魔力付与
「分かっておるなエリー? 人間の血が流れとるお主は我が里にとって忌まわしき存在。2度とこの地へ足を踏み入れることは許さん。よいな?」
「……はい」
「フン、さっさと行け!」
「…………」
エリーが視界から消えると、清々したと言わんばかりにエルフたちが口を開く。
「やっと消えたか、我々エルフの面汚しめ」
「面汚しは母親も同じだろう。穢らわしい人間に誑かされた愚か者さ」
「しかし良かったのですか長老? ここで始末したところで誰も文句は言いませんよ」
「…………」
「そうです、今からでも追いかけて息の根を」
「……よい。半分とは言えエルフの血を得た者を手に掛けるのは気が引ける。それに奴は……エリーは魔力こそ有れど魔法を使えぬ不肖者。里を出たところで長くは生きれん。汚ならしい人間に捕まって見せ物になるのがオチだろう。さぁ、戻るぞ」
長老の言葉に頷き、エルフたちは里へと引き返して行った。
★★★★★
私はエリー。人間の父とエルフの母から生まれたハーフエルフ。1度は里を捨て人間たちの街で暮らしてたけれど魔物に父が殺されてしまったため、身の安全も考慮して母と共に里へ帰る決断をした。
けれど里の反応は冷ややかだった。1度は里を捨てたのだから当然と言えば当然。それにエルフは人間を――いや、人間だけじゃなく獣人やドワーフをも嫌う種族。人間の血が流れている私は、さぞ忌々しかったに違いない。
だから予想はしていた。母が亡くなったら追い出されるだろうという事は。でも……
「お、お姉ちゃん……」
「グスッ……うぅ……」
「大丈夫。私がついてるから」
どのくらいの日数が経っただろうか。里を出てからしばらく、私の傍らには2人の子供がいる。見知らぬ他人。だけど人の群とはぐれたという意味では私と似たような境遇かもしれない。ある1つを除いて……
「父ちゃん母ちゃん、心配してるかな……」
「そう……だね」
「早く、早く会いたいよぅ……」
「そう……だよね」
そう、私と違ってこの子たちは街から追い出されたわけではないという点。キャラバン隊からはぐれたらしく、そこを不運にも賊に遭遇してしまい連れ去られようとしているのだ。
偶然見かけた私は放って置くことができず、2人を逃がそうと試みたけれど……
「しっかしツイてますねぇ、上手いことガキを取っ捕まえた上にエルフの小娘まで手に入るなんて」
「まったくっすよ。これも日頃の行いってやつっすかねぇ?」
「アホか。俺たちの日頃の行いなんざ褒められたもんじゃねぇだろうが」
「違ぇねぇっす!」
「「「ゲッヘッヘッヘッ!」」」
結果は無惨。いきなり魔法が使えるようになるわけもなく、何も出来ずに捕まってしまった。やはり私は不肖の子。エルフとしても人としても存在価値は無いのだろうか。
母は言った。正しい行いをすれば必ず救いの手が差し伸べられると。だからせめて……私よりも未来の有るこの子たちだけでも助けなくては。
でも今はダメだ。彼らが隙を見せるまで堪えなくては。だから今は……
「静かになったみてぇだが、ガキ共は寝たのか?」
「へぃ、ぐっすりでさぁ」
「そうか。ならそのままにしとけよ? 起きて騒がれる方が面倒だし、わざわざ俺がしゃしゃり出ることもなくなるからな」
「へぃ!」
俺の名はジョー、またの名をスナイパーJという。大きな声じゃ言えないいわゆる裏の仕事ってやつをやっている。暗殺や撹乱なんかがメインだけどな、こうやってコソ泥連中の護衛なんかも引き受けている。
なんだってそんなつまらん仕事を……とか思ってそうだな? そもそも暗殺依頼なんか滅多にこないんだ、食い扶持を稼ぐにゃ仕方がないんだよ。
「しっかしあの貴族、ガキばっか捕まえさせて何する気なんでしょうね?」
「さぁ? ペット感覚で飼いたがるマニアみたいなのもいるみたいだし、需要があるんだろ」
確かにそういう輩もいる。ごく一部だがな。しかし本命は違う。
「なるほど。お前らは知らされてないんだな」
「「「え?」」」
「知ってるんすか、先生!?」
「ああ」
早々に仕事が終わりそうなこともあり上機嫌だった俺は、知っている事をバラしてやることにした。
「捕らえたガキ共はな、実験台にされてんのさ。魔物と融合させるためにな」
「融合……って」
「ま、まさか、魔物とくっ付けてバケモンでも生み出そうとしてるんすか!? 気持ち悪いっす!」
俺も聞いた時には鳥肌が立った。悪趣味にもほどがあるからな。だが依頼主の貴族は不適な笑みを浮かべてこう答えた。
「【魔物を調教するよりも調教した人間を魔物にする方が効率的でしょう?】だとよ」
「「「うへぇ……」」」
あん時の貴族の目は狂気に満ちていた。いったい何をして育ったらあんな顔になるのか、知らないし知りたくもない。金払いが良くなきゃ絶対に関わりたくはねぇ。
……ったく、せっかくの気分があの貴族のせいで台無しだ。余計なことは喋るもんじゃねぇな。
「んん? 向こうから何か突っ込んで来やがるっす」
「プギィ~~~!」
「ゲッ、ありゃストライクボアだ、アレに突っ込まれたら馬車が大破しちまう! 先生、頼んます!」
ストライクボア、敵と見なした相手を執拗に追い回し、体当たりでダウンしたところを食らいついてくるってぇ大胆なクソ猪だ。
ちょうど気分転換と行きたかったし、スナイパーJという二つ名が何を意味するか見せてやろう。
「止めろ、ここで応戦する」
「へ、へぃ!」
馬車が止まり、振動が消えたのと同時にストライクボアの頭部に向けて……
ドズッ!
