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二章 ――二――

 二つ目の肉寿司を美味しくいただき、期待値が上がった時に出されたのが拳大のハンバーグであった。少し小さいな、品数が多いから量を少なめにしているのかな、と少し不満げにナイフを入れてみたら、そこから溢れるオレンジ色の滝。スコッチエッグのようなものなのだろうか。見た目がまさにハンバーグであるから、これは予想外だ。


「魔法によって火を通しやすくした特殊なオーブンを使って焼いています。熱の伝わり方に変化を加えられるので、肉はしっかりと焼きたい。卵は半熟に仕上げたい、などという時に便利です」


 解説とともに口に運ぶ。しっかりと火が通っているのを感じるが、それでいて噛めば噛むほど肉汁が溢れ堅くなっていない。白身はプリッと歯ごたえが楽しく、中の黄身はソースのようだ。魔法とは、実に便利なものである。機械文明をなぞらなかったのも、その再現が可能だと判明したからだ。


 まず第一に、魔力に反応を示す鉱石、魔鉱石の発見が大きかった。宝石の採掘中に発見された、触ってみたら熱を生み出す。冷たくなるなどの反応があり、調査の結果魔力に反応を示すことが分かった。そこで参考にしたのが、電気とコンピューターだ。電気を魔力に置き換え、コード、事象を起こすための命令を刻印として刻んで、似たような機能を発揮するものが出来ないか。長い研究の果てに、魔法は完成した。

 自らの手で掴み取った力を、当時の人達は大層喜んだそうだ。神から与えられた、回復魔法すら再現できるかもしれないと。――そこは未だに実現できていないのだが。


「続いてはミルフィーユカツです」


 三品目はトンカツであった。いや、牛肉を使っているのだから、トンカツとは違うか。しかしミルフィーユと表現したところに普通のものとは違いがあるのだろうと、切り分けられたそれを横に倒し、その断面を晒してみた。


「薄切り肉を重ねてあるんですね」

「はい。この肉はミンチにしても薄切りにしても、肉の味がしっかりと濃いんです。揚げることでそれらを閉じ込めているので、一層濃厚さを感じられるでしょう」


 読めたぞ。この様な調理法でも美味しいということを解らせた後に、分厚く切った肉を出してトドメを刺すのだろう。対応を私に任せ、静かに食べ進めている二人もそう気が付いているのだろう。食べるスピードが僅かに上がっていた。


「薬味にワサビも合うのですが、――近くで採れた岩塩も美味しいですよ」


 然りげ無い気遣いに痛み入る思いだが、量を調整すればいけるはずだろうと、箸にちょこんと摘んだそれを載せて口に運ぶ。――うん、まだマシだ。でもきっと、岩塩のほうが美味しくいただける自信がある。せっかくの料理なのだから、美味しく食べなければ勿体ないと、私は、鮮やかな色をしたそれを視界から外した。美味しそうに食べる二人を横目に、いつかもう一度チャレンジしようと心に決めながら。


「最後の料理はすき焼きです。ご存知ですか? 薄く切った肉を割下と呼ばれるソースでさっと焼き、生卵を絡めて食べる物なのですが」

「あ、知ってます。――その、ステーキなんかは、なかったり?」

「ええ、今回は肉のポテンシャルを味わってもらおうかと、薄切りやミンチで構成しています。ステーキは本番の予定でして」


 申し訳なさそうな表情を浮かべるタケロスに、慌てて両手を顔の前で振って非礼を詫びる。勝手に期待をしたのはこちらであって、責めるつもりはなかったのだ。

 少し気まずくなった空気の中、運ばれてきた鍋で、タケロスは手慣れた様子で調理を始めた。卵も町の牧場で採れたもので新鮮そのもの。濃い割下の味をまろやかにしてくれ、五枚ほどの肉を飽きずに食べることが出来た。ここまで食べれば、ステーキへの未練など最早なかった。


