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一章 ――三――

 森をでた頃には真上にあった太陽が、今ではすっかりと傾き赤く空をも染め上げていた。

 試食会が行われるのは日が落ちてから。日時計によって時間を計るのが主流なため、辺りが暗くなったタイミングを目安にすれば良いだろう。タケシュの奥様への祈りの時間もそのあたりなため、こちらが終わり次第顔を出させてもらうことにした。関わった者として、ちゃんと祈りを捧げておきたいと思ったからだ。


 町の北側にある教会――日時計の役割も果たす――から見て西側、教会を避けるように北東から南に向けて流れる川のほとりで、水を飲む一頭の馬がいた。私達一行の愛馬だ。一応は大聖堂の所有物となっているため、面倒は教会に任せることになっている。

 雑用係であろう人がブラッシングしようと近寄るが、まだ心を開いていないのが鼻息が荒い。逃げ回っているのか、河原まで移動しており、流れによって削られたらしい丸い石と蹄が奏でる音が、更に恐怖を掻き立てている。耳の動きから怒っているわけではないとは思うが、彼が男性であるからだろうか。あの馬は女性には擦り寄る助平なのだ。

 少しアドバイスをした後に橋を渡り、主に観光客向けの通りへ入る。門から川を沿って伸びる道だ。教会指定の宿が通り沿いにあるそうで、神父が先ほど連絡を取ってくれた。食事が自慢の宿だそうだが、それは明日以降の楽しみにしておこう。


 一日中食べられるアイスクリームがあるそうだから、それは別。試食会の後とに、入浴の後にも食べたい。出来れば寝る前にも食べると幸せな気分になれる。


 途中で書店を見つけたので立ち寄る。別に本を読むのが好きというわけではないのだけど、なぜだか推理小説には惹かれてしまうことがあり、よく買って馬車で読んでいるのだ。何故そこまで気に入っているのかは自分でも分かっていないけれど、ちゃんと答えが与えられることに満足感を与えられているところが大きいのかもしれない。

 他の小説はどうも、あなたをどう受け取りますか、みたいな問いかけをされているような気がして困ってしまうのだ。そう思うのは私だけなのだろうか。

 小説を幾つか選びながら一通り覗いてみたところ、牧場の町というだけあり、動物関連の書籍が多いように思う。試しに馬に関連した書籍を流し読みし、念の為に買って置くことにした。今後に役立てないか、タンに読ませておくことにしよう。


「試食会の日に死人が出た。おまけにそれがタケシュの嫁と来りゃ、なにか因縁めいたものを感じるねぇ」

「魔物の所為だと言っていたが、ついついまた暴力かと思っちまうな」


 会計を済ませたとき、そんな会話が耳に入った。思わず会話の発生源へと視線を向けると、本を紐で束ねてくれた店員が気付かれないようにちょいちょいと手で招き、私はそっと顔を寄せて始まった話に耳をかたむけた。


「今回品評会で入賞した牛なんですけどね、生産した牧場主をタケシュさんが目の敵にしていた、なんて噂があるんですよ。やれうちの牧場の方がデカい、やれうちの方が金を使ってる。なんてね。そんな噂です。そんなアピールが鼻についた所為で入賞を逃したと、もっぱらの噂です」


 その怒りの矛先が、奥様への暴力だという――噂。それが事実だとすれば、なる程、そりゃ魔物化も早くなる訳だ。と思うのだろう。優しそうに見えて腹の内では、なんて、小説ではよくあることだ。

 しかし私には、どうしてもそうは思えない。実際に会った彼と、今の話がどうしても結びつかないからだ。そもそも噂だと強調している点も怪しい。それらについて本人に訊いてみたくもあるが、試食会に教会での祈りにと行事は盛りだくさんであり、当事者の一人でもある彼にもそんな暇はないかもしれない。


