【使える】
誰一人悪くないのかも知れないって何?
無責任だらけって、この会社の事?
独裁者って社長の事か?
相変わらず大げさだけど、結構凄ぇ事書いてんな。
リーダーの地位から降りるべきだって、完全に社長をディスってるもんな。
おもしれぇあいつ。本気で世界平和考えてんのかな。
社長のエゴが酷過ぎる。無責任さが半端じゃない。
それがこの会社の巨悪の根源だ。
朝、Mが出社すると、Mの姿を認めた同期社員がズカズカとMに近付き、ハイタッチを求めるように右手をかざす。「Mッチーいぇーい!」
反射的に右手を上げて、掲げられている同期社員の右手を掌で弾くM。同期社員がMの背中をポンポンと叩き、既に出社している社長に目を向ける。社長もその様子を見ていたようだ。その目が、小賢しいと言っている。生意気な反抗分子でも見るような目付きだ。本部長や、本部長と一緒に新しく入社したばかりの坊主頭の新人は、何事かと様子を窺っている感じだが、古くからいる周囲の社員たちは皆興味津々だ。社長に一泡吹かしてやれ、そんな声が聞こえてきそうだ。
それぞれが本日行う業務を発表し、朝礼の最後は社長の言葉で締め括られる。社長は朝の挨拶を発した後、制作の人間に顔を向け、確認の言葉を口にする。
「制作、大丈夫か?仕事が溜まっているみたいだが」
「はぁ」気のない返事をする制作課の課長。そんな事分かり切ってんだろうが、あんたが仕事増やしてんだからよ。とでも言いたげな表情で社長の顔を眺める社員たち。
「大丈夫だよな?」社長が再度確認する。
「大丈夫ではありません。既に何日か徹夜してる社員もいますので」
「徹夜?本当か」社長が驚いた素振りを見せる。うんうんと頷く制作課の社員たち。白々しいんだよ、編集長から話いってんだろうが、そんな眼差が見て取れる。そこへ編集長が口を挟む。
「前にも言いましたけど、もうみんないっぱいいっぱいでギリギリの状態です。本当に何か手を打たないと、大変な事になりますよ」その声は切迫している。
「そうか」そう言って腕を組む社長の表情からは、それを深刻に受け止めているのかどうかの判断はつかない。社員たちは誰もそれを期待していない、いや、期待していないというよりは、もうとっくに諦めているのだとMは思う。
「特集の方が進んでないっていうのは本当か?」
「昨日徹夜で何とか進めました」一番体の大きな制作課の社員が答える。
「そうか、ご苦労様。まあ、締切りまでに何とか頼むよ」と言ってすぐに他の話題に切り替える社長。
「本部長が入って、本格的に営業に力を入れていく。ここが正念場だぞ。営業は全員ロープレを本部長が行うから、そのつもりでいてくれ」
「それだけ?」そこでMの同期社員が口を挟む。
「何日も徹夜させておいて、締切りまでに何とか頼むよ、で終わり?」納得いかないと言わんばかりに社長に喰って掛かる。
「何だ、文句あるのか」しかし、社長も予期していたのか、昨晩のようにたじろがない。毅然とした態度でそう言い放つ。「社長の俺に、なんか文句があるのか」低く、太く、威圧的な声だ。
「あるよ」そう言いながらも、同期社員が一瞬怯んだようにMには見えた。
「何だ、言ってみろ」社長が凄む。同期は言葉が続かない。
「大変なのは知ってるよ。それでもやらなきゃしょうがないだろ。仕事なんだから」社長は強気だ。
「仕事なんだからって…」同期の声が小さい。
「まあまあ」と言って間に入ったのは本部長だ。
「この会社が今大変だって事は分かってる。何とかするよ」そう言ってMの同期の肩を叩く。そして社員全員に向き直り、「まずは売上から何とかしよう。こっちから声かけるから、時間空いてる時にロープレするぞ。営業は全員だから、よろしく」と大きな声を張り上げる。
オフィス中に溜息が溢れそうだ。今この会社で一番負担を抱えているのは、どう考えても一番体の大きな制作課の社員だ。優しくて人が好い、だからよく言えばみんなから頼りにされるし、悪く言えばいいように使い回されてしまう。つまり、今足りていないのは制作課の人間だ。にもかかわらず、そこを見ようとしない上の人間に、社員たちの不信感は募るばかりである。
昼、定食屋でアジフライにソースをかけながらヤッさんが口を開く。
「どうもよろしくないな。会社の雰囲気が」
