【喧嘩】
あいつ絶対世の中舐めてるよ。
常識を扱ってないって、会社バカにしてるだろあいつ。
爆笑してんじゃねぇよ。
突然オフィスに怒鳴り声が上がる。
「絶対に無理です!やめさせてください!私は絶対にやりませんからね!」
Mとは別の雑誌を取り扱っている編集課の女性課長だ。机をバンッと叩き、オフィスの外へ飛び出していく。取り残された部長が苦笑いを浮かべて首を傾げている。それを見ていた社員たちは全員我関せず、知らんぷりだ。どうやらまた社長が新しい企画を立ち上げ、それを部長が編集課の女性課長に進めるよう持ち掛けたらしい、という事はMにも分かった。この会社は仕事量の割に人が少ない。テレアポや、雑誌の記事を書くパートの主婦レポーターを含めても全部で二十人足らずだ。それで三つの媒体を発行し、チラシや瓦版まで手掛けている。みんな本当に忙しく、お陰でオフィス内はいつもピリピリムードだ。他人に構っている暇はない。他人の仕事に興味もない。他人が何をやってようが関係ない。協力し合おうなんて気は更々ない。一人一人にかかる負担が大き過ぎて、自分の事で手一杯、いつも喧嘩ばかりだ。当然これ以上の仕事なんて誰も抱えたくないだろうし、出来損ないの自分を、時間をかけて育てている余裕もない、という事をMは理解していた。
「社長に俺が怒られちゃうな」誰にともなく、そう呟く部長の声が耳に入る。自分に力があったなら、仕事をこなせる能力があったなら、自分が引き受けるのに。
と、再び怒鳴り声が響く。
「何であなたはいつもそうなの!家で待ってなさい!学校に行きたくないんでしょ?だったら家に居ればいいじゃないの!お母さんは仕事してるの!いつまでも甘えないで!」そう言って受話器を叩きつけるようにして電話を切る編集長。この会社に入ってから毎日のように見かける光景だ。中学生になる編集長の娘さんが登校拒否らしい。しかし、仕事が忙し過ぎて構っていられない編集長は、娘さんからの電話にいつも怒鳴り声で対応する。冷たく突き放す。編集長の作る雑誌、つまりMが営業として取り扱っているタウン誌は、素人目に見てもかなりオシャレだと思えた。使われる写真や色合い、載っている広告も、どこか煌びやかな感じがする。うちの会社はお金がない。だから綺麗な写真を撮るにしても工夫が必要だ。その辺にあるもの、転がっているものを被写体に使い、セロハンを通した電球等で光を当てて綺麗に見せる。それを写真に収めて表紙や空いたページのスペースに載せる。そんな貧乏くさい写真が、雑誌に載るととても華やかで美しいものに感じられる。編集長の工夫一つで。仕事のできる人だとMは思う。この会社には仕事のできる人が多い。でもその誰もが孤立している。孤軍奮闘している。どこか苦しんでいる。Mにはそう思えた。しかし、その誰もが戦っている。それもMの抱いた感想だった。




