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六章 ――二――

 小屋を出て右手を進むと、生垣に遮られた行き止まりがある。左手が畑への入り口だった。

 川から行き止まりまでが、凡そ百メートル。入り口から見通せる先には視界を遮るように生垣が存在している。目測から考えると、正方形を象っているのだろうか。


「タン、ちょっと抱えて上の段に跳んでくれない?」


 首に手を回して、両手でしっかりと抱えてもらう。

 生垣は私の背を優に超えており、タンですら飛び跳ねても視界を遮られてしまう。等間隔に植えられている木の周りは幹に合わせ低くなっているものの、枝振りが盛況でそこから望むことも出来ない。そこで丁度いいのが、崖の上に望む段差のようなものである。


 小屋のあった場所が抉られたように凹んでいたことから、もしかしたらと思っていたのだが、ある程度畑に入って背後を望んでみると、その様子が明らかとなった。崖はすり鉢状になっており、螺旋を描くように通路のようなものが形成されていた。

 なるほど――、と思う。これは調査をする必要があるだろうと理解できる。それと同時に、私が持っていた違和感がその姿を現してくれた。


 ふわりと軽い感触のままに、タンの体は段差の上に舞い降りた。一段登り、二段三段と登っていく。ミユも眼下を眺めながら、その後を着いてくる。最上段は勿論山頂であり、其処からは町の様子を望むことも出来た。


 奇妙な場所だと思う。広大な川はずっと、ずっと先まで続いており、周りは岩の上に積み重なった土から生える木々で覆われている。しかしこの場だけはその限りではなく、正方形に切り開かれた場所に末広がりで伸びるすり鉢状の崖。町を望む背後では、土を木々が覆い隠している。

 本来の村の形を成していたのなら、この奇妙な地形は都合のいい観光地となっていただろう。


 眼下に広がる畑を眺めながら、少し下るように歩く。畑が占める割合は四分の一ほどで、その他は青々とした草木が風で揺れている。いや、一部違った光景が見える。裂けるように開いた空間に、キラキラと光るものが見えた。

 あれは……、水だろうか。もしかしたら、川からの支流が地下を流れているのかもしれない。

 しばらく歩くと、その裂け目が最下部の段差の真下に現れた。タンの腰にぶら下げていた望遠鏡を手に取り、最下部の段差をじっくりと眺める。その端は地上と繋がっている。反対側は行き止まりだが、直ぐ上の段差との距離は低く、先端までは屈んで進まなくてはならない。となれば、上の段に移るのは簡単だということだ。


「なるほどねー」

「なにか解ったの?」


 ミユの問いに答えることはせず、直ぐにタンの胸に飛び込んだ。次は畑だ。


 畑は作物の種類によって区画が分かれているようで、入り口から垂直に畝がいくつも並んでいる。手前から順に葉物野菜が並び、根菜が並び、実をつけるものと続く。それらは下半分であり、上半分は小麦粉とハーブで占められていた。

 植えてそう日が経っていないであろうトマトの苗を見つけた。支柱となる木の枝には汚れが見当たらず、初めて使うものだろうことが窺える。その陰に、件のペンダントが落ちていた。


「此処での作業を終えて、山葵を収穫して町へ戻ったのでしょうか」

「でも私達が食べた山葵は、水辺で育てるものじゃないかしら。此処にはなさそうだけど……」

「あそこ。川沿いに一部だけ生垣が空いているところがあるから、そこから下に降りられるんじゃないかな」


 果たしてその考えは当たっていた。直ぐ下は浅瀬となっており、備え付けられた階段で降りられるようになっていた。階段の先にはお椀型にくり抜かれたような洞窟があり、水が緩やかに流れ込んでいる。この流れが、先ほどの空間を通っていくのだろう。

 薄暗く、植物の生育には相応しくないように思えるが、内部には青々とした山葵の葉が茂っている。川の水の力に、計り知れないものが覗えた。


 階段を登った先にあった東屋にベンチがあったので、そこに腰掛けて休憩とする。タンから水筒を受け取り、その反対側に座るミユにも手渡す。用意していた飲み物が残り少なくなっているので、これが最後の休憩となるかもしれない。


「少し大振りなペンダントですな。正方形の角に突起がありますが、ここが輪になっていて、チェーンを通していたのでしょうか」

「それが壊れて落ちてしまった、ということなのかな。ちょっと貸して」

「でも、首にぶら下げていたものが落ちたのなら、すぐに気が付かないかしら」

「いや、流石に服の中に入れていたと思うよ。一辺が人差し指位あるし、それが首からブラブラしていたら邪魔でしょうがない。でも身につけていたかったんだろうね。ある程度長いチェーンを使って、服の中に仕舞っていた。でも、結構年代物だからチェーンとの摩擦でガタがきていたのかな。壊れて、服の隙間から落ちてしまった」

