考えをお持ちのようですが」とマイクを持った保護者が続ける。「いや…、そんな事はないですけど…」Mがボソッと謙遜すると、「もちろん皮肉ですよ」と嫌味を飛ばす。
「ああ…、そうですか」Mの顔が強張る。
「勉強なんかしなくていいとか、一流企業に入っても意味がないとか、子供があなたのように立派な考えを持たないか心配になるわね」と更に嫌味を続ける保護者。
「いや、そういう事を言ったワケでは…」
「あなたは今幸せなんですか?あなたは自分の言うような優秀な人材なんですか?偉そうに教育を語れるような立派な人間なんですか?」と質問を畳み掛けてくる保護者。
「いや…、多分、違います」
「じゃあ言う事だけは立派という事ですね」保護者の攻撃が止まない。焦燥に駆られるM。俺は何かマズイ事でも言ったのか。何か気に障るような事でも言ったのか。そんな事を考えながらMが困っていると、そのやり取りを聞いていた子供たちが、立派って何?立派ってどういう事?立派な考えって何?とザワつき始める。あのおじさん立派なの?立派じゃないの?勉強しなくても立派になれるの?どっちなの? そのざわめきが場内に広がっていく。
「皆さん、お静かに」と進行役の教員がマイクに向かって口にする。しかしざわめきは収まらない。Mは壇上でビビっている。確かに、僕は偉そうに教育を語れるような人間ではない。優秀な人間からは程遠い。どちらかと言えば、いや、どう考えても劣等生、落ちこぼれた側の人間だ。立派な人間からは程遠い。幸せどころか、精神すら病んでいる。しかもボロクソに。そんな人間の言う事は、やはり説得力に欠けるだろうか。誰も耳なんて傾けてくれないだろうか。共感性に欠けるだろうか。そう考えると気持ちが怯む。でも、だからこそ分かる事もあるのだ、とMは思う。落ちこぼれた人間にしか、分からない事もある。精神を病んだ人間にしか分からない事もある。底辺からしか観えない景色だってあるのだ。僕みたいな人間だからこそ、観える景色もある。それを口にする事は、無意味な事だろうか。そんな事を思いながら騒がしい会場を見つめていると、マイクを持った保護者が辺りを見回し、「立派ってどういう事か、子供たちが訊ねてますわよ?」とMに顔を向ける。
「は…?」と戸惑いの声を漏らすM。
「答えて差し上げれば?立派な教育通信社の、優秀な社員として。立派というものがどういう事なのか」と皮肉たっぷりな台詞を口にして席に腰を下ろす保護者。再び静まりゆく場内。子供たちの目が爛々とMに向けられている。Mに何かを期待している眼差しだ。そして敵意の籠もったその保護者の眼差し。それらの眼差しを一身に受け止めながら、Mは静かに口を開く。「ええと…、立派とはどういう事か…。まあ、僕は立派な人間ではないのであんまり立派な事は言えませんが…」と自嘲気味に話し始める。
「例えば…、誰かが落ち込んでいる時に、その人を元気付けてあげられたとしたら、その行為は立派だと思いませんか?」と恐る恐る質問を投げ掛けてみる。何人かの子供が頷くのが見えた。
「それから…、誰かが困っている時に、助けてあげられたりしたら、それも立派な行為と言えると思いませんか?」と質問を続けてみるM。何人かの子供たちが頷く。それに勇気付けられたかのように言葉を繋ぐ。「要するに…、誰かを元気付けたり、助けてあげたり、勇気付けたり、前向きにさせたり、何でもいいと思うんですけど、何か人にプラスになるような影響を与えられる人は、それだけで立派なんじゃないかと、僕は思うんです」
再び静まる場内。
「そういう事のできる人間は、たとえヤクザだろうが、浮浪者だろうが、娼婦だろうが、ニートだろうが、立派な人間と言えるのではないか、と僕は思うんです。逆に…、人を傷付けたり、貶めたり、蔑んだり、憂鬱にさせたり、そういう行為に及ぶ人間は、たとえ親だろうが、先生だろうが、政治家だろうが、警察だろうが、立派とは言えないと僕は思います。人に何かマイナスになる影響を与える行為は、決して立派とは言えません」保護者たちの顔色を窺うM。しかし、まったく読み取れない。