先に焼き肉定食を頬張っていたMが答える。
「今更だけどね」もごもごと声がくぐもっている。
「まあ、確かにそうだが。何とかならないもんかね。素人目に見てもこのままじゃヤバイ気がするぜ」
「誰もが思ってるよ。社長と、新しく入ったばかりの人間以外はね」
「社長は本当に分かっていないのか?今制作の人間が一人でも潰れたら、本当に会社立ちいかなくなるぜ。出版物は全て廃刊、倒産するのも時間の問題だ。制作の人間だけじゃない、一人一人の負担が大き過ぎて、誰が欠けてもフォローが利かない」
「社長は、正直何を考えているのかよく分からないよ。よっぽど楽天家なのか、何とかなるだろうとタカをくくっているのか、社長のくせに当事者意識が欠落してるとしか思えない。この状況に関心がないとしか思えないよ」
「ワンマンにも程があるぜ。現場の問題が分かっていながら見て見ぬ振りだ。誰の言う事にも耳を傾けない。正直どうかと思うぜ」
「確かに、社長が変わらなければこの会社は変わらない。それはみんなが一番よく分かっている事で、でもみんなが一番に諦めている事だ。古くからいれば古くからいるほど、社長という人間がよく分かっているからな」
「なるほどな。何とかならないもんかね」
「何とかするさ。何とかしないと、本格的に潰れるからな。人も、会社も」
「どうやって」
「あの社長、確かに社長としてはワンマンで、手腕は独善的だが、でも使いようによっちゃあ本当に使える人物だと俺は睨んでる」
「使える?」
「うん」
「社長の事を使えるって、また随分と偉そうだな」
「まあね。俺はまだ、謙虚という言葉を知らないからな」とよく分からない事を口にするM。
「何だって?」
「俺はまだ謙虚という言葉を知らない。だから偉そうなんだ。今の俺は自己顕示欲の塊だ。社長の言葉を借りればハングリーなんだ。自分を認めてもらいたい、と言うよりは認めさせてやる!といった感じだ。何しろ、そこからがスタートだと思ってるからな。だから生意気なんだ。偉そうなんだ。今の俺には謙虚さなんて欠片もない」
「そうなのか?」
「うん」
「Mは自分の事をよく分析していますからね。自分の状況がよく分かっている」と、そこでカツ丼を箸でいじりながら闇医が口を挟む。
「自分を分析している?ふぅん。でも謙虚さがないって事が自分で分かってるなら、直せばいいと俺は思うが」とヤッさんがアジフライを口へ運ぶ。
「それができれば苦労はありませんよ。謙虚な人には謙虚な人なりの、そうなるだけの過程や経験があるものです。Mにはまだそれがない。人は理屈通りには生きられませんから」と闇医もカツを頬張る。
「そんなもんかね」
「そんなもんだぜ。人格が形成されるには、それなりの理由がある。今の俺に謙虚になれと言う方が無理ってもんだ」とM。
「そうなのか?俺にはよく分からん」とヤッさん。
「社長がああなったのにもちゃんと理由があるはずなんです。Mの言葉を借りれば背景が」と闇医。
「背景?どんな背景だ?」
「そうですね…」闇医は少し考えてから思った事を口にする。
「社長も同じような目にあってきたのかも知れません。社会に出て、今の社員たちと同じような扱いを受けてきたのかも知れません。それを自分の会社で体現してるのかも知れません。社長にとって、社会というのは、会社というのは、そういうものなのかも知れません。そう思い込んでしまっているのかも知れません」
「うーん…」と考え込むような顔つきをするヤッさん。
「まあ、それは分かりませんけど。何にせよ考えを改めてもらわない事には、どうにもならない事だけは確かです」と白米を口へ運ぶ闇医。
「確かにな。で、社長が使えるって、どう使えるんだい?」とヤッさんがMに話を向ける。
「社長には無限の可能性がある」とMが答える。
「無限の可能性?」
「ああ、社長は営業マンとしては一流だ。それは確信した。そして営業は人間学、全てにおいて応用が利く。社長は政治家にもなれるし、社長としても、人間としても、一流になれる可能性を秘めているという事だ。一流は全てに通ずっていうからな」
首を傾げるヤッさん。
「どういう事だ?さっぱり分からん」
