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【人生の背景】

 戦闘集団て何?

 もはや意味が分からねぇよ。

 最強って何だよ。くだらねぇ。

 ひょっとして私たちの士気を高める為に書いた歌詞なんじゃないの?

 嘘でしょ?小学生でももっとマシな歌詞書くよ。

 下らなさ過ぎ。低レベル過ぎ。

 戦場って何?戦場ってどこ?

 ホームページ使って何がやりてぇんだよ。

 遊んでんじゃねぇよなホント。

 何が義務と責任だよ。お前が言ってんじゃねぇよ。

 何一つ果たしてねぇくせにな。足手まといが。

 何?人類は、て。

 バカなんじゃないの?


 社長の言葉に、オフィス全体がざわついていた。社長の隣に、長身で強面の男が立っている。

「この人はな、ヤッさん、四十一歳だ。最近まで暴力団で働いていた。真面目にやり直したいというから、うちで営業をやってもらう事にした。まあよろしく頼むよ」

 白けた空気がオフィスを包む。あからさまに顔をしかめる者もいる。

 またかよ。何考えて人を採用しているんだ。そんな声が聞こえてきそうだ。

「まあ一つよろしくお願いします」

 ヤッさんと紹介された男が、深々と頭を下げた。Mは頭を下げ返し、歓迎の意を表した。儀礼的に頭を下げる者、そっぽを向いてシカトを決め込む者、社員の反応はそれぞれだ。


 オフィスの外に設置された灰皿に、社員たちが群がっている。特に会話もなく、ただ煙草をふかしている。それ以外に目的はない、とでも言いたげだ。和気あいあいといった雰囲気からは程遠い。

「どうも」そう声を掛けてやってきたのはヤッさんだ。胸ポケットから煙草を取り出し、口に咥える。煙草を灰皿で揉み消し、小さく一礼して立ち去る社員を皮切りに、皆無言でオフィスへと戻っていく。残されたのはMと闇医、そしてヤッさんの三人だ。

「どうも歓迎されていない雰囲気だね」ヤッさんが自嘲気味に笑う。「まあ、暴力団なんて聞いて歓迎してくれる会社も珍しいか」

「この会社で歓迎された新人を、僕は知りませんよ」闇医が答える。

「そうなのかい?」

「そうですよ。誰彼構わず社長が採用しちゃうものだから、入ってくる新人を誰も信用しないのです。今まで何人の新人が採用されて、何人の人間が辞めていった事か。その中で本当に会社にとって戦力となった人間なんか、ほとんどいませんからね。古くからいる社員はもうみんなうんざりしているんです」

「なるほど。俺がヤクザだからってワケでもないんだな」

 うんうんと頷きながら、ヤッさんを見つめていたMが口を開く。「うちは教育通信社だから誰でも面倒見ちゃうんだ。社長は面倒見が良過ぎるから誰でも採用しちゃう。俺も精神分裂してるしね」そう言い放ち、右手の親指で自分を差す。吸っていた煙草を灰皿に投げ入れ、もう一本の煙草に火を付けるM。

「おお、ひょっとしてあんたがMか?社長から話は聞いてるぜ。自ら精神に異常をきたしていると言って憚らない若造で、世界平和を唱えるおかしな奴がいるってな」

「ふふふ」大きく煙を吸い込み、吐き出しながら、不敵な笑い声を漏らすM。そしてヤッさんに訊ねる。

「うちの社長、さすがは教育の看板を掲げる企業の社長だとは思わないかい?」

 タメ口だ。それに構うことなくヤッさんが訊ね返す。

「どういう事だ?」

「普通、精神を病んでる奴だのヤクザだの、会社は雇っちゃくれないって事さ。もっとまともな人間を欲しがるし、もっとまともな人間を採用する。狙うとしたら、もっとまともな経験を積んできた、できれば即戦力になる人間だ」

「なるほどね」さほど関心はなさそうに煙草をふかすヤッさん。

「まったく馬鹿げてるよね」と、咥え煙草で言い放つM。

「馬鹿げてる?何がだ?」ヤッさんが疑問を投げかける。

「それで世間はどの業界も人手不足だと嘆いているんだ。それを馬鹿げてると俺は言っている」

「どういう事だ?」

「即戦力や仕事ができる人間を求めても、そんな人間はそもそも転職しない。なかなか他へは移らない。もう既に活躍の場があって、自分の居場所があるんだからな。よっぽどの事がない限り他の場所へは移らない。転職を繰り返すのは、活躍の場がない人間、自分の居場所がない人間、要はいきなり戦力になるなんて事はほぼほぼ考えられない人間が大半だ。即戦力なんて求めていたら、いつまで経っても人手不足は解消できない」