「そして、そういう些細ではあるけれど、立派な行為を繰り返す人間が増えていけば、世の中もっといい方向に向かうのではないかと僕は思うんです。どんなに些細な事であっても、そうした行為、そうした行動の積み重ねが、世の中を変えていくのではないかと僕は思うんです。人からプラスの影響を受けた人間は、多分ですけど、人にプラスの影響を与える事もできるようになるのではと思います。そしてその人がまた別の人間にプラスの影響を与えていく。そうした連鎖を生み出す事ができれば、この荒んだ世の中や、病んだ社会なんかも、少しずつ改善されていくのではないかと僕は思っています。それはその人の為になる行為というだけでなく、世の中の為にもなる事です。そしていずれはそれが自分に返ってくる。だって自分もその世の中の一員なのだから。たとえそれがどんなに些細な行為であっても、そういう事のできる人間は、それだけで立派な人間なんじゃないかと…、僕は思います」
「ヤクザやニートでも立派ですか?」「浮浪者も立派ですか?」「ショーフって何ですか?」Mが口をつぐんだ瞬間、子供たちが口々に疑問を投げかける。
「いや、まあ、その、立派な人はどんな世界にもいるという事で…、立派な人間に、職業や肩書きは関係ないんじゃないかと」
へーヤクザでも立派な人はいるんだ。知らなかった。ショーフって何?浮浪者でも立派なんだね。子供たちが賑わい始める。
「じゃあ、僕も立派な人間になれるように頑張ります!」一人の子供がそう声高に宣言する。俺もー、じゃあ俺も!私も!ヤクザになる!賑わいが騒々しくなっていく。
「お静かに。静かにしてください」進行役の教員が子供たちを宥めようとするが一向に静まる気配はなく、騒がしさが増してゆく。そこでマイクを持った先ほどの保護者が再び立ち上がり、突然大きな声を張り上げる。
「子供がすぐに色んな事に影響されて困ります!」
その保護者に一斉に注目が集まる。子供たちが口をつぐみ、徐々に静かになっていく。イライラした様子で不満を口にする保護者。「本当に困るんですよ。下らないテレビ番組とか、暴力的な映画とか、今はあなたの言葉なんかにも影響を受けているようですが、親としては心配になります。大丈夫でしょうか」
そう発言する保護者へと向いていた子供たちの目が、再びMへと向き直る。Mが何を話すのか、興味津々の顔つきだ。
「何が…、心配なのでしょう…」Mは恐る恐る質問を返す。何が心配なのかさっぱり分からないのだ。
「色んな事にすぐに影響されて、色んな事をすぐに真似するので困ります」保護者が答える。
「何を…、真似て困るのですか?」
「見たものや聞いたもの全てです。下らない芸と言いますか、芸人さんやタレントさんなんかの口真似や動作、ドラマや映画のアクションシーンなどです」
「それを子供が真似ると…、何が困るのでしょう」
「それが下らないんですよ。下品だし、野蛮だし、うるさいし、やめてもらいたいけど、言う事を聞きませんし」
「何が下品で何が下らないかは、子供が決める事です。親が判断する事ではない、と僕は思います。子供はおもしろいと思ったからそれを真似るだけの話で、親の好みに子供を当て嵌めようとする事は、子供の自由な発想を奪う事に繋がりかねません。先ほどこちらのヤッさんも言いましたが」と言いながらチラッとヤッさんに目を向け、再び口を開くM。「子供に言う事を聞かせる必要はないと僕は思っています。子供の自由を奪う権利は親にもないからです。それが誰かに迷惑や危害を及ぼすような行為であれば話は別ですが、子供にはやっていい事とやっちゃいけない事の分別を付けさせればいいのであって、親の好みに子供を当て嵌めようとする事は、危険な事だと僕は思います」
「でも人を叩いたり、食べ物を粗末にしたりするんですよ?」すぐさま保護者が反論する。
「それは…、親であるあなたが責任をもって注意すべきです。子供がテレビや色んなものを見て真似たくなるのは仕方のない事です。悪い影響を受ける事もあるでしょう。でも基本、子供は親の教育通りに育つものだと僕は思います。親が暴力的であれば暴力的な子供に育つでしょうし、親が無責任であれば無責任な子供に育つでしょうし、親が優しければ、基本優しい子供に育つものだと、僕は思います。親が食べ物を大事にしていれば、子供だってそれを認識するはずです。悪い事をしたら叱る、でもそれは親の好き嫌いによって判断すべきではないと僕は思います。親が子供に口うるさくしなければならない時なんて、故意に人を傷つけたり、迷惑行為に及んだり、後は急に道に飛び出すとか危険が及ぶ時、そのくらいなものなんじゃないかと僕は思いますけど」
「あなたは今何歳なんですか?」
「二十六です」
「お子さんはいらっしゃるんですか?」
「いや、いません」
「じゃあねぇ…。子育ての大変さも分からないんじゃねぇ」説得力ないわよねぇ。顔を見合わせながら頷き合う保護者たちの姿が見える。子供たちは保護者たちの顔色を窺っている。そこでずっとMの後ろでそのやり取りを傍観していたヤッさんがマイクの前に顔を寄せ、口を開く。
