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一章 ――五――

 風呂から出た私達は、のんびりと風に当たるように川沿いを歩いていた。川は大きく、対岸を歩く人が小さく見える。水が透き通って見えるところは浅瀬なのだろうか。急に崖のように落ち込んだ場所もあり、遊泳には適していないのだろう。専ら特殊な効果を持った水を利用するだけと、公衆浴場で別れたマツハムが言っていた。

 その効果とは、万能薬にも通ずるものだった。

 何故その様な効果があるかと言えば、この世界において珍しく魔力を含んでいることに由来する。


 魔力とは循環する力とも言われ、分かりやすい例で言えば動物であり、体内を巡る血液がその力を発生させている。つまり生物以外が魔力を生み出すことはない。一見、川もいずれ海にたどり着き、水蒸気となって天に昇り、また雨となって地上に戻る、と循環しているように思えるが、自然環境は変化を循環だと認めていないらしい。水に魔力が含まれていないのが、その証拠となっているのだ。

 魔物化のメカニズムもそれにあるようで、魔力を失うことで生物としての形を保てなくなるのではないかと推察されている。――話が逸れたが、ようは本来含まれていないはずの魔力が含まれているため、何かと組み合わせることで魔法が発動し、薬のように作用するのだという。それも毒を含むものが薬になる。反転するように作用するのだから、まさに魔法と言っても良いだろう。

 そもそもこの世界における魔法とはなんなのか、については今は割愛しておこう。


「ここは、息が詰まる町ですな」


 川をのんびりと進んでいた水鳥の群が一斉に飛び立つのを機に、タンがため息混じりにそう言った。

 行きと同じ馬車に乗ることを断り、近くの乗り合い所まで歩いて行くことを提案した彼は、何か話たいことがあった様だ。どうやら風呂で何かあったらしい。「何かあったの?」と問い掛ければ、体格の良い身体とは少しミスマッチな端正な顔を歪ませ、恨みがましくこう言った。


「陰口が多い。一言で言えばそんなところです。不幸に遭った人に対して、そこまで言わなくていいのに、と。マツハム殿の苦笑が救いでした」


 先に風呂に浸かっていた人達が、早くも訃報について意見を交わしていたそうだ。「殺すために連れて行った」だの、「妻を見捨てた卑怯者」だの。好き勝手言っているのが聞こえて居心地が悪く、お世話になっていたという今日という日のもう一人の主役も、同じ様な気持ちだったのだろう。


「明け透けに物を言う町、と言ったところかしら」


 ミユの言葉に、彼は頷いてみせた。気取ったように言わなくても、意地悪な町とでも言えばいいのに。

 まぁ、そういった人達だから、町というものが居心地悪く感じ、また悪く感じられ、ここに集まった似た者同士でコミュニティを築いたのだろう。――新たにここで牧場を始めた人達は、そのことをどう思っているのだろうか。


「それより、全然人を見かけないわね。タン、何か聞いてないの?」


 空よりも早く暗くなってしまった空気を振り払うように、頭の上で声が響いた。左手を見れば川沿いに屈強な男。右手を見ればスラリとした長身の女。何も知らない人が見たら、親子にでも見えるのだろうか。周囲を見回してみるが、確かに人影は見られなかった。


「あぁ、女性はみな祈りの会の準備に出ているそうです。この町の故人への祈りは盛大におこなうなタイプのようで、手の空いた男性も直ぐに向かうことになっているようですな」


 祈りの会、か。教会で死者を悼み黙祷するのが基本だのだが、それでは味気ないと思う人たちも多く、多くの町ではプラスアルファで催し物を開いたりしている。私が参加した中では、日が昇るまで踊り明かしたり、参加者全員で手持ち式の花火を楽しんだりと、なるべく明るく振る舞うようなものが多かった。魔物にならず、人としての死を得たことを喜ぶ意図もあるのだろう。

