【プロローグ】
ただ独り、安普請のアパートの一室で精神の異常に見舞われた彼は、なぜ、自分はこんな状態に陥ってしまったのだろうか、と疑問を感じた。一体いつから、僕はこんな風になってしまったのだろう。一体いつから、僕は常に得体の知れない不安を抱え、疲れた心は癒やされる事もなく、その心を反映するかのように重い身体を引き摺りながら、回復の兆しも見えぬまま、人と触れ合う事にさえ恐怖を覚え、安堵という心境とは程遠い、孤独で荒んだ日々を送っているのだろう。
その昔、確かにあったはずだ。意識する事なく自分は正常だったと思える日々が。不安に恐れを抱く事もなく、当たり前のように人と接し、屈託なく笑えた過去が。その状態を正常と呼ぶなら、今の僕は間違いなく異常だ。
一体いつから、どのようにして僕はこんな状態に陥ってしまったのだろうか。
鍵を握るのは、過去、そして、現在に至るまでの、その過程だ。そう思った彼は、苦しむ己の精神と戦いながら、何かに取り憑かれたように、自らの過去と対峙していく。自分に起きた事の全てを、自分の心の変化の全てを、その変化の原因の全てを分析しながら、自らの心の闇に入り込んでいた。
人として生まれ、家族に属し、組織に属し、地域に属し、社会へ出ても、僕は何も変わらない。この有様だ。親と接し、大人と接し、友と接し、異性と接し、見知らぬ人々との関わり合いの中で、僕は人として、まったく機能していない。成長できていない。なぜ、こんな事が起こり得るのだろうか。僕がこの社会で、一体何の役に立っているというのか。何に機能しているというのか。本当の意味で僕を必要としてくれる人間が、この世の中に何人いるだろう。皆無だ。僕の存在価値は一体どこにあるというのか。生きる事の意味は、一体どこにあるのだろう。この世は人が支配している。そんな世の中で、僕は一体何に支配されているのだろうか。僕のような人間が、この世の中には一体何人いるのだろう。僕のような人間が成長する為には、機能する為には、一体何が必要なのだろう。そんな考えを巡らせながら、自らの世界に没頭していた。
そしてやがてその考えが、外の世界へと投影される。
この世は人に支配されている。家族だろうが、組織だろうが、地域だろうが、社会だろうが、国だろうが、世界だろうが、全てのコミュニティは人で構成されている。だとしたら、もし、その構成員である人々が、全員成長したならば、一体どうなるだろう。親や、大人や、友や、異性や、見知らぬ人々との関わり合いの中で、その誰もが成長できたなら、一体世の中はどう変わってゆくだろう。
嫌でも、世界中が成長する事になる。
その誰もが、それぞれの立場において、人間的、能力的に成長し、仕事をこなし、役割をこなし、任務をこなし、経済的な面だけではなく、心まで、あらゆる面で豊かになれたとしたら、一体どうなるだろう。
例えば、イジメという問題がある。イジメには当然イジメる側の人間とイジメられる側の人間がいる。でもこの問題はその両者だけの問題ではない。そのイジメを傍観する人、無関係を装う人、同情しながらも何もできない人、面白がって囃し立てる人もいる。
相手の気持ちを一切考えない人間、当事者意識が欠落している人間、勇気がなくて立ち向かえない人間、人の気持ちを汲み取る想像力のない人間、そこには色んな人間が介在する。そしてそこには、あらゆる成長の余地がある。そこに関わる全ての人間が、相手の気持ちを考え、想像し、勇気を振り絞り、当事者意識を持って事に当たれば、その問題は、解決に向かう。
人が成長するっていうのはそういう事だ。これはイジメの問題だけに言える事ではない。あらゆる問題が、人々の人間的成長、能力的成長によって解決に向かう事を示している。
あらゆる人間が成長する。それは一体どういう事だろう。人間的に、能力的に、精神的に、社会的に、経済的に、この世の中の誰もが自立し、成長していく。もしそうなったなら、世の中は一体どう変わってゆくだろう。
イジメ、虐待、自殺、犯罪、紛争、原爆、戦争、テロ。
あらゆる問題を、あらゆる人間が成長する事で解決し、治めていく。もしそれが可能となれば、世界に平和が訪れる事も夢ではない。
でも、人はどうすれば成長できるのだろう。どうやって、人は成長していくのだろう。誰にだって成長の余地はあるはずだ。完璧な人間なんていないのだから。でも、どのようにして人は成長できるのだろうか。人の気持ちが分からない人間が多過ぎる。人の痛みが分からない人間が多過ぎる。何も産み出さない、未熟で不毛な人間が多過ぎる。僕が、そうだ。こんな僕でも、成長できるのだろうか。成長の余地はあるのだろうか。いや、こんな僕だからこそ、成長する余地はいくらでもあるような気がする。
彼は自らの内面の世界と現実の世界とを重ね合わせた。自らの経験と、その可能性。全人類の経験と、その、ポテンシャル。苦悩の中で、頭が一瞬凍り付いたかのような錯覚を起こした瞬間描かれた世界の図式、関わる全てのメカニズム。観得た!世界平和への道。
こりゃあいいや!と悦に入り、自己満足。思い立ったが吉日。さっそく実践に移してみたくなった彼は、喰い繋ぐ為だけに勤めていた、今ある仕事を直ちに投げ出し、思い切ってベンチャー企業に就職したのである。二十六歳の冬だった。
成長する事の喜びを味わいたい、成長する事の素晴らしさを伝えたい、成長する先の未来を伝えたい、生きるという事がどういう事なのか、その全てを伝えたい、その一心で。
世界に平和が訪れるまでの間に、会社を一つ大きく発展させるなんて、案外簡単な事なんじゃねぇか、と舐め腐り、彼が就職した先の名は「W教育通信社」、そして彼の名は「M」。
これはかつて机上の空論で世界平和への道筋を導き出し、その実現の為、そして自身の夢を叶える為に奮闘努力した、ある精神分裂者の思想である。
そこでは誰もが自由意志で行動し、支配もなければ強制もない、病もなければ犯罪もない、戦争も、テロも、暴力も存在しない夢のような精神世界であった。