「私は子供がいるが、Mの言う通りじゃないかと思うぜ」
少し驚きながらMがヤッさんに場所を譲る。マイクの前に立ち、ヤッさんが続ける。
「私の父親は、躾と称して私によく暴力を振るいましたが、私はやはり暴力的な子供でした。何でも暴力で解決するような問題児として育ちました。よく人を殴りました。暴力を振るいました。大人と呼ばれる年齢になってからも、しばらくは直らなかった。でも自分の子供にはそうなって欲しくないし、子供なんてのは素直だから、親の背中を見て育つもんだと私は思っています。暴力はいけない事だ、なんて言いながら暴力を振るっていたら何の説得力もないので、私は暴力から足を洗いました。人間何を言っているかよりも、何をやっているかだ。それを観て子供は育つと思う。だから暴力からは足を洗ったし、子供に恥ずかしくない人生を送りたいと思って、今は真っ当に働いています」今はって、今までは何をやってたのかしら。やっぱりあの人はロクな人生歩んでないわね。一体何者なのかしら。すると一人の子供が大きな叫び声で質問を投げかける。
「なぜ、暴力を振るったり、人を殺しちゃいけないんですか?」その子供に視線が集まる。ヤッさんもその子供の方に視線を向け、真剣な表情で口を開く。
「本気で分からないのかい?もし本気で分からないのだとしたら不幸な事だ。俺は昔、理屈抜きで本当に分からなかったぜ。毎日俺や母親に暴力ばかり振るう父親を、何で殺しちゃいけないのか。最近になって自分にも家族ができて、ようやく分かってきたような気もするが、でも、そんなもんは理屈じゃない。少なくとも、これがその理由です、なんていうハッキリとした共通の理由なんてものはないと思う。人を殺してもいいなんて事になったら、大多数の人間の都合が悪いからだ。なぜ都合が悪いのか、理由は人それぞれだと思うが、もし、自分の大切な人が殺されでもしたら…、大半の人間はそんな事を考えるかも知れない。それは心底都合が悪い。もしもそんな世の中だとしたら、守ろうにも守り切れないからな。でも牛や豚は殺してもいいんだ。なぜか。殺しちゃダメって事になると大多数の人間の都合が悪いからだ。牛や豚は旨いからな。みんな喰ってる。健康を保つ為の重要な栄養素にもなるし、それは生きていく上で欠かせない要素だ。でもそれについて反対している人間もいる。残酷だっつってな。それでも動物を殺して罪にならないのは、大多数の人間の都合だと俺は思う。反対している人間は少数派だ。だから力が弱い。人なんか殺してもいいって考えの奴も世の中にはいるかも知れないし、実際俺は自分の父親を殺しちゃいけない理由が分からなかった。俺にとっては法律の方が都合が悪かったってワケだ。まあ、人間なんてそんなもんだ。大多数の人間の都合に合わせて正義も法律も創られる。俺はそんなもんだと思うぜ。人なんか殺してもいいっていう人間が大半を占めれば、いずれはそういう社会になる、なんて事もあるかも知れない」
「じゃあどうして殺人は起きるんですか?」同じ子供が質問を重ねる。
「自分の都合で人を殺す奴もたくさんいる。人間なんてそんなもんだ。どいつもこいつも自分の都合で生きている。保険金殺人なんてのはその典型だ。俺の父親は、俺にとって都合が悪かった。死んでくれたらどんなにいいかと、毎日そんな事を考えていたよ。でも俺が奴を殺したのはそんな理由からじゃない。ただただ我慢ならなかったからだ。理由もなく殴られ続ける毎日に、傲慢で理不尽な父親の暴力に、傷つき、泣いて耐えるだけの母親に、その生活の全てに。俺は自分の人生を呪ったし、父親を心の底から憎んでいた。感情の問題だ。人は感情の生き物だからな。俺は父親を殺した。我慢ならなかったから、理由はそれだけだ。そして捕まった。大多数の人間の都合や正義、法律によってな」
自分の父親を殺したって?何?あの人は何者なの?質問した子供は言葉を失っている。
「俺は人殺しで、前科三犯の元ヤクザだ」
社長、大丈夫かな。
膝を打っただけでしょ?
講演まで丸投げかよ。
いきなり講演任されるって、大変だな。
しかしMの野郎、何偉そうに語ってんだか。
お前が偉そうに語るなよ、て感じだよな。
でも子供にはウケたらしいよ。保護者にはともかく。
社長が喋るより良かったんじゃないの?
ヤクザと精神異常者の講演会か。滅茶苦茶だな。
ヤッさん、人殺してたんだな。
まあヤクザだからな。
あんなところで公表しなくても。
前科三犯だって、更生してくれて良かったよ。