「ヤッさんが教えてくれたろ?営業の基本は相手の状況把握だって。相手の望み、要望、困っている事、悩んでいる事、心配している事、弱み、それら全てを把握した上で、自分のできる事を考える」
「ああ、言ったな」
「それは何にでも応用できる。それを社内でも実践してもらうんだ。社内営業なんて言葉もあるし、社長は営業マンとしては一流なんだから、それができないはずがない」
「できてもやらなきゃ一緒だぜ。どうやってやらせるんだ?」
「行動を変えるには、まず意識を変える事、考え方を改める事だ。社長にはできるはずなんだ。だから、意識を変えてもらう」
「どうやって」
「まあ見てろって。俺は社長に政治家になってもらう事に決めたんだ」
「何だって?」
「社長には、政治家になってもらう事に決めた」
「政治家?」
「ああ。社長の交渉術は何にでも通用するぜ」
「どういう事だ?さっきから言ってる事がさっぱり分からないぞ」
「本部長が入ってきたろ?あの本部長、元はうちのお客さんだったんだ」
「ああ、そうらしいな」
「その商談に同行させてもらった」
「ああ、知ってるよ」
「あの本部長、最初はうちの会社にも商品にも社長にも、何の興味もなかったんだ」
「ふん、それで?」
「ところが社長が話し始めると少しずつ、徐々に興味を示し始めて、商談の後一緒に呑みに行く事になり、次の日には友達のように話をする間柄になっていて、気付いたらうちの会社の一員になっていた。今や仲間だ。同志だ。まったく興味のなかった人間から、あの短時間でどんだけの興味を引き出したんだよ、本部長にとって、どんだけ魅力的な話をしたんだよ、て話だ」
「まあ、確かに。それは凄いな。でもそれと政治家とどういう関係があるんだ?」
「その交渉術、何にでも応用が利くと思わないか?」
「応用?」
「うん。相手はこちらに興味がない、全く興味を示さない。むしろ敵意や猜疑心を抱いているかも知れない。そこから相手がどんな事に興味を示すのか、何に魅力を感じるのか、何に喰い付いてくるのか、あらゆる手段を駆使して見極めていく。相手が何かに興味を示したら、魅力を感じ始めたら、そこからガンガン切り崩す、入り込む。気付けば友達か、同志のようになっている」
「ふん、それで?」
「会社同士でできる事は国同士でもできるって事だ。国交の場でも同じ事ができると俺は思う」
「どういう事だ?」先を促すヤッさん。
「世の中の核問題、戦争、テロ、何でもそうだ。解決できないのは通り一遍のやり方で、手段や交渉に工夫がないからだ。平行線を辿るのみ。いつまでも、どこまでも、永遠に交わる事はない。交渉は決裂、まとまる事のないまま延々と続いていく。同じ事を延々と繰り返していたら、延々と同じ事が繰り返される。当たり前の話だ。だからなくならない。もし俺が交渉する立場の人間なら、同じような対応を延々と続けるような真似はしない」
「ほう。じゃあ、お前ならどうするんだ?」
「そこで営業がものをいう」
「営業?」
「そう、営業。ハッキリ言って俺には戦争やテロを起こす人間の目的が分からない。何の為に核を開発し、他国を威嚇し、相手を攻撃するのか。奴ら自身、それが分かっていない可能性がある。自分たちの本来の目的が何なのか、見失っている可能性もある。だって、テロを起こした人間が幸福になったなんて話、聞いた事がないからね。目的を見失ったら、何をやったってうまくいくはずがない。うまくいくはずもないのに、誰も幸福になんかなれないはずなのに、戦争やテロは起きる。戦争に勝って何が得られるのか、テロを起こして何が得られるのか、奴ら自身、その目的と到達地点が分かってないような気がしてならない。だからまずヒアリングが必要なんだ」
「ヒアリング?」