「ピゴォ……」
脳天に突き刺さり、急停止するストライクボア。狙い通り一撃で仕留めた。そもそも俺に狙われて逃げ切れた奴ぁこの世にはいねぇ。例えネズミだろうとな。
「さすがっす! 一撃必殺っすね!」
「Jさん、せっかくですし、ここらで腹ごしらえといきませんか? ボアを棄てるのは勿体ないですよ」
まだ日没までには時間がある。が、届け先はかなり離れてるし、何より獣臭いボアとしばらく御一緒なんざゴメンだ。
「おぅし、腐る前にいただくとするか」
「へぃ! すぐに準備しやす!」
腹が減っては何とやらってな。しかしこの選択を後に後悔することになろうとは、この時の俺は考えもしなかった。
★★★★★
この前やったボールへの魔力付与。思いの外うまくいったと我ながら思う。これを応用すれば武装にも使えるだろうと思い、今日も資料室に引き込もって――と言いたいところだったけれど、キャラバン隊の子供たちが休憩中にはぐれたってことで緊急依頼で街道を移動中だ。
「ところでバースト、先日捕らえた3人組の男たちが「あのガキ共は恐ろしい」って言ってたんだけど、何のこと?」
「いんや、詳しくは知らないなぁ」
不意にルドラスに尋ねられた。俺に軽~く捻られた上に、孤児が投げたボールで大怪我を負った連中なんて知りませ~ん。強いて言えば負け組乙ってとこかな。
「そうかい。じゃあ次の質問なんだけど、その手に持っているボールは何だい? ボクの目には子供たちの遊び道具のように見えるんだけれど」
「それで正解。巷じゃちょっとした流行みたいだな」
確かバンビーボールとか言ったっけ? 柔らかいから他人にぶつけても怪我をしないって理由から子供の遊び道具としては最適らしい。
「でもそのアイテムは……」
あぁはいはい、分かってるよ、俺が近くに居ると魔力を浴びるから余計に危険だって言いたいんだろ? だからこそ持ってきたんだよ。実戦で使えるかは試してみないとわからないからな。
「ところで俺からも質問いいか?」
「なんだい?」
「凄~く自然に行動してるけどさ、なんでルドラスが付いてきてるんだ?」
これは最大の疑問だ。ギルドを出た時には居なかったはずなのにな。
「そりゃバーストの安全確認のために陰ながら護衛してたのは気付いてるだろ? 第3者がいない今なら堂々と姿を見せれるからね」
だと思った。聞くだけ野暮だったな。
フィンフィンフィン……
「バンビーボールに反応?」
「けっこう強い魔力を感知したみたいだ。こっちだな」
街道を外れて北へと進む。
「あれ? でもこのまま進んでいいのかい? 捜しているのは子供たちだろう?」
「この近辺は他の捜索隊もいるだし、彼らに任せてもいいだろ。それにバンビーボールが反応するのは余程なんだよ。はぐれた子供たちに何かあったのなら、この魔力の持ち主が関わってる可能性もある。このまま追跡しよう」
ってことで、秘策の発動だ。これはバンビーボールに魔力を込めてる時に思い付いた方法なんだが。
「動くなよルドラス――っと完了!」
「ええ、もしかしてボクの靴に指紋をつけたのかい? 汚れた手で触られたくはないんだけれど……」
「おい、弟に向かって失礼だぞ。俺が施したのは風属性の付与だ」
「風属性の付与!?」
靴には歩く、走るなどの動きが加わるため、風属性を付けると速く動けるようになると思ったんだ。結果は……
グゥン!