 少し考えて、得心顔をするヤッさん。「なるほど、確かにな。でも使えない人間ばかり増やしてもしょうがねぇしな、どうすりゃいいんだ?」と疑問を口にする。即座に答えるM。

「狙うとしたら、精神病んでようが、ヤクザやってようが、そんな事は関係ない。俺やヤッさんのように、やる気のある奴、覚悟のある奴を狙うべきだ」

「覚悟のある奴?」眉間にしわを寄せるヤッさん。

「ヤッさんも言われたろ?最初に。この会社に入ったら休みが取れると思うなよ、って」

 少し考えて頷くヤッさん。

「ああ、言われたな」

「それで入ってくる奴はやる気のある奴だ。仕事に対して覚悟のある奴だ。休みなんかなくても構わないっていうんだからな。そーゆー奴は伸びる」

「ふ~ん、そんなもんかね」

「そんなもんだ。精神病んでようが、ヤクザだろうが、浮浪者だろうが、引き篭もりだろうがニートだろうが、覚悟があるなら全員採用してやりゃあいいんだ。大切なのは覚悟だ。覚悟があれば人間大抵の事には耐えられる、乗り越えられる。と思う。いい大学を出てたって、どんなに頭が良くたって、甘え腐ってる奴、仕事に対して覚悟のない奴はダメさ。伸びる要素がない。嫌な事があったらすぐに逃げ出すのがオチだ。やる気と覚悟、特に覚悟だな、そいつを持ってる人間を片っ端から採用してやればいい。そしてそいつを戦力として育ててやりゃあいいんだ。初めは大した戦力にはならないかも知れない。でも途中で辞められたり、いつまで経っても仕事を覚えない奴よりよっぽどマシだ。いきなり即戦力になれる人間なんてそうそう見つかるわけがない。そんな事すら分からない贅沢な会社が多過ぎる。うちのように、覚悟があればどんな奴でも採用しちゃうような度量の大きな会社が世の中に増えれば、人手不足なんてものはすぐに解決に向かうんじゃないかと俺は思うね」確信めいた言い方をするMに、ヤッさんの顔が少し綻ぶ。

「ははっ、なるほどな。でも仕事に対して覚悟のある奴が世の中に何人いるかが問題だよな」

「たくさんいるさ。引き籠もりだニートだ浮浪者だ、今働いてない人間が世の中に何人いると思ってるんだ。みんな働きたいさ。誰だって心の奥底では社会との繋がりを求めている、と思う。ただ怖いんだ。自分には何もできないと思っている人間もいる、自分を受け入れてもらえないんじゃないかと思っている人間もいる。完全に自信を失ってるんだ。そんな人間が社会に出ようなんて、相当な覚悟のいる事だ。覚悟がなければできる事じゃない。俺もそうだったし。でもそれは彼らだけの問題じゃない。受け入れる側の問題でもある。まずはチャンスを与えてやる事が大切なんだ。その覚悟を、大きな度量を持って、受け入れてやる事が大切なんだ。その土壌を作ってやる事が大切なんだ」

「へぇ。そんなもんかね。でもそいつらが全員面接にきたとして、そいつにホントに覚悟があるかどうかは、どうやって見分けりゃいいんだい?仕事に対する覚悟とやらが」

「そんなのは簡単だ。初めに厳しい事を言ってやればいい。うちは休み取れないよ、とか、残業だらけだよ、とか、こういう厳しい仕事だよ、て事を最初にちゃんと説明してやるんだ。それでもやりたいって奴は覚悟がある。採用してやりゃあいい。その上で仕事の面白み、楽しさを教えてやりゃあいいんだ。甘い事は一切言わない。甘い仕事なんてあるわけないからな。それを最初に甘い事言っておいて、入ってから厳しさや理不尽さに直面させるなんて企業も多いからな。だからみんなすぐに辞めていくんだ。聞いてた話と違います、なんつって、甘い仕事があるワケねぇだろ。どっちもバカだ」

「なるほど、なかなかその通りかもしれないが、でも最初に厳しい事を言ったら、誰も入ってこなくなるんじゃないのか?」

「入ってきたじゃないか。俺も、ヤッさんも」

「まあ、確かにそうだが」

「選ばなければ仕事なんていくらでもある。選ばなければ人材なんていくらでもいる。その中でお互いが何を見出すかってのが重要であって、贅沢なんて言ってたらキリがない。働く側も採用する側も贅沢なんだよ」

