もう一度あそぼう。次はあなたが起きてから
運命の日は、それが終わりの年じゃなくても。ときどき不思議なことが起きた。
「、ぅ」
「熱、下がりませんね」
「んー、解熱剤も効かないね」
私たちの誰かが、体調を崩したり、下手したら死んでいたんじゃないかというようなけがをしたり。結局はそのまま治るから、それが何度か続けば、またこれを越えたらいつも通り過ごせますね、と言えるのだけれど。
「……」
心配は、心配で。
今回それはクリスティアで。下がらない熱に、三人でベッドの周りで様子を見る。
隣のリアスはずっとクリスティアの手を握っていました。
「……ぬるいな」
「いつもは冷たいのに」
小さくこぼせば、こくり、頷く。
クリスティアも心配だけれど、それを見ているリアスも精神状態は良くないでしょう。いつもなら決してしないけれど、自然と手は彼の背に行って。ゆっくりと、落ち着くように撫でた。
「槍でも降るのか?」
「それだけ冗談が言えれば大丈夫ですね」
それがただ、気丈にふるまっているだけと知っていながらも、茶化して。
「とりあえず運命の日まで、誰かしらずっと見てるようにしよっか」
「そうですわね」
兄の提案に頷いて、リアスを見た。彼はほんの少し不服そう。
「俺が見ているが」
「基本はそうだけど。お前だって睡眠とらないと下手したら倒れるでしょ。だから寝るの交代で」
「……」
「クリスが起きたときに万全な状態で迎えましょうよ」
ね、と言えば。
珍しく聞き分けよく、リアスは頷きました。それに、内心ほっとして。
「ひとまずカリナからね」
「ではお言葉に甘えて。お先に失礼しますわ」
こういうときに一番にしてくれる兄にお礼を言って、夜も完全に更けてしまった時間。最初に眠らせてもらおうと、今は使われていないクリスティアの部屋へと向かった。
♦
「そんでねー」
「はいな」
気が付いたら、そこは真っ白な空間でした。
けれど違和感が不思議となくて。
あぁ、ここは――。
セイレン様の間ですかと。自然と納得できた。
彼が用意する部屋はいつだって真っ白で。基本は一人になるけれど、たまにほかのところにあそびに行かせてもらうこともあったから。
そうか、と。
今回は、もう死んでいて。今は天界で、生まれ変わるのを待っているのかと。そう、腑に落ちた。
だから。
「リアスがね」
「ふふっ、またあの男があなたを怒らせたんですか?」
「だっていじわる言うっ」
目の前の、熱に浮かされていたクリスティアとこうして普通に話しているのも、違和感がなかった。
そういえば、とふと思い出すだけ。
「話の腰を折るようですけれども」
「なーにー」
「夢をね、見ていたんです」
そう、自然にこぼしていた。
「ここで夢って見るんだね」
「長年繰り返していて初めてですわ」
笑って。
「さっきね」
「うん」
「クリスティアが熱に浮かされていた夢を見ていたの」
言えば、彼女はぱちぱちと目をまたたかせて。
「めずらしいね」
「ですねぇ」
熱出すのなんてリアスの方が多いですもんねと、また笑って。
目の前に広げられていたパズルを、また手に取る。
いつの日かプレゼントしたさくらのパズル。
あれ、けれど。
そのパズルって、ここにあったかしら。
「……?」
「カリナ…?」
「いいえ」
疑問に思ったけれど。これはセイレンに頼んで出してもらったものですよね、と。納得して、パズルの端にあたるピースを嵌めていく。
「……」
「…」
私がパズルを再開したら、クリスティアも自然とパズルを手に取って。今度は二人、静かにピースをはめていく。
ぱち、ぱちと。
静かで真っ白な空間では、それがよく響いていた。
「…」
「……」
そうしてしばらく。
「…」
「……これで最後かしら」
「かしらー」
二人で静かにあそんでいたら、パズルに終わりがやってきて。クリスティアに最後のピースをかざして、笑った。
「…はめちゃう?」
「えぇ」
頷いて、ぱちんと最後のピースを嵌めて。
自然と、こぼした。
「もう行かなくちゃ」
体が、自然と立ち上がる。
目の前に広がったのは、ずっとそうしてきたんでしょう。この子とたくさんあそんだ形跡だった。
今のパズルに、ボール、絵本に、なわとびなんていうのもある。お化粧品に、鏡に。スケッチブック、クレヨン。
それを見て。
「最後よ、クリスティア」
「…」
そう告げれば、クリスティアは意を決したように頷いた。
頭の中で、それに疑問なんて感じなかった。
私は、これから。
この子に何度目かわからない別れを告げるのだと。信じて疑わなかった。
それを助長するように、記憶があふれてくる。
私はもう、この人生を終えることを決めていて。
クリスティアが、もう少しだけあそぼうと、泣いてしまったから。
何度も、何度も。引き止められるまま、この子とあそぶ。この天界で。それを、ずっと繰り返してきた。
ひとつあそびを終えれば、「これで最後ね」。そう言って、立ち上がって。
