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一章 ――四――

 改めて今回の栄誉を称えると、彼は少し照れながらも礼を述べ、続けて別の感謝も示した。タケシュ夫妻には日頃から世話になっており、よく助けてくれたと頭を下げっぱなしであった。屋敷で町長と話している際に訃報に触れ、二人で嘆きあったという。

 奥方の事は残念であったが、牧場主夫妻のどちらも犠牲になったとすれば、町は混乱してしまうだろう。彼はそこも危惧していたようであった。「だから僕は反対だったんです」と、悔しそうに語っていたのがその表れか。

 もしよかったら、馬車で町を案内しましょうか。そんな言葉は、自身の気持ちを切り替えるものでもあったのだろう。私達はその提案を受け、馬車に揺られながら橋を渡り、住宅を取り囲むように敷かれた道を進んでいく。


「町を取り囲むようにして造られた牧場は、全部で四つあります。元々は山に近い方に三つの牧場が広がっていたのですが、肉の出来の良さが広まるにつれて此処で牧場を開きたいと言う人が増え、川を挟んだ反対側を切り開いて整備していったんです。今では観光も出来るよう、宿やアクテビティも増えました」


 アクテビティ、最近流行っている言葉であったはずだ。乗馬体験や乳搾りなど、少し言葉を変えれば集客力が高まるのではないかと、規模の大きな町などで広まっているものがここまでやってきたのだろう。此処のリーダーは、なかなか柔軟性がありそうだ。

 そんな機運の高まりに際し、見栄えを良くするために町長の屋敷を新たに建てたそうだ。二十年前、まだ彼も子供だった頃に、屋敷を建てるための木材に鉋をかけたりしたのだという。町民総出で行った大事業を誇るように、思い出を語るように優しい笑顔で話してくれた。


 話は変わり、彼の牧場について尋ねてみた。元々自身の牧場は馬車を引くための馬を育てていたけれど、仕事にもなれてきた頃に挑戦の意味を込めて飼いだした数頭の牛がとても良く育ち、今回の栄誉に繋がったのだそう。それを支えてくれていたのがタケシュだと言うのだから、町の噂はどうにも解らない。

 もっと自信を剥き出しにしても良いくらいの実績を持っているだろうに、口から出て来る声は穏やかで、まさに私達が触れ合った馬車を引く馬のよう。やはり、動物は飼い主に似るものなのだろう。


「これからは僕がこの町を引っ張っていけるよう、頑張らないと。そう思って邁進しています」


 野心か、はたまた純粋な向上心か。その目の輝きはそのどちらも垣間見えていた。


「元々あった牧場は、あなたとタケシュ、後もう一人のものと言う訳ね」

「そうです。えっと、ミユさん、でしたね。父はもう亡くなっていますから、町の起こりを知っているのはあの二人と古くからの共に働いている人達くらいだと思います」

「町の起こりというと……、此処はもともと村だったのですか?」


 タンの疑問に、マツハムは首を縦に振った。町と村は都市の区分であり、教会が設置されているのが町、それがないのが村となっている。町には教会がある分、規律というものが強くなる傾向にある。それを嫌がって離れ、独自のコミュニティを築いたのが村なのだが……。そこから町へと至るメンタリティは、どのようなものだったのだろう。隣人が魔物となる恐怖に苛まれて、という理由もあるだろうが、好きで町から離れ、好きな者同士で集まったコミュニティで、その様な考えに至るのだろうか。

 それはきっと、ここに暮らす人達にしか解らないことなのだろう。


「そうです。産業が基盤となってしまうと、どうしても逸れものたちだけのコミュニティではいられなかったようで、町長――バイトンさんが教会を誘致したんです」


 やはり町長は、なかなかやり手な人らしい。


「牧場の責任者として立ったタケシュさん、バイトンさん、そして我が家が御三家なんて呼ばれたりもしていますね。順に牛、豚、馬と、別の家畜を育て始めたんです」


 柵を隔てた先の草原に、数頭の馬が仲良さそうに駆けているのが見えた。おそらくそこが彼の牧場なのだろう。町の人が暮らす住居部分に沿って二つの牧場が並び、山側の奥にタケシュのものがあるそうだ。形で言えば三角形のような配置であり、上部の頂点にタケシュ、左にマツハムとなる。

 馬車からは全てを確認することが出来ないことからも、どれだけ広大かと言うことが解る。

 この町に住む人々の大半は彼らの関係者であり、広大な牧場を維持するための従業員となっている。その殆どは出稼ぎに来ている人達で、彼らのために用意された長屋――十部屋ある横に長い家屋――が四つ、教会に近い位置に建っていたのを馬車の中からも眺められた。


 どうやら住宅地はしっかりと区分けされているようで、先で言った長屋の他に、元々古くからこの町で暮らしていた人達、タケシュ、マツハム、まだ会っていない町長であるバイトンの家とその関係者達が暮らすエリア。観光業が始まり牧場が増えたことで、それに関わる人達が暮らすために新たに建てた家が建ち並ぶエリア。

 その三つのエリアを繋ぐよう――とは言え、間はかなり開き空き地が目立つ――に、様々な商店や生活に欠かせない店が幾つか建っている。髪を切ったりだとかマッサージを受けたりだとかという店は、新しく来た人達が始めたそうだ。  

 そうしてどんどんと新しくなっていく町は、やはり彼らの自慢なのだろう。あれは、これはと説明をするマツハムの目は、キラキラと輝いていた。

 その中に、にょきりと煙突が立っているのが見えた。


「お風呂って、あそこにしかないの?」


 私の疑問は、宿からは遠いところにある心配からくるものだった。確かにそこは町唯一の公衆浴場ではあるのだけど、宿にはそれぞれ専用の浴場があるらしいので、風呂の心配はしなくて良いそうだ。

