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六章 ――三――

 私たちの元へ駆け寄ってきたカノタは、喘ぎながらもただじっと私の顔を見て、悔しそうに呟いた。


「タケロスは、歳が近かったから、勝手に友人だと思ってんです……! なんで殺されなきゃ、ならなかったんです。殺したのはタケシュ、なんですか?!」

「殺したのはバイトンさんだよ。薬の匂いや味を変えることが出来るってのを、見抜けなかった私達の落ち度かもしれないけれどね。でも彼まで殺されるなんて想像も出来なかったから、仕方がない。だから、落ち着いて」

「仕方がないじゃ済みません!」

「なら、尚更落ち着いて。そして私に情報を頂戴」


 わずかに残った水筒を押し付け、空いていたベンチに座らせる。中身を飲み干したのを確認すると、私は、待ちきれずに質問をした。


「ヤニスが使っていた荷馬車は、それに使われていた魔法は一言で言えば水陸両用のもの、ではありませんでした?」

「え、ええ。そうでした」

「その荷馬車は、仕入れたばかりのもので、事故があった時に初めて使われた。間違いないですね?」

「ええ?! な、なんで解るんですか? 馬車のメーカーでは情報が出てこなさそうだったので、ダメ元で造船所を当たって、片っ端から問い合わせてようやく大手に吸収された小さな会社を探り当てて照会したのですよ?」

「あの時の事故が原因で、研究が頓挫して火の車になって、吸収されたんでしょ。そして今、この町で騎士団が使っているようなボートが開発された」

「何故それをー!?」


 ごめん、最後は当てずっぽう。

 

「まぁ、バイトンが犯人なら、と考えれば、直ぐに思い付くことですよ」


 そういったところで、三人はぽかんとするだけだった。ならばさっきの仕返しだと、口の端をニイっと上げてミユを見つめながら、「説明しよっか」と声を張った。


「先ず断言しようか。川の水は、魔法を発動したりはしないよ。でも不思議な力が宿っているのは間違いないね。その一端を、私達もよく知っている。魔法薬の話を憶えてる? 川の水を利用すると、毒が逆に良い効果になる。まるで反転するみたいにって話。カノタさんはよく知っているでしょ?」

「ええ。この町を支えた物ですから」

「で、私達はマツハムさんから熱心に公衆浴場に誘われてたよね。そのセールスポイントはどこでしょう。ミユさんはよく食いついていたから、判るよね?」

「薬草を浮かべているから、疲れがよく取れると言っていたわね。そういうあなたも、滑らないに食いついていたと思うけど」

「それは措いといて、タンは入浴中、マツハムさんからバイトンさんの凄さを聞いたんでしょう? 浮かべられた薬草を手にとって」

「はい。川の水があるから、この薬草もいい効果を発揮できるんだ、と」

「そう。彼は最初から、バイトンを印象付けようとしていたんだよ」


 全ての状況は揃った。今なら、マツハムの、ヤニス夫妻の死から続く行動を事細かに想像できる。それを受けたバイトンの行動も、だ。


「カノタさんも来たから、もう一度、マツハムさんを軸にしたストーリーを紡いでみようか。先ず、カロサは自殺した」

「その理由は?」ミユが問う。

「おかしいからだよ。聞いている状況が。先ず、カロサが谷から落ちた、と聞いた神父様は川を遡って遺体や魔物を探したそうだけど、そこの川は落ちたら命を落とすほどの高さなのかな?」


 教会の傍からここに来るまで、地面から川面までの距離は多少の変化はあるが、ローラスの言っていた通り、せいぜい子供が飛び込みを度胸試しとして楽しめる程度の距離だ。


「打ちどころが悪かったとか、落ち方が悪かった、なんてことはなかったのですか?」タンの疑問は尤もだ。

「そういうこともあるだろうけど、先ず前提が違う。彼ら夫婦は、調査をしに向かったんだよね。川沿いをまっすぐ進むのは、調査として正解かもしれないけれど、先ずはどこまで進めばいいか、川の始まりは確認できるのかどうか、ってのを調べるのが先決だと思う。となると、ここはとても都合のいい場所だよね。段差を登っていけば、高いところから川を眺める事ができる。神父様は谷と聞いて、山間を流れる川を想像したのかもしれないけれど、それは違った。いや、わざとそう仕向けた、と言えばいいのかな」

