五章 ――八――
「タケロスが――、殺されました!」
その声にいち早く反応を起こしたのはタンだった。素早く私を抱えると、息を荒くする騎士の脇を通り抜け、瞬時に長屋へと到達する。その間、私は額を抑えながら、ぶつけた鎧を恨めしく眺めていた。
長屋は一つの建物の中に十室が設けられており、玄関から続く一本の廊下にそれらに続くドアが並ぶ。待ち構えていた騎士に案内されて入った一室にて、彼は頭から右腕までを変化させた状態で横たわっていた。
軽く部屋の中を見回した後、傍に跪いて祈りを捧げる。バサバサと、右腕が変化して出来た翼が音を立てる。私を襲おうとしているのか、それとも、ただ何かに向かって羽ばたきたいだけなのか。ネズミのような頭は、何も言わない。
祈りを捧げ終わったと同時に、ローラスが神父と医師を連れてやってきた。見たところ死因となるような傷はないが、そもそも長屋の入り口には騎士が見張りのように立っていたというので、襲われたという線はない。タケロスの様子がおかしく、なおかつ畑へ行きたがっていたため、こっそりと抜け出さぬように、との措置だったと報告を受ける。
「そんな彼が殺されたとなると、方法は限られますね」
報告をしてくれたローラスも頷いてくれた。直ぐに部下に室内にある飲み物の類を調べるように、命令を出す。それと同時に、マツハムの遺体と同様の反応が見られるとの、医師の声も響いた。
その後、使われたと思わしき急須の中から、件の薬の反応が見つかった。冷蔵庫――保冷の魔石が使われた箱――には飲水がいくつもガラスの容器に入れられており、減っている様子から普段飲料用として使われていたのはこちらだろうと察せられる。急須を使って茶を入れたのは、気分を落ち着かせるためだろうか。
色も匂いも、急須に残っていた茶葉のものしか感じられなかったのに、だ。
後を頼む、と神父に声をかけられ、遺体とともに去っていく彼らを、ローラスと共に見送った。おそらく、タケシュを呼んで埋葬をするのだろう。しかしその前に、やらなくてはならないことがあるだろう。
「ローラスさん」
「解っています。――おい、タケシュの家を調べろ」
命じられた騎士も出て行き、この部屋に残ったのは四人だけ。来客が殆ど来ないのか、椅子の類は一脚しかなく、ふらふらと室内を歩き、眺めながら、私は「さっきの話の続きだけど――」、と三人を見つめた。
「この町の人、とりわけ村の発足から住み続ける人達は、バイトンさんに依存しきっていますよね」
ローラスは頷き、タンとミユはどういうことかと尋ねてくる。それは、この町に漂う雰囲気からも察せられた。
「先ず第一に、村というものはどういったものなのか、というのからおさらいしようか。はい、ミユさんは答えられる?」
「そんなの、気ままに暮らす人たちの集まりでしょう。旅をする人達を相手にして日銭を稼いで、行商から食料や衣類を買う。魔物の心配はあるでしょうけど、好きなことをして生きていきたい酔狂な人には、天国のような場所でしょうね。町となると、周りと足並みを揃える必要もでてくるでしょうし」
「その足並みを揃えると言うのはどういうことか。はい、次はタンの番」
「はい。言葉で表すのなら、相助の概念ですね。誰かのための行動を。誰かのために我慢を。自身の快適な生活のために他者のためになる行動をする」
そう、その概念があって初めて、村は町へと変わることができるのだろう。それ故に、自身のことを優先してしまう村という集まりでは、町という形になりようがない、とも言える。しかし、ここは町へとなったのだ。――たった一人の意思によって。
「そう。現に町であるここにも、その概念は確かにあるのだと思う。けれど、それは少し、ねじ曲がった形で発現したのだろうね」
「それが依存、ね」
ミユの言葉に頷く。
この町は、けして住みやすいとは言えないだろう。確かに特殊な川を有するこの地には将来性がある。けれど土地の有効活用が出来ているとは到底思えないしそれがあってのことか、交通の便も悪過ぎる。観光牧場で働く人にとっては、なかなか馬鹿にできないものだろう。馬車で移動するのもいいが、単純に牧場に近いところに住宅を用意すればいいのに、何を考えているのか、一番遠いところに置いている。
町長は一体何を考えているのか。なかなか便利にならない生活に業を煮やし、町を離れる人もいるだろう。畜産や川に興味を抱いても、ここに住もうとの考えに至らない人も多いだろう。
教会に収まる人数しか、住人がいないという事実が、この町の発展の度合いを表しているのだと思う。
「空き地だらけの町なんて、私は不安に思っちゃうけどな。人が増えないってことは、いつかこの町は消えてしまうってことだから。けれど、町長の行動は人口増加に、あまり繋がっているとは思えない。町となって二十年ほど、かな。それでこの人数はちょっと不安になるよ。それでも、誰も町長を悪く言わないというのは、素直におかしいと思う。悪く言われるのは何時だって一人だけなんて、やっぱりおかしいよ」
