奴隷契約
「ここならいいか?」
「ああ、すまない」
ウィルたちは先に帰らせ、俺とヴォルトだけで冒険者ギルドの裏手へと回った。
「それで、話ってのは?」
「ああ、コレなんだが……」モゾモゾ
「へ!?」
いきなり胸元を広げだしたので変な声が出てしまった。
「ん、どうした? ペンダントを取っただけだぞ?」
「あ……ああ、なるほど。いや、女子連中の言ってた事が当たってたのかと思ってヒヤヒヤしただけだ」
ふぅ、怖かったぁ。一応最悪の事態は避けられたようだ。(←当作品は健全です)
「それで、そのペンダントが俺と関係あるのか?」
「直接は関係ない、だが間接的には深く関わってしまった」
「というと?」
「実はな……」
それからヴォルトは入学前にあった出来事を明かしてきた。
~~~~~
かつて俺が住んでいた村は野盗の襲撃で廃村となり、同時に両親とも死別した。まだ幼かった俺は逃げることもままならず、野盗に捕まり違法奴隷として売り飛ばされてしまったんだ。
地図にも乗っていない場所から帝都ロイヤルマインに送られて5年近く。1人の男が俺の前に現れ……
「へ? この獣人の子供でよろしいんで?」
「その通り。種族を問わず13歳という年齢が欲しかったのですよ」
なんと、俺を買っていくと奴隷商に伝えたじゃないか。訳も分からず奴隷商から救われた俺は男と共に馬車へと乗せられ、何処かへと連れ出される。着いた場所は……
「「「お帰りなさいませ、ご主人様」」」
両脇で綺麗に整列するメイド、それに奥の建物を見て更に驚く。どう見ても普通の民家ではない、貴族の家――そう、貴族の邸だったのだ。外側だけじゃない、ロビーや通路の至るところに豪華な装飾品が飾られ、通された部屋までもがまるで別世界だった。
「…………」
「フッ、驚いて声が出ないかな? 今日からここで過ごしてもらうよ」
いったい何の真似だ? 貴族が俺なんかを買って何の得がある?
「…………」
「随分と警戒しているな。裏が有ると思ってるのかな? まぁそう思うのも無理はない。まずは腹ごしらえをしながら説明するとしよう」
警戒はしていたが運び込まれた料理に目を奪われてしまい、思わず飛び付いてしまった。何年振りかのご馳走――むしろ初めて口にするものばかりで、無我夢中で食らいつく。
「ハッハッハッ、よい食べっぷりだ。数日後には学校に通ってもらわねばならんからな、細身の身体でいるよりか遥かにマシだ」
学校に通えるのか? それは有り難い限りだ。
「さて、そろそろ本題に入ろうか。キミを買い付けた理由だが……」
「フゴ、フゴフゴ?」
「……すまないが、口に含んだものを飲み込んでくれるかな?」
「んがんぐ! ふぅ……」
「ではそろそろ本題に――」
「――フゴフゴ?」
「……飲み込んだ直後に再び食べ始めるのは遠慮してもらえないかな?」
1時間後……
「キミの胃袋はどうなっているのかね……」
「すみません、だいぶ落ち着きました。残りは部屋でいただきます」
「…………」
「まぁいい、それで本題なのだが、キミには私の息子として南クラウンという学校に通ってもらいたいのだ」
「そこで優秀な成績を叩き出せと? 悪いが今までロクに教育は受けてこなかった身だ。期待に応えられるかは――」
「フッ、勘違いさせてしまったね。成績はどうでもよいのだよ。私の目的はただ1つ、同じ学校に通うバースト・J・キルロードの殺害だ」
「殺害!?」
他人を殺せと言うのか!