「そこで気が付かなかったのでしょうか」

「実際、気が付かなかったんだもん。なにか理由があるんだよ。例えばトマトの作業に思ったよりも時間を取られてしまって、急いで山葵を収穫して戻らないといけない、とかね」

「もしくは、落としたのは気が付いていたけれど、急がなくてはならないし、明日また取りに行けばいい。そう判断したのかもしれないわね」


 頷いて、注意深くペンダントを観察する。見た目は正方形のプレート状の物で、蝶番のようなものは見当たらない。よく見るロケットペンダントを想像していたのだが、どうにも様子が異なっているらしい。しかし側面にはスリットが見えるため、複数のものを組み合わせているのは確実である。

 完全に封印されているのか、はたまた開くためにはなにか方法が必要なのか。


「開けごま油!」

「何を言ってるの?」

「いや、油でも塗れば外れたりしないかなぁと」


 重なった二枚の板を捻るようにずらして開ける、というものを思いついたが、どうにも硬くて動きそうにない。肌身離さずに持っていたのなら、汗で錆びてしまいそうなもの。錆びているのなら油でも、と思ったのだけれど、それが正解だと断言しづらい雰囲気はある。


 実のところ、予想していたことが外れて動揺している面もあって、少しふざけて心を落ち着かせただけなのだ。


「私が考えている物が入っているのなら、それは絶対に人に――この町の人に見られてはいけないものなんだと思う。だって、散々茶化して、それが原因で人が亡くなって、その子供が残された。その子供には、その事実は絶対に知られたくない。だから、ヤニス夫妻の写真は残しておきたくない。それをこっそり残しておくとしたら、これに入れるくらいだろうし、なら当然開きにくいものであるだろうけど、絶対に開け方はあると思うんだけどなぁ」

「それは、本当に入っているのでしょうか。イノリ様の考えすぎ、というものでは?」

「それならそれで良いのだけど、可能性は幾らあってもいいからなぁ。マツハムさんが埋めてあるものにそれらの写真があるとは限らないし、それらの写真がないと私の推理に確証が持てないし」


 出来ることなら開けてやりたい。私の推理が当たっていることを証明したい。答えをお預けされた状態で、別の謎に挑むのは、なんというか、うん。


「何より開かないと悔しい! でも私、こういう物理的なパズルって嫌い! 壊したい!」

「あなたって、人の気持ちを読み取るのは得意なのに、なんでそう力任せなのかしらね。……なら、私に任せなさいな」


 ミユが優しく微笑み、私の手からひょいっとペンダントを取り上げた。


「先ず、簡単に開くのだけど普通には開かない。そう考えた時に思い浮かぶのは、道具を使うことかしら。磁石を使うことで開くようになる仕組み。けど、それは指を使っても不可能なものを可能とする方法かしら。磁力によって変化が起こる仕組みねぇ。直ぐに試せるようなことをだから、もっと違うことだと思うわ。すると、道具は使わない。開けるための鍵が必要。鍵穴がないのなら――」


 ミユはブツブツと呟き、ペンダントを上下左右に振り始めた。耳を近づけ、何かを確かめるようにしながら。


「あら、ふふ。ねぇ、あなたでもこれを開ける方法は思い浮かんだはずよ?」

「……というと?」


 もちろん、今の行動をもって大凡の答えは得た。けれど、それが何故、私でも思い浮かぶのかがよく分からない。


「答えは簡単。精密なパーツによる細工なのよ。四隅の内部で棒状のパーツが噛み合っていて、特定の順番で回転させながら振らないとロックが外れない。填まった角を手で押さえておくのもポイントね。こういう細かい作業って、何かのテストであるんじゃないかしら?」


 がくりと、私は頭を下げて項垂れた。私には聖職者とともに、もう一つの顔があるではないか。


「……はい。魔石取扱者の昇級試験で、この手の細工の実技があります」

「資格を得たことで胡座をかいてちゃ駄目よ」


 しょんぼりとしながら頷くと、ミユはあっさりとペンダントを開いてみせた。肩を叩くタンに慰められながら、私はその中身を検める。一枚の写真が収められていた。


 明るい金色の髪が、二つ並んでいる。ベッドに横たわっているのだろうか、枕を頭の下にした女性と顔を並べ、微笑んでいる男性。女性の頬は少し痩けているものの、愛らしい笑顔だ。


