六章 ――四――
「しかし、よくそこまで想像できるものですね。……あぁ、いや、嫌味というわけではないのですけど、ここまで真実味を帯びたような言い方をされると、過去に戻って見てきたようにも思えてしまいます」
そう両手を振って、勝手に弁明を始めるカノタに、私はよくあることだというように笑顔を見せた。実際、私の発言は想像に過ぎない。けれど、往々にしてそれは真実に近いものとなって、犯人を、はたまた真実を現してくれるのだ。
「まぁ、色々と想像をするのが好きだからね。ある程度のキーワードが得られれば、誰かの視点に立って考えることも出来る。想像力豊かなのが私の武器ってことで」
「強力な武器です」
元はといえば、試食会の際にバイトンに会ったときのことだろうね。彼は、一言もマツハムの名前を出さなかった。名前の出なかった彼も彼で、試食会の場に現れなかった。そういうキーワード、僅かな『臭い』のようなものが、私の想像力を刺激してやまないのだ。
「そんなことより、パズルを解こう。この畑は、お宝――という言い方は相応しくないかな? ともあれ隠されしものに導くようになっているのだと思う。そのヒント、と言うより構成されている付属品が、観光牧場というわけだね」
「その根拠はなんです?」
「カノタさんはその時いなかったけど、リナルさんに話を聞いた時に、マツハムさんから『真相はこの裏に隠してある』と聞いていたそうなの。奥様でもタケシュさんでも他の誰でもなく、神父様でもなくリナルさんということは、観光牧場に関係がある、と暗示しているんじゃないかな」
実際訪れた畑に、なんとも怪しい要素があったのだから当たりだったのだろう。
先ず、この畑は入口と、山葵畑へ通じる階段以外を生垣によって囲っている。そこから外に通じる道がないことは、崖の上から確認した私達は知っている。しかし、その上から見たことによって、怪しさというものが増していったのだ。
「それを裏付けるかのように、この生垣、迷路みたいになっていたんだよ。崖に面した部分以外は、教会の墓地を取り囲む生垣みたいにね。ただ、そこへ通じる道はない。完全に囲まれているからね」
「では、その迷路に出るための仕掛けがあるということですか?」
その問いに、私は応えるのを躊躇した。私は、そこに違和感を感じている。
「その前に、もう一つ怪しいところがある。生垣には一つの面に対し三本の木、いや、川沿いには二本なのだけど、間に挟まるように植わっているの。木の種類で言えば松だね。けれど、その中に一本だけ違う木が植わっている」
「あぁ、サルナシの木ですね。酒造りに使えるかもしれないと、試験的に植えたという話は聞いています。結局設備を造る余裕がなくて、頓挫しているそうですけど。ちょうど入口の右手に植えてありましたね」
「その木が植えてあるのは、みんなが知ることなんだね」
「ええ。計画を白紙にするつもりはなくて、酒造りも観光の目玉にしたい。酒に合う料理もタケロスに考案してもらおうか。そうマツハムは言っていました」
「ブドウやリンゴは考えなかったのかな?」
「さぁ、そういう話は聞いていません」
なるほど。サルナシの木である、と言うことに意味があるのなら、観光牧場に関連付けることは難しくない。十一本の木、というのもポイントだろう
「タン。観光牧場にサルがいたよね」
「ええ、小さくて可愛らしいサルがいましたね。サルといえば素早いイメージがあったものですが、あのサルは動きがゆったりとしていて、ますます可愛らしかったのを覚えております」
どうやら可愛いものが好きらしい。初めて知った事実だ。
「で、ヤギもいたね」
「はい」
「でも、トラはいなかった」
「そうですね」
「ついでにドラゴンなんているはずない」
「勿論ですよ。ドラゴンは空想上の生き物で、現実にいるとすれば、それは十二の使徒の一人でしょう」
「待って、まさかこの十一本の木は、それぞれ十二の使徒を表しているっていうの?」
食い付いてくれたミユに、こくりと頷きを返す。注釈として、観光牧場にいる動物である、と言うことも忘れずに。動物を象った十二の使徒は、この世界では一番古い歴史とされている。遺っている、と言い換えてもいいかもしれないが。
ともあれ、その使徒は一年を十二に分けた際にも使われるメジャーなものだ。パズルの仕掛けにするには解答者にも分かりやすい配慮となるだろう。