「どんな本を買ったの?」ミユに問いかけられる。

「メイド事件簿シリーズの最新作。海水浴にやって来たご主人様が殺されちゃうんだって。このメイドのご主人様が毎回殺されるところが見どころの一つで、毎回犯人だと疑われちゃってね。でも実は、このメイドは王女さまなの」

「……ちょっと意味がわからない」


 ファンタジー要素が満載だから仕方がない。シリーズも十作ほど続いているけれど、未だになんで王女がメイドをしているのかも分からないし。どちらかというと、主人公のメイドと事件を追う騎士団との掛け合いを楽しむのがメインなのかもしれない。

 そんな話をしていると、あっという間に宿に着いた。


 宿に着いて荷物を預けると、疲れていないようなら町の散策にでないかとミユが誘う。タンがもしもの時に備えて町の構造を把握しておきたいと言いだしたこともあり、泣く泣く読みかけの小説に手を振って通り沿いを歩き出す。

 通りを教会とは反対側に進めば町の出入り口である門があり、一度は見た景色であったため、新たな発見は今のところない。

 回れ右をして北に向かう。橋を渡らずに真っ直ぐ通りを進むと、突き当たりに大きな屋敷が出迎えてくれる。ここが町長の屋敷であり、町に駐在する騎士団と呼ばれる人達が住む場所も併設されているそうだ。

 騎士は治安を守る、この世界を統べる王国直属の組織であり、ある種で言えば私達は聖職者の同僚でもある。門扉の前に立っていた騎士にも話が入っていたようで、私の顔、左目の下にある肉球マーク――恥ずかしいけれど、これが神から力を授かった証なのだ――を見るやいなや、鈍い金属音を立てて立派など礼を見せてくれた。


「夜になったまた来ます」

「お待ちしております。――あぁ、そうだ。肉を届けに来た生産者のマツハム殿が、もう直ぐ出て来る頃でしょう。お会いになりますかな?」


 丁度良いタイミングだったらしい。その提案に頷いて、少し門の前で待たせてもらうことにする。

 門の傍らには馬車が置かれ、馬が暇そうにこちらを見て尻尾を振っていた。とたとたと近寄り撫でてみると、うん、うちの馬とは違い気性は荒くないだ。事前に手の甲の匂いを嗅がせたお陰でもあるかもしれない。傍に立つタンにも顔を寄せて、警戒している様子はなかった。

 自分達にとっては珍しく思えるリアクションに触れ、おっかなびっくり撫でようとする彼を揶揄うミユも、その撫でる手はどこかぎこちない。弓を引く手は堂々としたものなのになぁ、と少し笑いそうになってしまった。

 それでも馬は大人しく、優しい目を私達に向けている。よほど愛情を持って育てられたのだろうか。

 馬車の影から出て来た御者の男は、誰にでも懐くんですよと朗らかな声を響かせている。飼い主ではないのだろうけれど、動物というのは身近にいる人に似るのだろう。そのくらい人懐っこい笑顔だった。


「おっと、来たようだ。聖職者様、マツハム殿が出て来ましたよ」


 ひとしきり馬の毛並みを堪能した頃、騎士の声と共に門が開き、一人の男性が現れた。

 歳はタケシュより若いのだろう。詳しい年齢は聞いてはいないが、彼は五十代、出てきた人物は三十代という印象を受ける。爽やかな黒の短髪に、少し下がった目尻が優しげだ。もしかしたら親子と言えるほどに離れているかもしれない二人の関係性が、噂通りのものであったのなら、ふくよかで余裕を感じる見た目に反し、少し大人気なく感じてしまう。

 一瞬ポカンとした表情を浮かべた彼に、騎士が事情を説明する。すると御者の人に負けず劣らずの笑顔と声を持って、私に向かって頭を下げてくれるのだから、私も思わずぺこりと下げ。


「この度は――」

「この度は――」


 労いとお礼の言葉が、ぶつかって溶けていった。

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