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エピローグ

 空が真っ赤に燃えている。この町にやってきた時に見た夕焼けよりも遥かに赤い。悲しみの雨は降りそうもなく、ではこの赤は、いったい誰の感情を表しているのだろう。それとも警告なのだろうか。これ以上進んではならないと、この町に警告をもたらしているのだろうか。誰の目にも明らかな分岐点が、この町に訪れている。


 教会の一室。神父のプライベートルームである其処には本棚一杯に小説が詰められ、私は話をしながらも僅かに気を取られていた。――あ、好きな小説がある。趣味が合いそうだ。だか、気は合いそうもない。


「そうですか。――あなたの推理は、全て当たっていたのですね」


 クッションの効いたソファーに向かい合って話していたのは、今回の事件の顛末であった。明らかになった事実を突きつけられ、残された言葉をその身に受けて膝から崩れ落ちたタケシュの姿は、今後しばらく脳裡に居座ることだろう。


 マツハムは、タケシュに対して複雑な思いを抱えていた。ヤニス夫妻のもとへ送られたのは、三歳の頃。バイトンには仕事が忙しく育てられないからと言って、二人の元に預けたとタケシュは語っていた。

 何故、親と離れ離れにならなければならないのか。何故他人を親と呼ばなければならないのか。幼心に屈折しなかったのは、ヤニスの真摯な対応のおかげだった。それでも、ヤニスの死をその目に映したとき。彼は実の親の下に戻れるのではないかと、期待していた。その期待を、タケシュは打ち砕いたのだ。

 真実に目を背け、隠そうとする彼に、マツハムは絶望し、自分で全てを計画した。カロサが埋められた場所を起点に畑を整備し、バイトンの計画を利用して今の観光牧場を作り上げた。しかし、その計画を実行するにあたって、やはり、タケシュという存在の偉大さに気が付いたのだ。


「この町に居なければならないのは、タケシュさんだった。彼がいなければ、この町は存在していなかったのだから。

 知らない土地に、ポンと牧場を作って軌道に乗せろ。そんなの無理に決まってるよ。病気になったら治療する術は限られる。いくら薬は作れると言っても、適切なものかどうかの判断はどうするの? 出産だって大変だよ。複数頭が同じタイミングで産気付いたらどうする? 適切な指示を複数人にしなくてはならないよね。餌だって好みによって食べてくれないかもしれない。いっぱい食べられるように工夫しないといけない。

 タケシュさんは、それを熟してしまった。それによって、バイトンも、町の人だって付け上がってしまったんだよ。彼が偉ぶらないから、自分たちの頑張りの成果だって。肝心なものが見えていなかった」


 恨みはあったけど、その能力は尊敬に値していたのだ。共に居た日々に楽しい思い出もあっただろう。だから、彼は反抗的な面を見せながらも、彼やその妻のことは尊敬してやまなかった。だから、生きて戻ったことを知って、後を託したのだろう。


「立ち直ってくれるでしょうか」

「そう願うしかないね。安寧のために差し出された子供たちを思う必要もなくなった。それが町のために繋がることも、もうない。その現実を突きつけられてしまったのだから、もうバイトンを庇うことは出来ようもない。そのバイトンも、既に騎士団が拘束した。無実を訴えているそうだけど、少なくともヤニスの件には証拠がある」


 マツハムはしっかりと、証拠の写真を残していた。

 バイトンがいたと証言されている墓地から伸びる、不自然な光。その光りに照らされて暴れ出す馬の姿を。おそらく、その光は魔法によって作られたであろう。実物が残っていなくとも、過去を遡って魔石の購入履歴を調べれば、彼の犯行を裏付ける証拠になる。


 親子二代に渡って紡がれた固い糸に、絡まって藻掻く姿は少し、滑稽にも思えた。そんな姿を見て、私の感情は、いくらか高ぶっているようだ。


「こうやって、私が言葉を砕いている意図を、あなたは感じ取ってくれています? あなたは神父として、この町の在り方を正せたのではないですか」


 強めた語尾に、正面に座る老いた神父は、ただ目を瞑って息を吐いた。


「若ければ、きっとそうしただろうな。この町の異様な在り方は、直ぐに感じられたのだから。騎士団だって解っていたさ。けれど、彼らの存在はあくまで治安維持。感情的な面で矢面に立つのは、やはり我々なのだろう」