「そろそろ、歌が終わっている頃ですね」


 満足のままに試食会が終わり、お礼を告げた後に片付けをしながらそんな言葉が投げ掛けられた。


「結構長いんですね。何曲か歌うんですか?」

「いえ、一曲だけです。町の歴史を元にしたもので、とても長いんです。疲れたらオルガンの音色を聞きながら休んで、穏やかに歌い切ります。そうして得た疲労感を、食事で発散するんです。ここの防音性は凄いですよ。外に居たらオルガンと歌声が漏れ聞こえた筈ですから」


 大きなガラス壁から外を眺める。料理に夢中であり、背にしていた為に殆ど見る機会がなかったが、なかなか良い景色だ。僅かな月明かりと松明の火に照らされた白い漆喰の壁。長方形の箱形で、四隅の角には小さな塔が建つ。中央に置かれた物見台からの影により、時間を表すためのものだ。

 日時計と呼ばれているものの実態は魔法によるもので、日光を浴びた物見台の魔石――鉱石を魔法が発動できる状態にしたもの――が、針のように光を伸ばして時刻を刻む。四隅の塔は、それぞれ九時、十二時、三時、六時を表している。その配置が、町という文字の偏を表している。


「町の人全員集まっているんですか?」

「その筈です。あの教会は百人は収容できるのですが、住民は九十人程なので充分に収まります」


 思ったよりも少なく感じた。スカスカに空いた土地を見ても、どことなくその様な雰囲気は感じていたが。もう少しコンパクトに纏められなかったのだろうか。


「観光客の方たちは宿にいるんですよね」

「その筈ですね。流れる音楽と歌声に、どんなことを思っていたんでしょう」


 彼はそっと、胸元を押さえていた。母親が亡くなったのだから、彼としても早く教会に行きたいのだろう。肉のお代わりを控えればよかった。片付けが終わるのを待って、直ぐに屋敷を出ることにした。その玄関で、ばったりと出会ったのが遅れていた町長――バイトンであった。


「おお、これはこれは。いやはや遅れてしまい申し訳ありません。わたくしどもの育てた肉は、如何でしたかな」


 立派な口髭を蓄え、整髪料でなでつけるように決めた髪型は、町長としての威厳を表しているかのように堂々としたものだった。艷やかなブロンドの髪も、質の良さそうな生地を使った服もそれに一役買っているだろう。私は「とても美味しかった」と答え、少し後ろに控えていた二人にも感想を言うよう促した。


「とても美味しいものでした。これなら神に捧げても文句は言われないでしょう」

「文句どころか賞賛を浴びると思うわ」


 その言葉に、髭を撫でながらうんうんと頷く姿はどこか愛嬌があり、子供のような一面もあるように見える。今までの話からも柔軟な思考が覗えることから、その秘訣はそういった面にあるのかもしれない。


「それはそれは、わたくしどもも苦労をした甲斐があったというものです。牧場の経営が軌道に乗るまでは苦労しましたが、様々な運に恵まれてここまで来ました。私を支えてくれた皆に感謝したいものです。ああ、勿論今がその時ではないですね。今は祈るだけで精一杯だ。私は少し休んでから向かいます。急いで戻ったので、少し疲れてしまって」


 その割に息が上がっている様子はない。問い掛けると、失礼にならないよう、息を整えてから玄関を潜ったという。私達がもう少し早く出ていれば、そんな姿を目撃できたのだろう。少し照れた町長は隠す意味もあったのか、「そうだそうだ、少し待っていてください」と言いながら食堂とは反対側にあった扉を開き、中から一枚の紙を持って出てきた。

 それは試食会の評価を記す書類であり、神前へ供えることを認めるか否か、どちらかにチェックを入れる物だった。私は迷わず許可する方へ印を入れて返す。

 そして子供のような満面の笑みを浮かべ、私達を送り出してくれるのだった。



 外からでも分かる賑やかな空気に当てられ、私達は笑顔で教会の扉を潜った。開けるやいなや響き渡る軽やかな音楽、漏れ聞こえていたものの比ではない。その所為か、私達の登場を気付く者はいなかった。そろそろと奥に見かけた神父の元へ向かおうとすると、ようやく傍にいた人達の視線に映ったようで、室内で談笑しながら肉を焼いていた人々がお礼のアーチを架けてくれた。