自分たちの暮らしを考えるなら、町長を交代させようとするものが現れても不思議ではない。けれど現実はそうではなく、あの町長を元に一致団結をし、相助の概念を形成していると思っても良いだろう。
タケシュが何も言わないのも、事件を終わらそうと考えるサロのような人がいるのも、それを表していると言っても良い。なにより、駐在する騎士が同意してくれたのだから、日頃からそう感じる部分も多かったのだろう。
「おかしく思われるのも不思議ではないでしょう。けれど、この町の人達は、困ったら町長が何とかしてくれる。町長がいれば困難も何とかなる。そう思っているようですね。牧場の仕事だけしていれば良い。町長が提案してくれた仕事を全うしよう。そんなのだから、公共事業も何もないのです。せめて新たな橋を架ければ、門のあたりまで通じるものを架ければ、少しは移動も楽になるだろうに」
それは、騎士としての活動を通じての意見だろう。日が落ちる間際に松明に明かりを灯して周るのも、橋がもう一本あれば幾分楽ではないか、と私も思う。
「それなのに町長を慕うのは、依存、なのでしょうね」
タンの呟きに、ミユは「そうね」と応える。
「彼の指揮によって村が発展し、町になったということも大きいのでしょうね。彼がいたから今の自分達がある。そんな彼を裏切れない。そんなところかしら」
そんな思いがあるのは、確かなのだろう。少なくとも、サロはそう感じているように思う。けれど、タケシュはどうなのだろう。私から見るに、この町を引っ張ってきたのは彼なのではないか、と思う。確かにバイトンは町を発展させるために必要不可欠であっただろう。しかしこの町の産業は、今は完全に牧場なのだ。今回の栄誉を考えれば、今後の発展は約束されたようなものだ。
正直いって、タケシュの命を狙うのなら矛盾は感じない。彼がこの世を去れば、この町の行く末は大きく揺らぐこととなるからだ。リナルから見せてもらった、今後の観光牧場の指針が書かれた資料。その一番最後に、書き足したと思わしき一文があった。
――後のことは、タケシュに託す。
今後建設すべき施設の詳細や、家畜の管理方法。畑の管理に至るまで事細かに記されていたのに、託すのはリナルではなくタケシュなのか、と。そう思わずにはいられないほどの唐突さだった。
そこまで頼れる存在であるのなら、その存在を消してしまえ際すれば――。当初の思いのまま、支配欲を満たせる場を作ることができるのではないか。
しかし――、何故だろう。何故マツハムに、タケロスだったのだろう。始まりは、そう。タケシュの殺害だったのではないか。あの森で私達が出会わなければ、彼はきっと死んでいた。私が思ったとおりではないか。けれどその先に、二人の殺害はあったのだろうか。
いや、ないだろう。あったとしても、それはずっと先のことではないか。二人の殺害は、祈りの会があったからこそ出来たものだ。タケシュが生きて帰ってこられた為にできたことだ。薬を作り、その薬でマツハムを殺し、更にはタケロスの部屋に仕込んでおく。順序はまだ分からないが、薬があったからこそ出来たものだ。
「――だからこそ、タケシュが見ているであろう場所で殺したのかも、ね」
タケシュに罪を被せる。たったそれだけのために二人を殺したのだろうか。三人は、まさか、といった表情で私を見ている。私も、そう思う。
ふと、タンが言った言葉が頭を過った。人は幾つものことが重なった時に、決断できる。マツハムを殺した理由も、確かにあるはずだ。そして、タケロスも。共通点があるとすれば、――まさか。
「これは悪手だろうよ。いや、そうするしかなかったのか。タケロスが生きていたら、タケシュが何事もなくここにいたら、――すべては掌の上、か」
こんなことに、しなければよかったんだ。彼が死んでしまったら、どうしたって調べなくてはならない。調べることができるようになってしまう。そう、待っているだけでよかった。彼は、待っていれば自ずと勝利が近寄ってくる場所にいるのだから。それでも――。
「よっぽど、明らかなんだなぁ」
私のそれらの呟きは、呆然とする皆には届かなかった。
「息子が死んでも、彼は黙ったままなのでしょうかね」
呆れたように話すローラスに、私はある提案をした。それは、畑へ向かう許可を得るものだ。タケロスは畑にペンダントを落としたと言っていたのだから、そこから得られる情報もあるかもしれない。勿論、魔物への警戒が続いている状況なだけに、あまり長い時間離れることは出来ないだろう。
日没までとの条件に、彼からの優しさが感じられた。
「それと、カノタさんが私を探していたら、畑まで来るように言ってくれませんか」
「解りました。――彼は、役に立っているでしょうか」
「そうですね。――これから分かると思います」
ペンダントを例に挙げて畑へ向かう許可を得たものの、私の思惑は少し、別のところにあった。
観光牧場の今後の方針を記した資料に、畑に対する記述もあった。その資料の最後に書き足された『タケシュに頼む』との文字。畑のことを何も知らないであろう彼に、何を託そうというのか。そんな細かいことが、私は気になって仕方がなかった。