「言っておくが、キミに拒否権はないぞ? 私に買われた時点でキミは私の所有物だ。その証として首に掛けられたペンダントがある。ペンダント型の奴隷の首輪だ」
それは奴隷商を出る際に男から渡されたものだった。なるほど、奴隷から解放されたわけではなかったと。
「それから注意事項だ。このペンダントから一定距離を離れた場合、キミの命は尽きる」
「!?」
「フフ、そうとも。ペンダントとはいえ奴隷の首輪。離れ過ぎると首輪を外したとみなされ、ペナルティとして命を失うのだ。せいぜい盗まれないよう気を付けるのだな」
これは命綱だ。このペンダントだけは絶対に手放してはならない! そして俺が生き延びるためには……
「そ、そこまでして他人を殺せと?」
「そうだ。このバーストというガキは私の名誉を踏みにじったのだ、しかも二度もな。私にとってこれは由々しき事態だ。全てが順調であった私の計画に初めて陰りが出始めたのだよ。だからコイツは――コイツだけは生かしておくわけにはいかんのだ!」
「…………」
これまで穏やかだった男の顔が唐突に歪んだ。まるで裏の顔が露になったかのように。
一通りの事情を話し終えた男は最後に名乗った。
「私はエドウィン・オルノーゼ。いずれランタール帝国の救世主となる存在」
~~~~~
「じ、じゃあヴォルトが同じ学校にいるのって……」
「そう、お前を殺すよう言われたからだ。けど無理だった。何の恨みもないお前を殺すなんて――ましてや俺を窮地から救ってくれたお前を。俺には……」
独白のあと、ヴォルトは肩の荷が下りたかのように力なく壁に寄りかかった。
「そうか、だから冒険者ギルドでペンダントが奪われそうになった時、あんなに慌てたのか」
「そうだ。あのまま奪われてしまえば俺の命はなかった。だからバーストには感謝している。ありがとう」
「いや、感謝はいいけど……」
あの伯爵――エドウィン・オルノーゼをどうにかしなきゃならないのは分かった。けれどまずはヴォルトだ、どうにかしてペンダントの効果を喪失させられれば……
「そのペンダント、ちょっと貸してくれないか?」
「それは構わないが……」
受け取ったペンダントをマジマジと観察する。見た目的にはちょっと豪華なペンダントってとこか? 魔力も感じられるな、マジックアイテムにしては微弱だけど。
しかしなんだ、こうして見るとムカムカしてくるな。何がって? このいかにも貴重品ですって主張してる王冠が刻まれてるのが鼻につくんだよ。晩餐会で見たエドウィンの顔を思い出すようでな。
「…………」
ゴゴゴゴ……
「!? バ、バースト?」
いかんいかん、イライラと同時に魔力が体外に出てしまった。
「すまん、あのオヤジの顔を思い出したらムカムカしてきて――」
パキン!
「「!?」」
ペンダントが割れちまったぞ!? 綺麗に4分割に。
「だ、大丈夫かヴォルト? 身体に異変とかは――」
「いや、何ともないみたいだ。むしろ身体が軽くなった感じがするぞ」
それだけならいい。でもこのペンダントは奴隷の首輪と同じ効力を持つ。壊れてしまえば……
「あれ? 魔力を一切感じないぞ?」
どうなってんだ? 魔力がなければ効力は発揮しないはず。つまり……
「マジで壊れた?」
「分からん。だが不思議と不安は感じない。多分だが本当に――」
そう言ってヴォルトが俺の手からペンダントを受け取ろうとしたその時!
サッ!
「「何っ!?」」
物陰から何かが飛び出てきたかと思えば、俺の手からペンダントが消えていた。
「バカめ、隙だらけなんだよガキ共が!」
「へへ、楽勝でしたねアニキ~!」
数秒遅れてスリに合ったと気付いた時には走り去る2人組の背中が遠くに見えた。
「クソッ、すぐに奪い返して――」
「いや、このままでいい」
「ヴォルト!?」
意外にもヴォルトは動じていない。それどころか清々しい顔をしていた。
「これだけ離れても無事なんだ、奴隷の首輪――もとい奴隷のペンダントは効力を失ったと考えるべきだろう」
2人組の姿はすでに見えない。こうしてる間にも走り続けているだろうし、効力を失ったのは本当だろうな。
「だったらヴォルトはもう自由の身だ。無理して通学する必要もない。これからどうするんだ?」
「特に考えてはいない。むしろこのまま通学を続けるのも一興だと思っている。エドウィン卿の支援は打ち切られるだろうが」
「そうか。だったら――」
「それならウチが支援するのん」