十一本の木はそれぞれ、ドラゴンとヤギを除いた動物を表してある。サルナシの木は、そこにサルが当てはまるというヒントであろう。そして足りない木はドラゴンのことを表しており、山葵畑の入口となっているそこはちょうどサルナシの木の正面に位置している。
十二の使徒がそれぞれ旅に出発した順番、というのは伝承に残っており、ネズミから始まりウシ、トラ、ウサギ、ドラゴン、ヘビ、ウマ、ヒツジ、サル、トリ、イヌ、イノシシと続く。順番に動物を当てはめていくと、サルとドラゴンの配置からして、反時計回りとなるだろうか。
「でも、そうなるとヤギはどうなるの? あの動物は使徒に関係ないはずよ」
「マツハムさんは駄洒落が好きみたいだからね。八本の木、に掛けているんじゃないかな。ドラゴンを抜いて十一本。観光牧場にはいないトラを抜いて十本。ヤギが表す八本の木が怪しいのか、それ以外の二本が怪しいのか」
「あ! それが迷路へと続く隠された道の在処というわけですね。なるほど、一本は迷路への入り口、もう一本は迷路から外へ出るための出口。そう考えられるかもしれません」
「それをカノタさんが解いたことで、ハズレが確定したかもしれないけどね」
三者三様のポカンとした顔を目にすることが出来た。
「まぁ、私は東屋で座って待ってるから、三人は怪しい木があるかどうか、その周囲の生垣に怪しいところがないかどうかを調べてきて」
「しかし、ハズレの可能性もあるのですよね?」
「タン。諦めるのは調べてから。可能性を潰すのも私達の仕事だよ」
「その仕事を、あなたは放棄するのかしら」
「私は頭脳担当なので。ちょっと一人にさせてほしい」
体良く三人を追い払い、中指で鼻梁をトントンと叩きながら、私は思考の海に沈んでいく。
何かがおかしい。今組み立てた推理は、何かがおかしい。理由は単純だ。迷路なんかに入らずとも、畑の外へは行くことができる。はしごを持って崖の上の通路のような場所に出れば、生垣を越えることは可能だからだ。迷路へと続く道など必要ない。
だとすると、解かなくてはならないパズルは、全く別のものなのではないか。
いや、全くというのは違うのかもしれない。観光牧場の動物を木に当てはめる。そこは動かせようがないだろう。ヤギが暗示する八本の木も同様であり、それを除いた二本に何かがある。そこも正しいように思う。
では、その二本をどうやって特定するのか。観光牧場において、二頭の動物に共通すること。それを考えれば良いのだろう。
先ず、哺乳類が八、爬虫類が一、鳥類が一。一応、八と二に分けることができる。しかし、ヤギもカウントに含めるとすれば、哺乳類が九になってしまう。この分け方は、どこか違うように思う。観光牧場がヒントとなっているのなら、紛れもなく、ヤギだって登場人物だ。
施設内で飼育されていた物で分けたらいいのだろうか。そうなると、内と外のどちらに意味があるのか。どうにも、ヒントが足りないような気がしてならない。
はっきりとしたヒントとなっているのは、マツハムの『真相はこの裏に隠した』という言葉だ。これをリナルに残していたことから、観光牧場もヒントの一部だと考え、事実、山を越えて町の裏にある畑で、観光牧場と繋がりがありそうなものを見た。その言葉から、他に何が読み取れるのだろう。
背後を流れる川で、微かな音を感じた。魚でも跳ねたのだろうか。それをも商売に転化させられたのなら、この町の収入は更に増えることだろう。
――そうか! 川も畑の一部になっている以上、それを含めて考えることが正解なのか!
観光牧場の中で、川。つまり駄洒落好きのマツハムの目に叶うものがあるとすれば、抜け殻を販売しているヘビと、毛皮を収穫しているヒツジが挙げられる。この二つが、ヤギから続く暗示に違いない。
いや……、ヒツジは刈り取った体毛が生産品なのだから、毛皮とはまた違うのか。これ、振り出しか? いやでも、なんとなくヒツジが引っかかる。
ヒツジ……、羊……執事……、頭の中に現れた妙に笑顔を浮かべた護衛執事を蹴り飛ばした。その衝撃が光を成したのだろうか。
お陰様で、その二つに絞られたこのパズルの全貌は私の眼前に真実を現した。このパズルは、そう。あくまで二十年前のものだ。
思考に熱が入ったのだろうか、鼻梁に少し脂を感じ、袖で軽く拭っていると三人が戻ってきた。
「パズルは解けたよ。はい、移動移動!」
鋭い嗅覚を持つ私は、まさにその時、牧羊犬であった。