「ふむ…、言われてみればその通りのような気もしてきたが…」

 自分の話に納得しかけたヤッさんのその言葉に気分を良くしたのか、Mが言葉を続ける。

「俺はヤッさんを歓迎するよ」

 虚を突かれたような顔をするヤッさん。

「へぇ…、そいつは…、ありがとうよ」

「俺の初めての後輩だしね」そう口にするMの顔はどこか嬉しそうだ。

「そうか。後輩か。俺はてっきり誰からも受け入れてもらえないんじゃないかと思ったが。まさか社長が朝礼でいきなり俺の前歴を語るとは思ってもみなかったしな」

「人は皆、自分を基準に物事を考えがちだから。社長は自分が当然のようにヤッさんを受け入れられるから、誰だって受け入れられるだろうと思ってヤッさんがヤクザだった事をみんなに話したんじゃないかな」

「そうかな。何も考えてないだけのような気もしなくもないが」

「俺は受け入れるよ。せっかく真面目に働こうと思って入ってきたのに、ヤクザだったという理由だけで受け入れられないなんて、偏見もいいとこだからな」

「お前は俺がヤクザだったと聞いて何も思わないのかい?」

「だって真面目にやり直したいんでしょ?ヤクザになったのだってそれなりの理由があるはずだ。きっと辛い過去もあったと思う。俺はその人の人生の背景を想像もしないで人を差別するのは偏見だと思っている。偏見こそ受け入れがたいよ」

「人生の背景?何だい、そりゃ」

「その人の背景だよ。暗い人生を送っている人には暗い人生を送っている人なりの、暴力的な人生を送っている人には暴力的な人生を送っている人なりの理由がある。その理由みたいなものが、背景だ。その背景が納得のいくものであれば、その人が暗い事に対して理解もできる。暴力的な事に対して理解もできる。背景が分からないのに、その人を理解しようともしないのは偏見だと言っているんだ。暗い人生を歩んでいる人にも、暴力的な人生を歩んできている人にも、それなりの理由があるはずなんだ。その人を理解する為には、まずはその背景を想像する事が大切だと俺は思う」

「ほお、なるほどね」感心したように息を吐くヤッさん。興味深そうにMに訊ねる。

「それで、お前は俺の人生にはどんな背景があると思ったんだ?」

「さあ、それは分からないよ」

「分からないのかよ!」ツッコミを入れるヤッさん。

「うん、想像ったって限度があるからね」あっさりとそう言ってのけるM。

「何だそりゃ、分かりもしないのに受け入れるのか?」

「うん、知らない事や分からない事を否定して拒絶するなんて、それこそ偏見の極みだからね」当たり前のようにそう口にするMに、「変わってるな、お前。言ってる事がよく分からん」と言って肩を竦めるヤッさん。

「ヤッさん、俺が営業になって真っ先に教わった事はね」Mの口調が改まる。「相手の立場に立って物事を考えろ、という事だ。だから、ヤッさんの立場に立って物事を考えた時、受け入れてやるのがヤッさんにとって一番だと思うし、社員の立場に立って物事を考えた時、精神異常者やヤクザを受け入れられないと思うのも仕方のない事だと思う。そして社長の立場に立って物事を考えた時、教育通信社としてそんな俺やヤッさんにチャンスを与えてやるのは当然の判断だと思う」

「当然の判断?」

「そうさ。何しろ教育通信社だからね。働きたい奴は全員働かせてやる!人生をやり直したいなら全員面倒を見てやる!頑張る奴は大歓迎だ!頑張っていれば結果なんぞ後から付いてくる!その代わり、甘え腐ったらぶちのめす!人生も仕事も甘くない。が、楽しんでやれ!楽しくなけりゃ仕事じゃねぇ!全力でやれ!それが成功する為の一番の近道だ!思う存分、やってやってやりまくれ!てね」胸を張り、そう高らかに宣言するM。

「社長が言ったのか?」

「言ってない。ただ社長の立場に立って物事を考えた時、俺が社長ならそう言うだろうなと思ってさ」

 きょとんとするヤッさん。

「俺が社長ならって、相手の立場に立って物事を考えるって、そういう事か?」

「よく分からないけどさ、社長っていうのはそういうものなんじゃないかな、と思って」そう言いながら灰皿で煙草を揉み消すM。

「ふっ。変わってるな、お前。言ってる事がよく分からん。社長の立場に立って考えたというより、勝手に社長になって考えちゃった、て感じだ」呆れ顔のヤッさん。が、その顔に嫌悪の色はない。そしてMも楽しげだ。ヤッさんと話をしている時、何だかMは生き生きとしているように見える。オドオドとした感じがない。緊張した様子もない。臆する事なく自分の意見を述べている。とてもリラックスしているように感じられる。こんなMを見るのは初めてだ。いつものMじゃないみたいだ。それとも、これが本当のMなのだろうか。精神が分裂している、もしそれが本当だとしたら、それは一体、どういう事なのだろうか。二人の会話を聞きながら、闇医はそんな事を思っていた。

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