「改めてお礼を申しましょう。貴女のお陰で明るく送ることが出来た。魔物となっていたらこうはいかなかったでしょうな。魔物は光となって消えてしまいますから、墓には何も入れられない。この町の神父として、重ね重ねお礼を申し上げます」

「いえ、当たり前の事をしただけですから」


 畏まったような神父へ向ける、分かりやすい照れ隠し。私を挟んで立つ二人がそれを見て笑っていたのも、なんとも気不味かった。釣られて笑う神父に恥ずかしくなった私は、これまた分かりやすく話を変え、周囲に姿が見えなかったタケシュの事を問い掛ける。


「ああ、彼は外の墓地に居ます。西側は川でしょう? 北から東にかけての面は霊園になっていて、彼女もそこに埋葬したのです。彼は一人で見送りたいと、会が始まってからずっと外に居ます。マツハムも姿が見えないので、もしかしたら一緒に居るのかもしれません。――いや、もしかしたら薬を与えているのかもしれませんな」

「そうですか。薬というと、今日手に入れてきたものがもう薬になったのですか?」

「ええ。バイトンが薬にしました。彼はもともと薬学を学んでいたのです。彼が居たからこそ、安定して生産できたと言っても過言ではないでしょう」


 川の水と彼の知識があったからこそ、有効な薬を開発することができ、病気に悩まされることもなく安定して、品質の良い家畜を生産できていた。

 今回の薬もそうして生まれたもので、足の異常を取り除く効果があるそうだ。この異常は厄介なもので、これに罹ると牛は歩けなくなってしまい、徐々に弱っていってしまう。儀式には生きた牛を大聖堂まで歩かせ、多くの聖職者と共に行進をするというものもある。歩けなければ意味がないのだ。

 だからこそ、なるべく早く薬を与える必要があった。マツハムは万が一のことを考え、冒険者に依頼することを考えていたようだが、御三家の会議により今日、向かうこととなった。尊い犠牲のもとに町の誇りが守られたのだから、この会は盛大に執り行う義務があるだろう。町長の差し入れも、そんな意味を込めてのものだった。本来なら、食材の用意は関係する家のものが担うという。

 

 一人にさせておいたほうが良い。そういう神父の言葉に習い、私は、教会のシンボルである猫を象った像に祈りを捧げ終え、人の輪の中に入っていった。

 最初に訪れた時には、像を正面に入り口まで長椅子が並んで置かれていたのだが、今では全て片付けられたのか、変わりに幾つもの鉄板が並び思い思いに肉を焼いて談笑をしていた。魔法により熱を発するもので、タケロスが使ったものと同じ物らしい。それで焼いた肉は絶品であった。念願だったステーキも、町長が差し入れした腸詰めも頬が落ちるが如く美味であり、試食会で埋まったはずの胃袋は、活発に動いてスペースを開けてくれる。

 

「楽しんでくれていますかな」いつの間にか現れたタケシュに、声を掛けられた。

「はい。どの肉もとても美味しくて。部位が違うと味も違うのですね。普段あまり気にしてはいませんでした」

「ええ、料理によって変えても面白いですよ。スジ肉で出汁を取ったことはありますか?」

「いえ、今度試してみます」


 視線を受け、タンは頷いて胸を張った。任せておけと言いたいらしい。やはり執事のようだと思い、それに釣られて羊の肉を頂いた。嫌な臭みもなく食べやすい。新たにこの町で牧場を始めた人たちからの差し入れだそうだ。


「マツハムさんは居ないんですか?」

「いや、――そういえば見ていません。薬を与えているのではないでしょうか。あの後バイトンに薬草を届け、薬を作ってもらいましたから。彼が差し入れを届ける際、ついでに渡してきたのでしょう」


 気にせず食事を楽しんでください。美味しい焼き方をお教えしましょう。そう言って焼いてくれた肉は自分で焼いたものとは比べるまでもないもので、そのコツをしっかりと学びながら、夜は更けていくのだった。 

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