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【プレッシャー】

 営業なんだから提案するのは当たり前だろ。

 何が人間学だよ。社長の言う事真に受けるなよな。

 生き急ぐとか、死に急ぐとか、誰の事?

 社長と、この会社の事じゃない?

 ヤバイっていうのもうちの会社だ。

 国とか世界とか、大げさなんだよ、言ってる事が。

 言う事だけはでけぇからな。何もできないくせに。


 昼間、Mが商談からオフィスに戻ると、以前Mを舐め腐った態度で見下した二十歳の社員がマスク姿で仕事をしていた。ゴホゴホと咳き込みながら瓦版の原稿を眺めている。朝からずっと体調が悪そうだったのをMは思い出した。原稿を持ってMの横を通る際、「帰った方がいいんじゃないの?」と声を掛ける。

「そんな雰囲気じゃないですよ…」小声で答える二十歳の社員。周りの雰囲気を窺っている。

 確かに、Mはそう思った。ただでさえ人手不足の上に、仕事は山ほど増えていくこの会社において、体調を崩すというのは命取り。誰か一人でも仕事を怠れば、即出版物の廃刊に繋がりかねない。そんな状況の中で、他人の体調を気遣ってる余裕は誰にもない事をMは知っていた。

「熱はないの?」

「あります」

「じゃあ帰りなよ」

「帰れないですよ…、そんな雰囲気じゃないですもん…」か細い声でそう答える二十歳の社員。Mとその社員の会話に耳を傾ける他の社員たちの視線が痛い。

 何風邪なんかひいてんだよ。締切り近いのに何考えてんの?体調管理がなってねぇんだよ。菌をまき散らしやがって、ホント迷惑だよ。そんな声が聞こえてきそうだ。

「制作部屋行ってきます」そう言って立ち去る二十歳の社員を、無言で見送るM。風邪よりも、精神的なプレッシャーの方が辛そうだ、そんな事を思いながら。


 夜、Mはさすがにいつもより早く帰宅した二十歳の社員に電話をかけた。明日休むように言う為だ。

「いや、休めないですよ…」弱々しい二十歳の社員の声が、受話器越しに聞こえる。

「体調悪い時は休んだ方がいいよ」

「そんな雰囲気じゃないですもん…」

「言い出せないなら、俺が明日言っておくから大丈夫だよ」

「でも…」

「仕事より体の方が大事だし、周りに伝染(うつ)しちゃっても大変だし」

「それはそうですけど…」

「休んじゃえばいいんだよ。仕事で体壊すなんてバカげてるよ」

「そう言ってくれるのはMさんだけですよ」

「誰も言ってくれないからね。ホントは言いたいんだろうけど」

「プレッシャーに耐えられないですよ…ホント」

「投げ出しちゃえばいいんだよ、そんなもん。潰れたら潰れたでそれに対応できない会社が悪い。会社の為に自分が潰れるなんてバカバカし過ぎて話にならないよ。俺が言っておくから、明日は休んじゃいなね」

「はい。すみません、ありがとうございます」


 あいつ、何勝手な事言ってんの?

 何の権限で休ませてんの?

 何様のつもり?


 翌朝の朝礼で、Mは年下の社員の病欠を告げた。

「休むってMさんに電話があったんですか?」と主任が訊ねる。

「いや、電話があったというか…」

「電話したんだよね?Mっちゃんの方から」と編集課の女性課長。

「ま、まあ…」

「いつ電話したんですか?昨日の夜ですか?」と主任。

「はい、そうです」

「自分から休むって言ったんですか?それともMさんが休むように言ったんですか?」

 そのやり取りに違和感を覚えるヤッさん。まるでMが昨日の夜に電話して、Mから休むように言った事を初めから知っているかのようなやり取りだ。

「まあいいよ。休みたいなら休ませとけば」と社長が割って入る。「締切り、大丈夫だろ?」

 静まり返るオフィス。知らねぇよ。大丈夫じゃなかったらどいつのせいだ?そんな声が聞こえてきそうな雰囲気だ。

「まあ何とかなるだろ」と部長。

 何とかなるじゃねぇよ。お前何もしてねぇし、何もできねぇだろ。無責任な事言ってんじゃねぇよ。お前が何とかしろよな。

「M、今日は午後から俺の同行な。お前に粘りの営業見せてやる」Mに向かってそう宣言する社長。

「頼みますよ社長。ホントにページ、足りてないんで」と主任が懇願する。

「よろしくお願いします」と頭を下げるM。

「今度はすっぽかすなよ」と社長。

「はい、すみません」と頭を掻き、かしこまるM。粘りの営業って、何だ。そんな事を思いながら。


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