「「――リスティ!?」」
気付けばニコニコ顔のリスティが正面に立っていた。
「学費の心配は無用。ウチが責任持って出しますのん。その代わり、家業を手伝って欲しいのん。ちょうど男手が欲しかったところだし」
「――だそうだが?」
「誘いは嬉しいが力持ちではないぞ? 何せ5年近くも個室生活だったのだからな」
「でも鼻は利くと思うのん。その点は人間より獣人が望ましいのん」
「鼻か。それなら役に立てるだろう」
どうやら決まったらしいな。
「ところでリスティは何しに戻ってきたんだ?」
「そうそれ、それなのん! あのクソ担任、報酬は皆で分けろとか言っといて、用意してなかったのん!」
「あの野郎……」
金には困ってないけど働いた分はキチンと貰わないとな。
「まぁ午後の授業には出てくるだろ。その時にでも――」
「コレを見るのん!」
目の前でメモを広げられた。どうやらトーマス先生が書き残したようだが。
「え~なになに……午後は丸々、おもいっきり自習――って、やっぱりサボりかよ!」
「屋上には居なかったのん、手分けして捜すのん!」
「おっしゃ! 行くぞヴォルト、今こそお前の鼻が火を吹く時だ!」(←熱そうだなおい……)
「フッ、そうだな。仲間として協力しよう」
憤慨する俺とリスティとは反対に、ヴォルトは爽やかな笑顔だった。
★★★★★
「ハァハァ……ど、どうだ、巻いたか?」
「ハァハァ……へぃ、だ~れも付いてきやしませんぜアニキ!」
「へへ、よっしゃあ!」
突然だが俺の名前はロイバー、帝都で活躍中の冒険者だ。簡単な依頼で高値なやつをメインで引き受けてる。でもって隣にいるのが弟分のラドロ、やってる事は俺と同じだ。
冒険者じゃなく盗っ人の間違いじゃないかだと? んなもんお前、まともな依頼がない日にゃこうして他人から頂戴するんだよ。これ世の中の常識ってやつな。
「まさか堂々と見せびらかすバカが居るとは思わなかったなぁおい」
「へぃ。しかもどういう訳か追いかけようって素振りすらしやせんでしたぜ? ポカーンとこっちを見てるだけで拍子抜けってやつでさぁ」
「おぅよ、お陰で失敗せずにすん――」
「――ちょっと待て、追って来なかっただと?」
「へぃ」
「じゃあ何だって俺たちゃ全力疾走したってんだ?」
「そりゃアニキが全力疾走したからでさぁ」
「バッキャロウ! 盗んだ相手が近くに居るんだぞ? 普通は逃げるだろうが!」
「へぃ、だからアニキの行動は正しいんでさぁ」
「だよな。じゃあ俺は何に対して怒ってたんだ?」
「さぁ?」
何か重要なところを見落としてるような気が……ダメだ、思い出せん。
「まぁいい。それよりブツだ、このペンダントをいつもの買い取り屋に持ってくぞ」
「へへ、いくらになりやすかねぇ?」
「どう見ても貴族の装飾品だからな。金貨で二桁は固いだろ」
ルンルン気分が素に出ちまって、スキップしてるところをガキに後ろ指ときた。
悪いかコンニャロゥ。テメェだってそのうち分かるんだ、金貨を手にするのがどんだけ大変かってな。
「オヤジ、鑑定してくれ」
「また持ってきたのかい? 一応聞いとくが、盗品じゃないだろうねぇ?」
「んなわけあるかい! こいつぁ俺たちが苦労の末に入手したんだ。黙って買い取れってんだ」
「はぁ、持ち主が現れないことを祈るよ。じゃあ見せてもらおうかね」
「おぅ、コレだ」
久々の高級品だからな、思わずドヤ顔で出してやったぜ。が、しかし……
「んん? なんじゃいこりゃ、宝石の部分が割れてるじゃないか」
「はぁ? んねわけ――ってぇ!?」
ホントに割れてやがる!
「マ、マジかよおい、いったいどこで割れたってんだ!?」
「なに言ってんすかアニキ、んなもんアニキが取る前に決まってるじゃないすか」
「取る前だと? ラドロお前、知ってて言わなかったのかよ!」
「そりゃアニキも知ってるだろって思うじゃないすか。だから俺たちゃ何も悪くないんすよ」
「じゃあ何だって俺は憤慨してたんだ?」
「さぁ?」
ダメだ、やっぱり思い出せん。
「分かったもういい。少々値が落ちても構わんから値段を付けてくれ」
「あいよ」
そして提示されたのは……
「銀貨2枚が良いとこじゃな、ほれ」
たったこれっぽっちかよ!
「クッソ~、あのガキ共め、今度会ったら只じゃおかねぇ!」
「そうっすよ、やっちゃってくださいアニキ!」
「…………」
「アニキ?」
顔を忘れた……。