「実際は、あの時見えた裂け目に落ちたのね」

「そう。村のために、ということでタケシュさんの息子を迎い入れた彼としては、村のために――ひいてはタケシュさんのためにその事実は隠すしかなかった。自殺なんて話になったら、自分の所為だ――なんて責めてしまうかもしれないしね。だから、川のことだと認識させる余地があるように、谷に落ちたと表現したんだよ」


 これでカロサの事件は終わりを見えたが、それで気がすまないのが、彼女に恋心を抱いていたバイトンだ。


「しかしバイトンにとっては由々しき事態となった。例え自殺だったとしても、何故停めなかったんだと腸が煮えくり返るような想いだっただろうね。だから、殺害計画を企て、荷馬車を取り寄せた。この荷馬車なら、たとえ川に落ちても移動に困ることがないよ、とね。都合のいいことに屋敷を建築するために木が必要だったし、此処には十分過ぎるくらい木が生えているからね。取りに行かせるには十分だった。それで何らかの方法で馬を暴れさせて川に落としてしまえば、あとはもう、狙い通り」

「まさか、水陸両用という魔法が、反転したとでもいうのですか?!」カノタが驚いたように声を上げる。

「勿論、条件はあるよ。あれはおそらく、魔法薬を作っていたから判明したことなんだろうね。あの川の水は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 水の上を進むためには、当然水の上で安定させる必要がある。それが反転してしまうのは、不安定そのものだろう。そして移動ができない。不安定に移動ができずに流されていくさまは、端から見れば川が荒れているように見えても仕方がない。

 それがあの事故の真相だ。そうして亡くなったヤニスは、恨みの矛先を知ることもできないから町に戻ることもない。行方不明だとするしかない状況が出来上がった。


「マツハムさんの時も同じだね。魔力がロープを伝ってしまうから、重くなるはずの魔法が反転してしまうんだ。だから魔法を発動させようとすると浮かび上がってしまって、そのまま川を流される。けれど、川に浸からない鍬は影響を受けなかったんじゃないかな。それで鍬そのものの重さと、魔法による軽さが交互に起こり、流れと合わさって体を回転させて川縁へと運んだ」

「ちょっと待って。でも、先ほどの話が事実だとしたら、マツハムはバイトンが殺人を犯した、それも自身の養父を殺した人だと知っていたのよね。そんな人からどうやって毒を飲まされるというの?」ミユの疑問は尤もだ。

「うん、少し順番が前後してしまったね。じゃあ、話を今回の事件の始まりに移ろうか。そうすれば判るから」


 この事件の始まり。被害者は本来、マツハムさんではなかったことが上げられるだろう。


「先ず第一に、今回の事件での本当の被害者とされていたのは、タケシュさんである。というのが前提にあるの。私達が立ち寄った森には魔物がいたからね。そんなところに行けば生命はないようなもの。それが全容だった」

「私達が助けたから、計画が変更されたということでね」

「そういうタンは、誰の計画が変更されたと思う?」

「え、それは……バイトンでは?」

「そうでもあるし、そうでもない。バイトンと、マツハムさんの計画が変更を余儀なくされたんだよ。でもタケシュさんの生還を聞いた時点では、バイトンは計画を変更させる余地はなかった。というのも、マツハムさんを殺す理由はなかったからね」


 年男を殺すメリットなんて、一切ないんだ。それがあるとすれば、余程捕まらない自信がある時でしかない。帰還の報を聞いたのは、試食会に対する打ち合わせの最中だっただろう。そのわずかな時間で、彼は新たなる殺人を決意できただろうか。普通の状況では、決断には移れないだろう。失敗すれば、破滅は確定的なのだから。


 しかし、その時まさに、バイトンはマツハムを殺さなければならない状況に追い込まれていた。


「一番誤算だったのは、むしろマツハムさんの方だったね。彼はタケシュさんがもう戻ってこないだろうと、その状況から決め込み、バイトンに町長の座を退くように促した。もしかしたら、過去の犯罪の清算まで踏み込んだのかな。そこはもう、分からないかもしれない。でも過去の罪における証拠は確かにあるだろうから、何か要求したのは間違いない」