「そう、ヤッさんに教えてもらった通りだよ。営業でもあるだろ?お客さん自身、自分の今の状況が分かっていない、目的が分かっていない、状況や目的が分かっていたとしても、自分がどうすればいいのかが分からない、なんて事が。その手段を履き違えてる事もある。だから奴ら自身に、奴らの今の状況、望み、要望、困っている事、悩んでいる事、心配事など、少しずつ聞き出してハッキリさせてやる必要があるんだ。自分の真の目的、真の望みは何なのか、その為に必要な事は何なのか、どうすればそれが実現できるのか、手に入れる事ができるのか、気付かせてやるべきだ。その上でこちらのできる事を用意する、提案する。もし、奴らの目的が国民や同胞の幸福であるならば、できる限りの協力は惜しまない事を告げる。でも、もしそれが奴らのエゴであるならば、誰も協力なんかできないという事をハッキリと伝えてやるべきだ。そして考えを改めるよう、対話を繰り返す。そこからが勝負、交渉の醍醐味だ。あらゆる手を使い、品を変え、譲歩点、妥協点、落とし所なんかを探りながら、相手がどんな事に興味を示すのか、魅力を感じるのか、引き出していく。それはどんな事でもいいんだ。思想、理想、世界の情勢、その趨勢、奴らの為に用意できる事、お互い助け合える事、補い合える事、交渉する人物そのものについてでもいい、相手が何かに興味を示したら、魅力を感じ始めたら、そこからガンガン切り崩す、懐に入り込む。ちゃんと奴らの立場に立つ事で、真剣に奴らの事を考えながら、奴らの為になるような意見や提案を繰り返す。その提案や、それを実行した先の未来に魅力を感じてもらえたらこっちのものだ。実際にそれらを実行して、奴らの為になるようにしてやればいい。互いの望みに沿うように。そしてそのまま友達にでも同志にでもなっちまえばいいんだ。誰が好き好んで友達と戦争なんかやりたがる、友達なんか威嚇したがる、友人を脅かしたがる、て話だ」
「ほお、凄いな。そんな事ができるなら、お前が政治家になればいい」
「理屈の上では簡単だ。でも俺にそんな力はない。今の俺はただの頭でっかち、何一つ実力が伴ってないからな。できるとしたら社長なんだ。だから社長に政治家になってもらう」
「ふ~ん、なるほどね。しかし、社長は政治に興味があるのかな」
「分からない」
「じゃあどうやって社長に政治家になってもらうんだ?」
「俺は人に何かをしてもらいたかったら、素直に頭を下げて頼むべきだと思う。強制したり、その人がそうしなければならないように追い込んだりするのは好きじゃない」
「そうか。まあ強制したって無駄だろうがな。でも頭を下げても無駄なんじゃないのか?社長に何て頼むんだ?世界平和の為に政治家になって下さい、って言うのか?」
「いや、そんな事言っても社長は耳を貸さないよ。特に俺なんかの言う事に社長は耳を傾けない」
「じゃあどうするんだ?」
「俺は人に何かをしてもらいたかったら、頭を下げて頼むべきだと言ったが、実はもう一つ、方法があると思ってる」
「ほう。どんな方法だ」興味を持ったのか、ヤッさんの体が前のめりになる。
「本人がそうしたくなるように仕向ける方法だ。社長が世界平和に興味を持つように、それを実現したくなるように、その為に、政治家になろうと思うように、仕向けていく。俺なんかが社長に頭を下げたって、何を言ったって、社長は耳を貸さない。だから本人が自らそうしたくなるように仕向けていくんだ」
「どうやって」
「それこそあらゆる手を使ってさ」
「どんな手を使うんだ?」
「ホームページで色々と発信する」
「ホームページで?そんな事ができるのか?」
「その為のホームページだ」
「でも社長はお前の言う事に耳を貸さないんだろ?お前の書いた文章には耳を傾けるのか?」
「直接的に働きかけても無駄だろうね」
「お前の文章はなかなか興味深いとは思うが、言い回しが少し回りくどくないか?漠然としているというか何というか。もう少し言いたい事を直接的に書いた方がいいんじゃないかと俺は思うが」
「ヤッさんも読んでくれてるんだ?ありがとう。何気に嬉しいよ。でも、それこそ誰も耳を貸さないと思う。俺がどんなに真っ当な事を書いてみたところで、どんなに正当な事を主張してみたところで、素晴らしい文章を書いてみたところで、まあ、書けないけど、今の俺の言葉になんか誰も耳を傾けない。なぜなら、俺が何の役にも立っていない人間だからだ。自分が認めていない人間の、自分がバカにしている人間の言葉に耳を傾ける人間がどこにいる」
ヤッさんの返答はない。Mが続ける。
「だからワザと遠回しな書き方をしている。漠然とした書き方をしている。まあ、俺の中でまだ漠然としていて、何をどう書けばいいのかが分かってないっていうのもあるけど、少なくとも、直接的に何かを働きかけても無駄だろうから、ワザとそうしてるんだ。そして俺は強制や人を追い込むやり方は好きじゃない。自由意志というものを何よりも尊重している」