 風呂場は滑りやすい。だからなるべく、人には見られたくないのである。


「あの浴場も自慢の場所で、滑りにくいという素材を取り寄せて、新たに作り直したんですよ。老人子供にも安全だと評判で、観光客もわざわざ足を運ぶ人もいます。夜には閉まってしまいますけどね」

「夢のような場所ですね」


 素直な気持ちを表すと、にこやかな顔で同意を示された。生まれつき足が弱く、歩く分には問題はないが走るのが辛く足場が悪いと転びやすいそうだ。傾斜が多いこの町では苦労しそうだが、持ち前のやる気で頑張っていると、やはり笑って答えてくれた。


「そろそろ混み始める時間ですね。夕方に仕事を終えて、汚れを落としてから家に帰りたいとみんな思うんです」


 ふと自分の体の臭いが気になってしまった。今日は死体と接することが二度あったから、血の臭いがついていてもおかしくない。この場ではもう今更なのかもしれないが、試食会の前には風呂に入り、着替えた方がいいだろう。


「よかったら、ここの湯に浸かってみたら如何ですか? 宿の湯とは違い薬草が浮かべられた湯となっていて、疲れがよく取れるんですよ。水自体も良いものですからね。おまけに公衆浴場だけに口臭にも効きます。……なんて」


 浴場の話なのに空気が冷えた。


「こほん。――そして、少しでもこの町に愛着を、思い入れを持ってくれたのなら、とても喜ばしいことです。私にとっても」

「行ってみましょう。薬草の湯、興味があるわ」


 珍しい風呂がミユの琴線に触れたのか、空気を変える手助けをしたのか、観光を続けたいと主張しようとする私に見せる笑顔が怖かった。マツハムも妙に笑顔になっているし、それ程この町をアピールしたいのだろう。

 長湯をする可能性を考えて観光は此処までということになり、馬車は浴場裏手に造られた馬車専用の駐車場へと入っていく。水飲み場が置かれ、馬にも優しい場所のようだ。


「君もどうだ? この後仕事がないなら一緒に」


 マツハムに誘われ、御者も風呂に入ることにしたようだった。男三人で脱衣場に向かう際、ミユさんの優れた容姿についてを語る二人と、聞き流すタンの姿が印象的であった。

 褒められてるよ、そう照れる弓使いの腕を肘で突くと、身長の差がありありと見て取れる。別段背が低いことを気にしたことはないのだが――むしろ便利な面もある――、比較されてしまう対象がいるとなると悩ましい。


「どうすれば背が伸びるのかな?」

「小さい方が可愛らしいじゃない」


 このやり取りは、永遠に平行線をたどるものだ。

 お互いの褒め合いに発展したやり取りを繰り広げながら進んだ浴室内は、薬草という苦々しいイメージとは正反対に爽やかな香りに包まれており、女性の入浴は早くに終わっているようで、我々以外の人は見当たらなかった。

 滑りにくいというのも納得の安心感で、緊張感が漂わない入浴というのは、とても久しぶりに思う。湯船には幾つかの麻か何かで出来た袋が浮かんでおり、その中に薬草が入っているのだろう。

 広い湯船に二人だけというのは、いい気分である反面、少し寂しい気がしてしまう。

 

「一つ、訊いて良い? 今更だけど、昔からよく転んでいたの」


 確かに今更な質問だろう。一緒に旅を始めたのはどのくらい前だったか。私が旅に出たのが十五のとき、だっただろうか。その時は聖職者の護衛ということで共に旅をするのはタンだけであったが、野良で生息する魔物を討伐して生計を立てる冒険者と出会うことは何度もあった。その中で共にする人達が何人か現れては離れていき、今でも共にしているのが彼女であった。

 まだ十八年しか生きていないのだから、昔の記憶は簡単に蘇ってきてくれる。神託を受けたのは十三の時だった。その時を境に、ガラッと変わったことを憶えている。


「ううん、昔はね、駆けっこが速いのが自慢だったの。私の家ね、此処みたいに牧場ではなかったんだけど、ミルク目当てでヤギを飼っていたんだ。その子とよく追いかけっこをしていたなぁ」

「じゃあ、もしかして神託が切欠で?」

「鋭いね。うん、神託を受けてから走るのが苦手になった気がする。走ろうとすると転びそうになったり、滑るようなところも駄目だね。最初は、これが聖職者になるってことか、って思ったけど」


 しかし、他の見習いの子達はちゃんとした運動神経があった。こんな調子では旅に出るのは無理なんじゃないか、と心配もされたものだけど。私には神父の言うとおり、類い稀なる回復魔法の才能があったのだ。

 死んでいなければ部位の欠損すら治せ、どんな病も癒すことが出来る。一つの町に根を下ろすには、行き過ぎた力だと判断されたからこそ、旅に出るしかなかった。

 心配そうに私を見つめる、聖職者のトップである聖王の顔が頭を過る。私はちゃんと、旅が出来ていますよと。ばしゃりと大きく顔を洗った。


「やっぱり、ね」


 彼女の言葉ははっきりとは聞こえなかったが、誰にだって秘密はあるものだ。タケシュに感じた私の感覚とのこの町での評価との違いもまた、なんらかの秘密によるものではないかと考える。ふらっと現れた聖職者が、踏み込むようなものではないのだろう。きっと。

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