 そこで、三人からストップが入る。何故タケシュがいるとバイトンに罪の清算を迫れないのかが、疑問のようだ。

 

「そうだね、仕事の面では信用していたけど、その他の面では信用していなかった、というのが大きいと思う。だって、ヤニスが死んだ時に写真でその時のことを撮影していたとして、それを誰にも見せずにいられると思う? 先ずは身近な人に相談するでしょ。頼りになる大人は、町のリーダーたるバイトンか、畜産の面でのリーダーであるタケシュさんか。片方は駄目なのは判りきっているから、相談するなら一人だけ。で、もしもその相談が通っていれば、今の状況にはなっていないよね。居ては不味いという状況が、過去にもあったとしか思えない」


 その時も、町のためにバイトンを守ったのだろう。そしてさらに不信感を募らせた要因がヤニス夫妻の写真の有無だ。これはおそらく、町の人から真相を隠したいという圧力があった面と、彼自身がタケロスに配慮したものであったのだろう。ヤニスが亡くなった以上、親友の忘れ形見は責任持って育てようと思った筈だ。そうなると、自殺や不可解な事故の話はどうしても言いにくい。話に聞き及ぶマツハムとの関係からしても、相当不器用な人なのだろう。『余計なことをするな』、『身の程を知れ』、か。マツハムの計画をある程度聞いていて、そんな発言をしたのだろう。そんな事をすれば殺される。何もするな。そう言ってしまいたかっただろうけれど、どうしても言えなかった。マツハムの気持ちも考えてしまうから。人のことを考えるがあまり、黙ってしまう。本当に、不器用な人だ。

 しかし髪の色の問題もあって、当然諍いも起こる。その光景を見たマツハムはの気持ちは、今では推し量るしかない。


 あのペンダントは、マツハムが隠し持っていたものを渡したのではないか。タケロスの心の拠り所になればと。自ら命を絶とうとするほど、自らの境遇、出自も、本当の親も、誰も教えてくれずに、墓は確かに存在するのに、生きていたことさえ感じさせないような町の雰囲気に想い悩んだ彼の気持ち、崩れ落ちそうな心を支えられたら、と。

 目に見える事実の中では、きっとタケロスはマツハムを兄だと思うだろう。しかし隠された真実の中では、それはただの偽りだった。たった独り残された彼に、謂れのない贖罪を感じながら、差し出したのだ。自身が彼らの息子ではないという唯一の証明を。自分だけが、彼と想いを共通できる存在なのだと。


 すべては、そう、もう推し量るしかないのだ。後にすべて明かされることを信じながら、彼の気持ちに応えるように、彼の気持ちを想像して、彼の残したものを暴かなくてはならない。


「曲がりなりにも自分を産んでくれた人達なのだから、見殺しにはしたくなかった。けれど、そもそも自分のこんな現状を作り出した原因でもある人なのだから、積み重なった恨みを晴らすいい機会になった、と思ったのかもしれない。どちらにせよ、町を出てしまったのならもう後戻りはできない。自分が立場を奪えられれば、この町を変えるチャンスになると思い至った」


 その宣言に焦ったバイトンは、過去に自信が使った方法を利用することを思い付いたのだ。幸い、罪を被せるための人物は舞い戻ってくれたのだから。

 

「だけど、タケシュが戻ったことで窮地に立たされたのは自覚できたんだろうね。その時、自分が死ぬことを覚悟したんだよ。父がそうしたように、自分も託そう、と」


 だからこそ、私達に熱心に公衆浴場を勧め、バイトンの影をちらつかせ、謎を解かせようとした。毒だって喜んで呑んだのだろう。

 旅の聖職者がタケシュを救ったというのは、当然、母の死とともに伝わっていたのだろう。だからこそ、この町を知らない、この町の考えに左右されない者にすべてを託すことにした。


「自宅で待ち合わせて、バイトンの荷車に乗せてもらって牛舎まで移動し、病気の牛に薬を飲ませたタイミングでバイトンから話を持ちかけられたんだろうね。すべての罪を認めよう。悪かった。お詫びに薬を改良して人間にも効くようにした。これでお前の足も良くなるだろう。もし悪い効き目が出たとしても、川の水を飲めば効果が反転して効き目がなくなる筈だ。溺れないように鍬を巻き付けてやろう。魔法を使えば浮き替わりになる。――これ幸いにと話に乗って、どちらに転んでも自分にはメリットがあると踏んで、まんまと殺されてしまうわけだ」