「す、凄い、凄いよバースト、馬車なんかよりよっぽど速い!」
思った通りだ。
「反応は北に続いてるようだ。いくぞ!」
「うん!」
魔力の痕跡は帝国の北側に回るように続いていた。北門から入ろうとしている? まさかな。
「ルドラス、ストップ!」
「え? 急に止ま――ブハッ!」
よそ見をしたルドラスが木に激突。致命傷で済んで幸いだった。
「いや、致命傷ならマズイでしょ。というかブツかる前に足で蹴ったから大したことはないよ」
「だったら睨むなよ。ここから先は慎重に近付くぞ。魔力反応が1ヵ所に留まってるみたいだし」
「じゃあ近くに――ん? この匂いは……」
匂いなんかに釣られてどうしたと言おうとした側から、俺自身も香ばしい匂を嗅きとった。
「肉の焼ける匂い……アレか」
開けた場所で肉を焼いている連中が目に止まる。少しばかり早めの晩酌か? 奥には馬車が見えており、魔力はそこから感じとれる。
「冒険者……ではないね。野盗かな?」
「あ、こっちに振り向いたぞ。ルドラスがデカイ音を立てるから」
「間接的にバーストのせいって事になるけど?」
「はいはい、俺のせい俺のせい」
さぁて、馬車の中身も含めて話を聞かせてもらおうか。
★★★★★
「ん? 何の音だ?」
遠くで何かがブツかるような音がした。
「どうしやした先生?」
「あ、塩が足りなかったっすか? 岩塩ならまだ――」
「シッ! どうやら見つかっちまったらしい」
「「「えっ!?」」」
振り向けば遠くの木陰で顔が見え隠れしてやがる。もう追い付かれたってのか!?
いや、いくらなんでも早すぎる。肉の匂いに釣られて来た冒険者ってとこだろう。
「追っ手じゃなさそうだが、見られた以上は生かしちゃおけねぇ。敵はあそこだ、一気に片しちまうぞ!」
「「「へぃ!」」」
賊共がターゲットに向けて走り出し、俺は後方でボーガンを構える。一匹たりとも逃がさねぇ、俺は完璧主義だからな。
「ぐぇ!」
「げはっ!?」
「ぎゃぅ!」
な、何だ……何が起きた? ターゲットが逃げ出したところを背中から撃ち抜いてやろうとしたら、ターゲットの槍捌きで賊共が宙を舞ってやがるじゃねぇか! たった1人にこの有り様とは――
待て、たった1人だと? ターゲットは少なくとも2人いたはずだ。ならもう1人はどこに――
「お前がリーダー? ちょいと捜し物をしてるんだけどさ」
「ぬわぁっ!?」
いきなり現れた小僧に仰天し、俺は咄嗟に飛び退く。あんだけ離れてたのにどうやって!
いや、そんなことはどうでもいい、この小僧は危険だと俺の全神経が訴えてやがる。殺られる前に殺るしかない!
「クッ――死ねぇ!」
構えていたボーガンを捨て、小僧に殴りかかる。振りかぶった右腕に小僧の視線が注がれているのを見て、内心でほくそ笑む。
これは素手に見えて素手じゃない。あくまでも右手は囮で、左手の甲に括られた簡易ボーガンが本命だ。世界に1つしかない特注品だぜ? 誰も片手でボーガンを発射できるとは思わねぇだろうからな!
そう思い恐怖に歪む小僧の顔を想像したその時、俺の視界が真っ赤に染まった!
「ぐわぁぁぁ!? あっぢぃぃぃぃぃぃ!」
強烈な熱が顔面を襲ってきやがった! このガキ、何をしやがった!?
「あ~、さすがに熱すぎたか。手慣れだと思ったからファイヤーブレスをお見舞いしたんだよ」
「ファイヤーブレスだと!?」
このガキ、何を言ってやがる? 頭がイカれてやがんのか!
だが余裕ブッこいてられるのも今のうちだ、徐々に視界が戻ってきたからな。ニヤニヤしやがってムカつくガキめ、これでも食らえ――
ドスッ!
「ぐわぁ! 矢が……矢が跳ね返ってきた……だと!?」
「言う必要もないと思ったけど、教えてとくね。アンタと接触する前にウィンドシールドを張っておいたのさ」
魔法……魔法士か! こんなガキが魔法士だってのか!?
「バースト、子供が3人乗ってる。どうやらビンゴのようだ」
「おっけぃ。ならコイツを捕まえれば依頼達成だな」
クソッ、やっぱり追っ手だったか。しかも多人数の賊を相手に怯まないとか、どう考えても普通じゃねぇ。
「運が良かったな小僧。この場は退いてやる」
「でもお前の運は悪いみたいだぞ?」
「あ? 何が言い――グゲェ!?」
頭部に強烈な痛みを感じた直後、俺は意識を手放した。このスナイパーJ、生涯で初めての敗北だった。