「ならば何故、何もしなかったのです? カロサが死んだとき、――いや、ヤニスが死んだ時に何か出来た筈です。若さなんて、関係ありません」

「その言葉が、若いってことだ。出来ないさ。出来るはずがない。信じるものは救われるんだ。あの時の人々は、確かにバイトンを信じて救われていた」

「そんな理屈は知りません。はっきり言ってあげます。あなたもバイトンと同じ属性です。他人に持ち上げられることを望み、その悦に入っていた。それを手放したくなかったんでしょう。立場上、手放すことはないはずなのに、その自意識からそう幻想していた。

 さっきは濁しましたけど、カロサの事件、あの現場を見てバカ正直に川を調べるのはおかしいでしょう。此処は本当に谷という表現に当てはまるのかと、言葉てしての正解云々よりも、不思議に思っておかしくない場所です。男なのに力があって、さぞ気持ちよかったでしょう。自分が特別だと思ったでしょう。あの事件を突くより、放置したほうが自分にとって得なのでは、なんて思ったんじゃないですか? 私は、特別です。みんなとは違う、特別なんです。だから何が何でも謎を解いて、人々を魔の恐怖から解放してあげたいって思うんです。あなたにはそれがないんですか? ――こんな小娘に言われっぱなしで良いんですか?」


 立ち上がり、俯いたままの神父に言葉を注ぐ。


「せめて、これから始まる祈りの会で、真摯に祈りを捧げてください。この町に生きる一人ではなく、神父として。そして、彼女の遺体もあるべき所に。あの墓を、本来のものにしてあげてください。それが、――彼の望みですから」


 部屋を出て、粛々と準備をする町の人とは視線を合わせないようにして外へ出る。墓地の方から姿を現したトマンとリナルには、軽く会釈をする。


 今後、この町はあの牧場に――観光に委ねられることとなる。成程、確かに、これ程の復讐はないだろう。もはや生き残るためには、別の力のあるものに尻尾を振らなければならない。自分達をそんな存在に陥れた存在を、彼等は今更呪うのだろう。

 呪い、か。……そうして得た勝利の証を、神は供物として認めるのだろうか。その判断は、私には出来ない。するつもりもない。後は、そう、まさに神のみぞ知る。それでいい。


 どこまでも続く赤い天を仰ぎ見る私の背に、「ノーハもお礼を言っていました」と声が掛けられる。少し、肩が軽くなったようだ。軽く手を挙げて、振り返らずに歩みを進める。目指すは愛馬の下だ。



「話は終わったのね」

「ガツンと言ってやった。なんか、あぁいうの腹立つ。私ってやっぱり、若いんだろうねぇ。そして都合のいい奴」

「なにそれ」

「自分に出来ないことは、誰かに任せるってこと」


 そうミユに返し、呑気に水を飲む愛馬を撫でる。血気盛んになりきればいいのに、という言葉は聞こえないふりをしておこう。一応、冷静であれ、というのが憧れなのだ。


「あんた、犯行見てた――いや、聞いてたでしょ。もう少しリアクションしてくれてもよくない?」


 尻尾をゆらゆらと揺らす彼の額を、ペチペチと軽く叩く。さらに尻尾が揺れた。――あの人は、喋ることの出来ない相手の扱いは得意なのに、何故言葉を交わせる相手とはこうも拗れてしまったのだろうか。


 人というものは、かくも難しいものだ。


「イノリ様、準備ができました」


 食料を買い求めていたタンも戻り、私達は次なる旅に向けて出発をする。儀式に使われる牛を、聖都まで届ける旅を仰せつかったのだ。世話役に割ける人員は今、この町にいないため、近くの町――この町に鍬を卸している町――に寄って合流する手筈となっている。飛行船が使えればあっという間の道中なのに、供物を大地から離すのはご法度だと言うから仕方がない。


「祈りの会に参加できないのは残念だけど、早く連れてこいと仰せつかったのなら仕方がない。さぁ、出発しようか」


 馬車に乗り込み、それぞれが定位置に腰を下ろす。日が落ちる前に町につかなければ、牛もストレスを感じてしまうだろう。そう遠くはないと聞いているから、まだ余裕はある。けれど、もし何かあったら、と思うと急ぎたい。しかしあまり急がせては、それもストレス。なかなか難しいお役目だ。


「ところで、秘密を抱えたお二人さん。暴く前に教えてくれたら嬉しいのだけど」

「暴けるものなら、暴いてみなさいな」

「このタン、隠し通せる自信はありますぞ」


 この町の人達も、ここまであけすけになれたら良かったのに。思わず出た微笑みを携えたまま、私は窓から顔を出す。

 また、この町に戻ってこよう。そして、今度は不思議な川の謎を解いてやるのだ。自分のためにも、――あの二人に、捧げるためにも。

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