 観光牧場をタケシュに任せるとメッセージを残したのも、その通りの目的があったにせよ、あれは確実に、私たちへ向けたメッセージだ。鍵はすべて、此処にある。


「また解らないところが出てきたわね。タケシュに託そうとしたと、どうして言い切れるの?」

「実際に任せているからね。観光牧場の今後のことが記された紙にも書かれていたし。それに私達が解決してしまえば、あとはタケシュさんに任せるしかなくなるしね。もしも第三者が介入したときのことを考えて、そのための準備を、彼は頑張ってきたんだよ。その、観光牧場を利用してね」

「観光牧場を利用して、ですか? しかし、第三者が介入することを想像できますかね?」

「この町に住んですなら分かるでしょ? 観光地を旅の目的地にしない旅人なんていないから。特に聖職者なんて彷徨うのが仕事みたいなものなんだし、ある程度の目的地があると移動もしやすい。観光する場所があるのなら、好都合。聖職者向けの宿屋もあるくらいだし、それなりに効果は出てきてたんじゃない?」

「た、確かに」


 駐在する騎士なら、警護のために気を張る場面はあったんじゃないかなぁと思いながらも、あまり指摘することは控えておく。警護というのは、手柄には程遠いような仕事なのだろう。彼の中では。 


「それと、カノタさんは知らなかったね。マツハムさんは意味深なメッセージを残していて、現に、此処は怪しいと思うしかない理由も明らかになった」


 カロサの遺体は、どこに行ったのか。ヤニスの死の真相はどこに隠したのか。隠すならこの場所しかないだろうし、それはバイトン自身も裏付けてくれた。この畑が、町の区画に入っていないのがその証拠だ。

 町の産業として重要なこの畑は、魔物に荒らされる危険性を考慮して騎士を常駐させてもいいくらいなものだ。けれどそうしないのは、誰からの目からも避けておきたいという表れではないか。バイトンは、ヤニスの事件の際にマツハムに不信感を抱いたのだ。私たちと同じように、あの距離から荷馬車の転落を確認できる何らかの方法があったのではないかと。そして私達と同じようにカロサの事件を思い浮かべ、畑の怪しさを感じ取った。きっと、個人的に調査しようとも思っただろう。


 一時は感情的になったカノタには言い辛いが、タケロスを殺した要因もそこにある。畑を自由にするために、そこを管理するものを排除したかったのだ。ただ、それだけのために彼は殺された。完全に、巻き込まれただけだった。生まれてからずっと、彼は巻き込まれただけだった。

 だからこそ、私は、彼に報いるためにこの謎を解きたい。彼が作り出した料理だって、今回の栄誉に結びついたんだ。だから、この栄誉だけは守り通したい。出来ることなら、儀式には彼が作りたかったステーキを私が代わりに……なんて言えるほど料理が得意でないのが辛い。


 まぁ、こういうのは適材適所である。私は、謎を解く。料理は得意な人に任せれば良い。そのためには――


「百メートル四方を生垣で囲い閉じ込めた畑は、まるでバリケードだよね。そして、マツハムさんが親から受け継いで、発展させてきたパズルでもある。畑に施された不自然なものが、それを裏付けているように思うんだ」


 これを綺麗さっぱり解いてしまえば良い。それで、全てが終わるのだろうから。二十年前の罪の証拠が出て、それが可能な人物なのだと町の人達が証言しているのなら、もう言い逃れは出来ない。庇うことの出来るものは存在しない。バイトンはおそらく、自身の行動を伝えておくことによってプレッシャーを与えていたのだ。自分はあの時、そこに居た。そこで何かあったのなら、どうすればいいか判るよな? と。魔物説はそうして生まれたってわけだ。

 それが、巡り巡って仇となっている。あぁ、シンプルでいいじゃないか。私はそう、不謹慎ながら微笑んだ。

 最後の瞬間に頼られたことを誇ってみせろと、凝り固まった父親に、その事実を突きつけてやろう。その償いこそが、息子から与えられる唯一の救いなのだ。

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