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【三契約】

 あいつ、何が言いたんだ?

 知るかよ。

 解釈が相変わらず極端だよな。

 テロリズムってそーゆー事?


 月曜日、午後一時、Mは社長を連れて、モデルルームを訪れていた。先日の約束通り、三ヵ所のモデルルームの担当者はそこにいた。主に話をするのは社長だが、担当者はMを気にかけていた。商談中、そのやり取りに耳を傾けながら、ジッと真剣な眼差しを自分に向けてくるMに。

「じゃあお願いします。原稿等のやり取りはMさんと行えばいいのかな?」担当者が笑顔で訊ねる。

「はい、Mがこのまま担当させていただきます、なっ」そう言ってMに同意を求める社長。

「はい、うちの主婦レポーターを連れてまた明日お伺いしますので、よろしくお願いします」Mが担当者に向かって頭を下げる。

 帰り際、見送りに立つ担当者が感心したように口を開く。

「いい新人さんですね。これからが楽しみだ」

 虚を突かれたような顔の社長が、Mの顔を見、担当者の方へ体を向き直して頭を下げる。

「ありがとうございます。こいつはまだまだですが、どうか勉強させてやってください」

 Mも同時に頭を下げ、モデルルームを後にする。


 凄ぇ。三物件一気に契約だってさ。これはデカイよ。

 でも結局取ったのは社長でしょ?Mの手柄じゃない。

 だけど約束すっぽかされて本社まで追いかけて行ったのが効いたみたいだぜ。

 すっぽかされたまま帰ってきてたら契約にはならなかったしな。

 キッカケを作っただけ偉いよ。

 つーか聞いた?あいつ、今まで部長や主任から引き継いだお客さん、一社も逃してないらしいよ。

 どういう事?

 マジで?こんなに反響ないのに、ずっと継続して掲載してもらってるって事?

 そう、五、六物件。ずっと載りっぱなし。

 自分じゃ契約取れないけど、フォローがうまいのかな。

 さあ。

 じゃあこれで八、九物件あいつのお客さんが載るって事か。

 へぇ、凄ぇじゃん。なかなかやるじゃん、あいつ。


 翌日の朝礼、社長が新しい本部長と、その部下だったという坊主頭の新入社員を紹介した。本部長とはもちろん、以前この会社に挨拶に来た、Mが同行させて貰ったかつての社長の商談相手である。

「今日から新しく、営業を強化する目的でこの二人を会社に迎える。今うちの会社に必要なのは絶対的に売上だ。本部長にはその責任者となってもらい、指導を徹底してもらう」

 もう好きにしてくれよ。部長が機能してないのに、今度は本部長かよ。責任者だって、可哀想に、またこの会社の犠牲者が増えたな。

「僕が来たからには絶対に売上を上げてもらいます。ビシビシ指導していきますのでよろしく」本部長が挨拶を述べる。

 誰を連れてきても一緒だって。この会社、変えられるものなら変えてくれよ。


 夜、Mはポスティング事業のデータをまとめていた。エリア分けをし、どのエリアに何部の冊子を配るのかを決定し、ポスティングをするパートを募集し、雇い、各エリアの担当を決め、実際にポスティングしてもらうところまで事業は進んでいた。今は実際にポスティングをしている各担当に、担当エリアのどこにどんな建物があるのか―主に賃貸マンション、アパート、古い一軒家など、冊子を撒いて反響のありそうな物件―を調査してもらい、そのデータを収集している。そのデータを基に、そのエリアに配る部数を細かく調整していく予定となっている。

 今日は珍しく社長がオフィスにいる。いつもなら接待やら何やらでとっくにオフィスにはいない時間だ。調べ物をしているらしく、机の後ろの棚から本を引っ張り出したり、パソコンを操作したりしている。