振り向いた先に現れた列車へと歩いていく。今回も同じ。
そう、これで最後。
何度も言い聞かせて、歩き出して。
一度振り向く。
その先には、泣きそうなクリスティアがいた。
いつも着ている黄色いワンピースの裾をぎゅっと握って、何かを言いだしそうにしながら、こらえていて。
それを見るたびに、私も喉がいたくなって、ぐっとこみあげてくるものをこらえる。今までのことがぶわっと頭を駆け巡って、嫌でも胸が苦しくなった。
長い、長い人生だった。
何度も繰り返して、悲しみを味わって。その中にもたくさんの幸せを感じて。
四人で、たくさん歩いたねと。腑に落ちて。
決めた。
この人生を、これで終わりにしようと。
けれど決めた割には、どこかやっぱり寂しくて。
別れを嫌がるクリスティアに、甘えて。
あそぼうと言われたら、「じゃあ次で最後ね」と困ったように笑った。
思い返しながら、一歩、一歩。列車へと歩いていく。
自然と、目からは涙があふれていた。お別れってこんなに悲しいのね。知っていたはずなのに、いざお別れになるとわかると、こんなにも泣いてしまう。
けれど、もうこの四人での人生は、終わりにしようと決めたから。
また一歩、歩いていく。
さらに一歩、踏み出して。
後ろから。一歩、音が聞こえた気がした。
だめよ、と言い聞かせても。何度も見たその顔がぶわっと頭の中をめぐって。立ち止まってしまう。
立ち止まったらだめよ。そう思い込んでも、結局待ってしまう。
ぱたぱた、我慢できなくなってしまった子がやってくるのを。
そうして、少しして、呼ぶの。
「カリナーーっ」
普段は決して出さないくらい、大きな声で私を呼んで。
「行かないでっ…」
しゃがみこんでしまった私に、叫ぶ。
「もう一回、あそぼっ…」
ついには追い付かれてしまったその子に、抱き着かれながら。
「次で、最後にするからっ」
「っ、う」
「もうちょっとだけ、あそぼう?」
ぎゅっとしがみつかれてしまったら、私はあなたをふりほどけないわ。
「クリス」
「あと一回…」
「もうだめよ」
「おねがい」
カリナ、って。泣きながら呼ばないで。
もう何度決心しても、揺らいでしまうから。
「さよなら、するんでしょう?」
「っ、うん」
「何度も何度も、最後って言ったよ」
「うん」
でもね、と。泣きながらクリスティアは私に抱き着く力を強くする。
「あと、一回だけ」
本当に、それで最後にするから。
きっと、またあそび終わったら同じことを言うと思うけれど。
心のどこかでこれを待ってしまっていた私もいるから。
「……仕方ない子ね」
「!」
少し体を離して、見上げる形になった親友に笑う。
「次で最後よ、クリスティア」
そう、言えば。
泣いた目で、彼女は笑って。
私はまた、クリスティアに手を引かれながらあそび場に戻って行った。
♦
「……」
「カリナ」
次に名前を呼んだのは、低い音だった。
「大丈夫? ……交代の時間だけど」
「……交代……」
「寝る時間」
それが兄の声だとわかってきて、彼から紡がれる言葉に、段々と意識がはっきりとする。
「……」
「カリナ? ほんとに大丈夫?」
「……えぇ」
それに、ようやっと”今”が現実だとわかって、ベッドに寝転がりながら腕を額に当てた。
「夢でしたわ」
「なんか見た」
「……人生を、終える夢でした」
「……」
寝返りを打って、しゃがんでいたらしい兄と目が合った。
「四人で、人生を終えると決めたんです」
「うん」
「それでね、クリスティアが、もうちょっとあそぼうって」
「ふはっ、クリスらしい」
でしょう? それに笑って。
「不思議と、夢な感じがしなかったんです。もう、この人生を終えることは当然だと思っていて。ずっと、クリスティアに付き合って、人生を終えるのを先延ばしにしていました」
「……」
「一度あそんだら、これで終わりねって立ち上がって」
そうして泣きながら名前を呼ばれて。
「もうちょっとあそぼう、って、何度も繰り返すの」
それがどこか嬉しくて、けれどそのクリスティアが、どこか切なくて。自然と涙があふれていた。
「私はそれに甘えて、次で最後ねって言いながら何度も付き合うの」
「……うん」
「妙に現実味を帯びていた夢だったわ」
決してそんなことしないのにね。
涙をぬぐってくれる兄に笑って言えば。
兄は優しく笑って。
「そうだね」
兄も、この人生を終える気はないと知り、ほっと息をつく。
「もう少し寝とく?」
その言葉には、首を横に振った。
「今は、あの子の顔が見たいです」
起き上がって、言えば。
「いっておいで」
手を引かれて、ベッドから立ち上がり。
入れ替わるようにしてベッドへと寝転がった兄に振り向いて。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
ずっと働きづめの兄に、そう言ってから。私は部屋を出た。
『もう一度あそぼう。次はあなたが起きてから』/カリナ