「これが、――ヤニス夫妻ですか? 成程、確かに」


 タンは直ぐに違和感に気が付いたようで、納得したように頷いている。ミユもそっと、私に視線を向けた。


「マツハムさんは黒髪。タケロスさんは金髪。後者は養子に出されたってのは、聞いていたから納得していたけれど、両親ともに金の髪色をしていたのなら、その子供も同じような髪色になる可能性が高いんじゃないかな。勿論、可能性で考えたら黒髪だってあり得るかもしれないけれどね。でも、両親が黒髪だったのなら、息子もやっぱり、黒髪になるんじゃないかなぁ」

「では、やはり、なのですね」


 そう。マツハムは想像通り、タケシュの子なのだ。その前提があれば、タケシュが何故、町のために尽くすのか。何故バイトンの犯行を庇おうとするのかが理解できる。


 私の推理通り、なのだろう。


「そもそも、体の弱いカロサに出産どころか、夜の営みってのも無理だったんじゃないかな。けれど、村の人達の盛り上がりは停められなかった。その熱狂に水を差して、投げ出されては元も子もない。子供が産めるようになるまで待つ余力もなかった。だから、当時幼かったマツハムさんを養子に出したんじゃないかな」


 妻を連れ、幼い子供を連れて町を離れ、村を興すというのは、余程の覚悟が必要だったはずだ。せめて子供だけでも町において、豊かな暮らしをさせる選択肢もあっただろう。それでも連れて行ったということは、家族で飛び込むと言うことに、なにか意味を持ってきたということになる。

 町のあり方というものに、何か思うところがあって、息子にはもっと自由な考え方を育んでもらいたい。辛いことを乗り越えて、強い子に育って欲しい。そんな思いがあったのかもしれない。


 そんな彼に、決断の時が訪れた。ただでさえ、タケシュは基盤となるはずの畜産について知識を蓄えた人だった。モチベーションが低いままでは出来ることも出来ない。出来なくなったら、もうお終いだ。それが嫌と言うほど解っていた。上がってくれるのなら、それに越したことはない。そのために息子を、村のために捧げれば――、全てが上手くいくかもしれなかったのだ。


「村のために息子を捧げたのなら。息子を捧げたのだから、村を、町を守っていこう。タケシュさんは、そんな想いに駆られているのだと思う。その息子が殺されてしまって、愛する妻も亡くして。彼にはもう、守るものは町しかないから」

「それが、息子を殺した犯人を庇うことだとしても?」


 ミユは、真っ直ぐ私の目を見つめてくる。


「そう決断したから、今があるんだよ。私には他の考えに気が回らないね。そう考えないと、息子を殺した犯人を庇おうだなんて思わない」

「それを、それを利用したというのですかバイトンは!」


 握った拳を膝に振り下ろしたタンの歪んだ顔に、私は息を呑んでその肩に触れた。たとえ頭に護衛がついたとしても、彼は騎士なのだ。道理に背くような考え方が、許せないのだろう。


 そんな彼も、カロサの人相がリナルによく似ていることに気が付いているだろう。かつて思いを寄せた人物によく似た人に会い、その人を町に呼び寄せたにも関わらず、自分よりもあろうことか、想い人を殺したかもしれない男の息子と仲良くしている。殺意の種に与えられた養分は、何気ないところからも積み重なっていったのだ。

 どこまでも自分勝手な男に、腹を立てない道理はない。


「そう。そういう心情を利用しているんだよ。彼は今、交渉を盾にタケシュさんに決断を迫っているんだよ。自ら犯行を自供しなければ、儀式の供物に選ばれた事実はなかったことにしてもらう。息子が遺した栄誉がなかったことになるぞ、とね。タケシュさんとしては、荷車をあそこに置いたのは撹乱くらいの意味しか無かったのだと思う。それがなくても、罪を着せる細工は充分にされていたと思うから」


 私達に対する伝言も、タケシュが出歩いていたことを、教会の外にいたことを意識付ける要素だった。それだけで、彼にも犯行が可能ではないかと印象づけられる。いくら私達が彼では無理だと言っても、彼が行ったと言えばそれを認めるしかない状況を、彼自身が作り上げてしまった。


「イノリ様ー! どこですかー! タケシュの家から薬が発見されました! 調べ物も済みました! どこですかー!」


 私が最も必要としている情報がやってきた。これで、物事に確信が持てる。

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