「自由意志?」
「うん、自由意志。みんなが自分の意志で会社が良くなるように、世の中が良くなるように、世界が平和になるように行動する事を望んでいる。その為には、自分で気付く事が大切なんだ。想像する事が大切なんだ。考える事が大切なんだ。現状に気付く事、今後の行く末を想像する事、どうすればいいのか考える事。その手助けになるような文章を書こうと俺は努力している。まあ、ヘタクソというか何というか、なかなかうまくいかないけどね。みんなが現状に気付き、行く末を想像し、どうすればいいのかを考える。その行く末に不安があるなら、自ら改善していくように仕向ける。改善された先の未来に興味を持ち、その未来に魅力を感じてもらえたらこっちのものだ。きっと、自然といい方向に向かっていくさ、と思ってる」
「つまり、お前は他人の自由意志を操ろうとしているわけか?」
「まあ、言い方によってはそうとも言える」
「それは恐ろしいな。本当にそんな事ができるとしたらだが。傲慢と言えなくもない」
「確かに、傲慢かも知れない。他人を自分の思うように動かそうっていうんだから、これほど傲慢な事はないかも知れない。でも強制するより遥かにマシだろ?操るのは自由意志、全てはその人間の、自由だ。苦しむ事は一切ない。正気が保てるだけマシってもんだ」
「しかし、それは神の領域と言っても過言じゃないんじゃないのか?」
「それは知らないし、神様なんていないよ。たとえいたとしても何もできない。何かできたとしても何もしないし、何も言わないよ。神様なんてそんなもんだ。屁の役にも立ちゃしねぇ。でも俺はそれをやり遂げる」
「なぜ」
「これは、俺の復讐も兼ねている。強制され、干渉され、否定され、追い込まれ、自由を奪われて俺はこんな人間になっちまった。自分の理想を俺に押し付けてくるような、自分の価値観を俺に押し付けてくるような、自分のやり方を俺に押し付けてくるような連中のエゴと傲慢さによってな。俺は人生で自由を感じた事など一度もない。自由意志を尊重された事など一度もない。それでこんなろくでもない人間になっちまった。精神がイカれちまった。腐っちまった。壊れちまった。まあ、そんな事、今更人のせいにしても仕方がないし、これまでの人生は戻らない。だから、逆襲してやるんだ。奴らとはまったく逆の方法で、俺は自分の理想を手に入れる。俺は誰の自由も奪わない、誰も支配しない、強制もしない、干渉もしない、束縛もしない。全てはその人間の自由だ。自分の意志で、自ら理想に向かうように仕向けてやるんだ」
「なるほどな。他人の自由を侵す事なく、自分の理想を手に入れるってワケか。それができりゃぁ大したもんだ」
「やってやるさ。それがやりたくて俺はこの会社に入ったんだからな。世の中ほぼほぼ反面教師。でも、そこからだろうが何だろうが、学べるものは片っ端から学ばせてもらうし、吸収できるもんは全て吸収させてもらうし、できる事は全部やらせてもらう。俺にだって野心や欲望はある。その為に、使えるもんは全部使うし、利用できるもんは全て利用させてもらう。ガンガン成長させてもらった上で、俺は望みの全てを手に入れる。今は、その為に必要な事をやっているつもりだ。そんな事、人に言ってみたところで、誰からも理解されないと思って黙っていたけどね」
「…まあ、そうだろうな。お前の考えている事は難し過ぎる。確かに説明されても理解に苦しむな」
「俺みたいな人間が何を言ったところで、バカにされるのがオチだ」そう言って白米を掻っ込むM。
「俺みたいな人間が、か」ヤッさんはMを見つめる。Mは焼き肉を頬張る。ヤッさんがアジフライに箸を入れながら口を開く。「お前はそうやって自分を卑下するが、俺はお前はお前で立派だと思うがな」
「立派?俺が?」驚いたような表情で顔を上げるM。
「立派っていうか、何て言えばいいのか分からないが、俺もお前に負けないくらいろくでもない人生を歩んできたつもりだ。子供の頃から色んな大人を見てきたが、どいつもこいつも似たり寄ったりの人間ばかりだったぜ。俺のような人間はいつも弾かれて生きてきた。見下されて生きてきた。でもお前はどこか違う気がする。お前は誰とでも対等であろうとする。俺みたいな人間を最初から受け入れてくれたしな。いきなり親しく接してくれた。ヤクザと聞いてもビビリもしなけりゃ偏見もない。いきなりタメ口だ」そこで笑うヤッさん。照れたような表情を浮かべ、箸を置くM。