 制作部屋から、また言い争う声が聞こえる。同期社員の大きな声がする。Mは慣れっこになっているので気にはならないが、社長はそんなにオフィスにいない為、この光景は珍しいはずだ。Mは横目で社長の様子を窺っていた。その声は社長の耳にも届いているはず。しかし、社長はまったく気にする事なく調べ物にいそしんでいる。集中のあまり聞こえないのか。いや、そんなはずはない。やはり社長は知っている。この会社の有様を。社員の不仲を。オフィス全体の不協和音を。知っていて、見ぬ振りをしている。その原因を作っているのは明らかに社長だ。社長の無責任ともいえる膨大な量の仕事の丸投げ。信頼して任せていると言えば聞こえはいいが、だったらこの不協和音を、見て見ぬ振りはできないはずだ。

 Mがそんな事を考えていると、同期社員が制作部屋から飛び出してきた。そして社長を見付けるなり、突っかかっていく。

「社長!何とかしてくださいよ!」

 その声の大きさに、ビックリしたように顔を上げる社長。

「俺の企画、まったく進まないんですけど」

「お前の企画?何だっけ」

「は?社長に許可もらって進めてるやつですけど。自分の会社の企画も分からないんですか?」ムッとした様子の同期。

「ああ、悪い悪い。あれだよな、地元のプロサッカーチームの特集だったよな」

「そうですよ。取材も終わってるし、掲載する事も伝えてあるし、なのに制作が動けないから全然進まないんですよ」

「やらせろよ、制作に。そんなに忙しいのか?制作」

「忙しいに決まってるじゃないですか!この会社の状況分かってないの?あんた社長でしょ?」ついにタメ口になり、喰って掛かる同期社員。

「どう考えても人が足りないんだよ!仕事ばっか増えて人が増えないし、隔月発行だったものを、勝手に毎月発行に変えちゃうし、みんなもうパンパンですよ!」

「分かってるよ。知ってるけどさぁ、そこをみんなで乗り越えないと」

 同期の勢いに気圧されたのか、へらへら笑いながらなだめにかかる社長。

「無理ですよ。もう無理!絶対みんな持ちませんよ。体調悪いのに無理して働いてる奴だっているし、休めるような状況じゃないし、これで誰か倒れたら本当に会社終わりますからね」

「そこを何とかさぁ」

「何とかって何?何ともならないって」

「俺だって散々痛い目見てきてるんだよ」

「意味が分からない」

「仕事なんてみんな無理してるんだよ」

「してるよみんな。でも限度ってものがあるでしょ?社員の事何だと思ってんの?あんた社長でしょ?」

「今に楽させてやるからさぁ」

「今にって、いつ?そもそも体制に無理があるんだよ。みんな色んな仕事抱え過ぎてひとつの仕事に集中できないし」

「最初はな。ベンチャー企業なんてそんなもんだよ」

「そんなもんだよ、で終わらせる気かよ。また本部長とか得体の知れない人連れてきて、営業増やすのはいいけど、このままじゃ誰も居付かないよ?人雇ったってすぐに辞めていくし、制作とかも増やさないと、もう仕事回らないよ」

「売上が立たないと、簡単に制作なんか増やせないよ」

「いつ立つんだよ、売上。その前にみんな潰れちゃうよ。そしたら会社も潰れるからね」

「分かってるよ、そんな事は」

「分かってないよ。Mッチーだって可哀想だ」

 突然自分の名前が出てきて驚くMに目をやり、捲し立てる同期社員。

「ポスティング事業とか、営業の片手間でできるような仕事じゃないでしょ。毎晩夜中まで仕事して、頑張ってるのに評価もされない」

 困った顔をしてMに目をやる社長。

「評価ったって、営業の評価は売上だからなぁ。営業は結果が全てだ」

「この間三件取ってきたじゃん」

「あれは俺が取ったんだよ」

「でもMッチーがいなけりゃ取れなかったでしょ?きっかけ作ったのはMッチーなんだから」

「それはそうだけど」

「じゃあ営業に専念させましょうよ。こんな環境で売上あげろって」

「分かったよ。落ち着けよ」必死になだめる社長。

「分かったって、何が分かったんですか」

「いいから落ち着けって」

「絶対分かってないよ。もういいよ」そう言いながらふて腐れた顔をしてMの横を通り、Mの顔を見る事もなく再び制作部屋へと入っていく同期。参ったな、社長はそんな顔をして頭をポリポリと掻いている。

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