 この町も例に漏れず、とても賑やかなものになりそうだ。


「この町では歌を歌い、その後に肉を焼きながら食べるそうです」

「焼きながら? 焼いた物を食べるんじゃないの?」私は少し驚いたように声を出す。

「ええ、旅をしていると肉はよく焼いて食べるように心掛けますから、一度に食べる分は全て焼いてしまいますよね。しかしこの町では新鮮な肉が手に入るので、自分の好きな焼き加減で食べるのだそうです」


 知っている、レアと言うやつだ。しかしその手のものは宿で提供されるステーキなどで食べたくらいだ。それを参加者が焼きながら? ステーキでは、いくらレアとはいえ時間がかかるのではないか。尽きない疑問に、不謹慎ながら楽しみにし思えてきた。


「薄く切った肉を個人個人で焼いて食べるのだそうで、火の通りが早く、特製のタレにつけて食べれば酒が進むと評判な様です。祈りの会のみならず、祝い事でもよくそうして食べるのだとか」


 なる程、肉の産地だからこその食べ方なのだろう。他の町では保存用に加工されたものが多いから、新鮮な肉を食べる機会は少ない。魔法による冷蔵技術もあるのだが、そうして保存したからとはいえ、薄く切るなど勿体なく感じてしまうのが多くの人の意見だろう。それが打ち砕かれるかどうか、ますます楽しみになってきた。


「へぇ、色んな文化に触れられるのも、旅の醍醐味だよね。これは試食会も楽しみになってきたぞ。堅苦しそうでちょっと億劫には思っていたけどね」

「楽しみだからといって、浮かれてスキップして転んだりしないでね」


 文句を込めて小突いたら、転びかけるから笑えない。


「ミユさんはどんな料理が出て来ると思う?」気を取り直してそう問い掛ける。「私はステーキが好き。と言うか食べたい。王道だもんね」

「肉が手に入るといつもそれだものね。細切りの肉を千切りにした野菜と炒めたもの、とかどうかしら。私好きなの」


 青椒肉絲ってやつだ。かつて神の使いと呼ばれた十二の使徒、彼らの旅によって伝わったとされる料理の一つである。彼らは様々な知識――異なる世界の情報と推察される――を持っており、それらの知識を元にして生まれたのが私たちの生きる世界、文化であると、学校でも習う。

 祈りの会で食べられるという肉の食べ方も、それらの一つなのかもしれない。十二の使徒はそれぞれ別の知識を持っており、それぞれの旅路も異なっていたため、広まった知識に偏りがあることも多い。家の作り方にしろ、町の治め方にしろ特色が様々に表れている。それらを体験することも、旅の醍醐味の一つである。


 あれ、美味しいよね。そう旅の中ではなかなか作らないメニューに、心を躍らせて頷き合う。水場が近くにない場合、その様な手の込んだ料理は出来ないのだ。


「肉と言えば、イノリ様はあれも好きですよね。ベーコンの入ったパスタ」

「あぁ、タンがたまに作ってくれるやつだよね。確か、カルボナーラって言ったっけ?」

「この人、大きな体をして料理が得意なのよね。冒険をしていると、体格の大きいのはガサツなのが多いってイメージが強くって」

「護衛騎士は聖職者様のお世話が使命ですからね。快適な旅路のための最低限の知識、いえ、最高品質の知識はしっかりと詰め込まれています」

「いっそ、護衛執事に改名したら?」


 漂っていた暗い空気が、日の陰りに逆らうように次第に明るくなっていた。

 乗り合い所はもう直ぐで、夜道を走らせるのは危険だからと、もう最終便になるだろうということは聞いていた。それに乗って宿についたら、一休みするだけの時間はあるだろうか。川を挟んだ反対側、門から屋敷までに通じる道は、凡そ一キロほどだった。けれどこちら側の道は倍以上あり、三キロほどはあるだろう。山と川で形作られた半円形の土地いっぱいを使っている様である。現在地は中間地点辺りだろうか。丁度門が見えてきた。

 宿から町長の家まで歩いて行くとなると、多少の時間はかかるだろう。時間を気にして焦る心と、未知なる料理に対する期待感。それらは小説を読む時間がなかったことを忘れるのには充分だった。

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