六章 ――五――
背後から感じる視線は、おそらく、きっと、確実に説明を要求しているのだろう。三人の歩く速さは、確実に私よりも勝っているのだ。それを追い越さずに、隣に並ばずに、ただひたすら歩調を合わせて付き従っているのは、無言の要求に他ならない。
そんな様子が、私の悪戯心を刺激してやまないのだ。しかしまぁ、目的の場所に着いたら直ぐに作業を始めたいし、そのために東屋に保管されてきた道具の類も持ってきた。そらそろ、解答を披露しても良いだろう。
三人の視線に応えるように、私は鼻歌交じりに――緊張を隠すようにして口を開いた。
「先ず、このパズルの攻略法は何が隠されているのかを推察するところにあるんだよ。私達が求めた真相というのは、二十年前のヤニスの事件。でも、それは妻であるカロサの事件を発端だね。そう考えると、隠されているのはカロサの遺体でもあるのではないか。その事実が第一条件。
そして第二条件。カロサは如何にして亡くなったのか。それは、谷に落ちたというのが証言だったよね。つまり、その事実。
そして三つ目の条件が、マツハムさんが遺した『真相はこの裏に隠した』という言葉。カロサの遺体は、どのようにして埋められたのか。そのまま埋める? いいや、もともと騎士だったヤニスが、そんな薄情なことをするだろうか。きっと、棺にでも入れて埋めたんじゃないかな。この町でも、多くの町でもそれが一般的だから。そこで『真相はこの裏に隠した』、という言葉が生きてくる」
一呼吸置いて、三人に問い掛ける。
「ひらがなって、解るよね?」
「勿論ですよ。使徒から齎された文字の一つですよね。魔法を使うための漢字もその一つです。他にもカタカナやアルファベットなんかもあります」
「はい、カノタさんよく出来ました。では、当然の如く五十音表というのは頭に思い浮かべられるよね? あいうえお、ときて、かきくけこ、と続くやつ。それを、一行毎に山折り谷折りやっていこう。そうすると、答えはもう、完全に現れている」
「――なるほど、ヒツジね。棺が埋まっていると考えれば、町から山を越して見えた『ギ』の裏には、『ジ』が隠されている。だから、ヒツジを当てはめた木の下に、それは埋まっている」
虚空を見つめて、そこに浮かぶ表を見つめる男二人をよそに、ミユがあっさりと結論に至った。つまり、その程度の情報があれば解くことのできるもので、他の要素は、木の配置以外は殆どダミーなのだ。
「そう。そして、私達は謎を考えるあまり抜けていたところがある。棺を埋めたのはヤニスだったのかもしれないけど、その後にマツハムさんは、ヤニスの事故に関する何かも其処に埋めた節がある。それに、のちの管理をマツハムさんに任せるとすると、どうしたって足の悪い彼には負担が大きいよね。そう考えると、なるべく近いところに、けれど近すぎないところを考えて埋めるはず」
ヒツジを表した木は、畑の入り口にある。マツハムもそれを利用して、今の畑を作り出したのだ。その場所なら作業のついでに掘り返して新たに埋めたって手間ではない。しかしそんな場所に埋めたとしたら、手始めに掘り返してみてたまたま当たりを引いた、なんてことが起きてしまうだろう。
勿論、そうならないようにする工夫も、彼は考えた。
「埋めたのは当然、通路側だろうね。秘密を暴こうと息を巻く人程、畑に、その奥にあるだろうと考えると思う。馬車で乗り付けられる足下にあるなんて思いもしない。踏み固められていて掘るのも大変だろうしね。てことで、力自慢の騎士の皆さんには頑張ってもらおうか」
到着して、程なくして力自慢が魔法に任せて掘り上げた穴の中に、二つの箱が現れた。一つは人一人入れるほどの大きさをした木箱。お手製の棺なのだろう。もう一つは、牛乳の瓶を一ダースほど入れておけるくらいの大きさをした、カバン錠で封じられた箱だった。
箱を封じるカバン錠にはダイヤルが付いており、その桁はなんと九桁。億である。念には念を入れ、ということなのだろう。となると……、うん。カノタはちゃんと役に立ってくれた。部隊長にはしっかりと報告をしておこう。
「数字は、っと。左から◯二八六、後は全部ゼロだね」
「え!? い、イノリ様、何故判るのですか!?」
驚きの声を上げたタンに、カノタとミユも激しく首を上下に動かした。
「単純なことだよ。この手の暗号には自分の好物を使ったりするだろうからね。マツハムさんの好物は揚げた饅頭。つまり万、十。その桁を揚げると、億と万。それにマツハムという名前を語呂合わせのように数字に置き換えると、◯二八六となる」
「しかし、それではゼロが続いた後にその数字が当てはまることも考えられるのでは?」
「タンは揚げた饅頭を食べないの? 私が差し出したら、どうする? 日頃のお礼ですー、って」
「家宝にします」
「そういうのはいいから」
ここでボケる肝の強さよ。
「食べるのね。つまり、なくなる。そう考えると、饅頭、万と十の桁はゼロが確定する。語呂を合わせた数字は三つ並んでいるから、一の位と百の位、千の位には入らない。三つの数字が丁度入るのが――」
「ミユさん、その通り。すっぽり収まってくれる訳だよ。よってこの数字を合わせて……っと。はい、開いた」
タンはきっと、これから待ち受けている真相に対峙する上で、なるべく怒りを抑えた状態で挑みたかったのだろう。だから、妙なことを言って場の空気を変えてくれた。私も、少し冷静な目で箱の中身を――、写真を――、彼等の日記を見ることが出来る。
さぁ、答え合わせと行こうじゃないか。