「人ってさ、多分だけど、自分の中にないものを、人に見出す事なんてできないんだ」しみじみとした口調で語り始めるM。
「ん?どーゆー事だ?」
「クソから観たらクソにしか見えない人間も、優秀な人から観れば、ちゃんと優秀な部分も見えるし、いい所をたくさん持ってる人間から観たら、その人のいい所なんて、ボロボロ見つかるんじゃないかな、ていう話」
「…なるほど…、言ってる事がさっぱり分からねぇ」
「だとしたら、どういう人間が人を教育したり、指導する立場に立つ事が、世間からクソだと思われてるような人間にとって、幸せな事なのかな。世の中に偏見が溢れてるのは、人類の世界的な経験不足に原因があるんじゃないのかな、ていう話」
「ふむ…、そうか、なるほどね。俺にはまったく理解できないが、お前がそう思うんなら、きっとそうなんじゃねぇか?」
「ふふ、好きだなー俺。ヤッさんのそのテキトーな感じの優しさ。理解なんかできなくたって、あっさりと受け入れて認めてくれる」
「テキトー?俺はいたって真面目なつもりなんだが、俺にそれが見出せないなんてのはつまり、お前に真面目さが欠けてるという事になるんじゃねぇのか?」
きょとん、とした表情を一瞬見せた後、Mが笑い声をあげる。「あはは、その解釈で間違いないよ。凄ぇなヤッさん。やっぱ、ヤッさんは凄いよ」
「何がだよ、さっきから。おちょくってくれてんのか?」
「まさか、ヤッさんをおちょくるなんてとんでもない」
「お前の考えは俺には良く分からん。俺には難し過ぎるのかも知れない。それでも、お前は何か違う気がするぜ、俺が今まで出会ってきた人間たちとはな。それを立派というのかどうかは分からないが、お前を見てるとそう捨てたもんじゃないと思えるぜ。たとえ精神を病んでいたとしてもだ」
「ありがとう、ヤッさん。俺はヤッさんや闇医といると、何だか素直になれる気がするよ。臆する事なく自分を出せる気がする。まあ、これが俺なんだとしたら、俺という人間は、そーとー偉そうな人間なのかも知れないけどね」
「そうか。しかし、お前が政治に興味があるとは知らなかったな」感心したようにMを見やるヤッさん。
「ないよ、そんなもん」あっさりと否定するM。
「ないのかよ」ツッコむヤッさん。
「ないよ、あんなの見ててもつまらないもん。あんなもん、ただの潰し合い、足の引っ張り合いだ。野党は与党の足りない点、至らない点ばかりをあげつらう。至らない点はそれぞれの政党で補い合えばいいものを、協力するつもりは更々ない。すぐに敵対する。潰しにかかる。まるでガキの喧嘩だ。与党にはせっかく重役を任されたのに、立場もわきまえずに不祥事や汚職を平気でかます奴ばかり。誰に何を任せればきちんと職務を遂行してくれるのか、それすらも分からない始末だ。責任感の欠片もない、人として未熟な輩が多過ぎる、傲った輩が多過ぎる。代替案もない癖に、一丁前に批判だけする奴もいる。そんな事は誰にだってできる。政治家である必要はない。政治家なら政策で勝負しろってんだ。実際どうしたら国が良くなるのかなんて、誰も分かってないんじゃないかな。そう思えるくらいくだらないヤジが多過ぎる。傲った失言が多過ぎる。そんな奴らの潰し合い、足の引っ張り合いで、国が良くなるなんて思えないよ」
「辛辣だな」
「まあ、全員が全員そうとは思わないけどさ、ニュースなんか見てるとそんな印象しか残らないね」
「まあ、確かにな」
「営業は社内でも応用できる。もちろん家庭内だろうが国交の場だろうが、何にだって応用が利くんだ。まずは現状を把握する事、社員の望み、要望、困っている事、悩んでる事、心配事、弱みなどを把握して、社長はできる限りの事をしてやるべきだ。真っ当な親が自分の子供にしてやるように。社長は一流の営業マンだが、社内に対してはそれができない。でもできるはずなんだ。そしてそれが会社の為になるって事が分かっていない。その辺の意識を変えてもらうところから始めないと。そして考えを改めてもらう」




