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五章 ――五――

 公衆浴場の隣には、ささやかなバーが併設されている。その先は広く空き地になっております、川の反対側がよく見えた。しかし、肝心の川とは高低差があるため、やはり死体があるのを確認するためには、川沿いの道を歩かなければならないだろう。


 あの日、あの夜。その道を通った者がいなかったことは、カノタが調べてくれていた。奥に進んだ先にある住宅地の玄関も牧場側に設置されているため、それは仕方のないことだろう。

 そもそも、この町の人達が川に近寄るのは、洗濯と入浴に使用する水の汲み上げの際に限るそうだ。過去のことから、川のことを恐れていると言ってもいいかもしれない。例外があるとすれば、畑の管理の際に利用するマツハムと、調薬の際に利用するバイトンか。


 見えない川に、見ようとしない意思を感じながら、マツハムの家に辿り着いた。玄関から顔を出したのは、見知った顔であった。


「あれ、リナルさん?」

「あ、どうも聖職者様。わたし、ちょっと用事があったんです。奥様も今、教会から戻ってきているんですけど、疲れているようなので」


 それで代わりに来客の応対をしたそうだ。誘われるがままに彼女に着いて家に上がらせてもらい、対面したノーハに断りを入れた。


「お疲れのところすみません。家の中を少し調べさせてもらえませんか?」

「はい、構いません。騎士の方も調べていきましたし、今さら注文を入れることもありませんから」


 隠したいものはない、と言うことだろう。怪しむつもりはないのだが、申し訳ないと頭を下げて両脇を立つ二人に調査を頼む。私は応接室の代わりにも使っているという、広い居間で話を訊くことにした。


 玄関から入って直ぐ左にある部屋で、道路に面した部分がテラスとなっている。バイトンが見たという荷車が置かれていたのも其処らしい。キッチンに目が行かないように仕切りを作っているところが、応接室の代わりとして使える所以だろう。生活をしている場なのに、どこか生活感は感じられなかった。


 大きなテーブルにあった椅子は二脚だけであり、他の椅子はと探すと、壁際に揃いの椅子が五脚ほど置かれていた。インテリアとしても映えるデザインをしていて、動物の耳をモチーフにした背もたれが可愛らしい。ノーハは猫の椅子を選んでくれたあと、キッチンへと消えていく。


 着席して一息つくと、透明なポットを持って戻ってきた。差し出されたのはハーブティーであり、マツハムが栽培していたハーブで作ったものだそうだ。一口含み、自分の味覚にがっかりした。


「口に合いませんでした? 実は私もなんです。でも評価がよくてどんどんと売れてしまって。美味しさを解ろうと必死で飲んでます」

「販売の際に、奥様も対応するのですか?」

「あの人、作ることに精一杯であまりそういうことに頓着しないんです。私が頑張らないと、と思いで」


 解りますと、同席してもらっているリナルが言った。彼女にも思い当たる節があるらしい。


「彼、『自分一人でやれることには限りがあるから、みんなで協力してやっていけばいい』って、よく言ってました。得意なことをやっていけばいい。その人から学んでいけばいいって。そんな余裕はなさそうに忙しくしていたみたいですけど」


 みんなで協力してやっていけばいい、か。観光牧場から距離を置いたバイトンや、その推進に懐疑的だったという町の人達も、そのみんなに含まれているのだろうか。

 その想いを、この町の人は汲み取ろうとしたのだろうか。


「それで、聖職者はどんな話が聞きたいのでしょう」


 思い出したように笑ったノーハは、ふと我に返り問い掛けてきた。


「そうですね。先ずは、ノーハさんとマツハムさんの出会いから」


 ぽかんと開いた口に、今度は私が笑みを零した。


「マツハムさんの人となりが知りたくて。思い出話で結構ですので」

「そうでしたか。出会いは十年前でしょうか。観光牧場の従業員を募集していたので、成人を迎えて独立したい思いがあった私は、その話に飛び乗ったのです」

「それで出会ったんですね」

「ええ。歳も近くて、仕事について優しく教えてくれて。ころりと行きました」

「憧れます」


 私も、というリナルと頷き合う。彼女にそういう出会いはなかったのだろうか。


「それで直ぐに結婚したのですが、忙しくて子供を作る暇もなくて。そこだけが悔いの残るところです。彼と共に生きられた証が、もう少し欲しかった」

「どんな生活でしたか」

「充実していました。仕事一直線でしたけど、それがとても楽しくて。みんなと新しいものを作り出していくワクワク感というか、彼も言っていました。『この気持ちを、両親達は味わったのだろうか』と」


 その時の哀しさも感じられる笑みが忘れられないと、彼女は微笑みを称えていう。


「そうですか。因みに、タケロスさんとは昔から一緒に仕事をしていたんですか?」

「いえ、そうではありません。あの子、昔はどこか陰があって、町の人を信用していない様子でした。それで、その、少しありまして、見かねたあの人が話をして、一緒に畑仕事をするようになったんです」

「成程、察します。それまで彼はなにを?」

「父親の仕事を手伝っていたそうです。でも、――私も揉めている場面はたまに見ました」


 そのような行動も見かねて、のことだったのだろう。その背景にあるのは、実の親をめぐる問題だろうか。しかし、その問題でどう揉めるんだ? 素直に話せない理由が何処かにあったのか、――ヤニスとカロサの件は確かに言いにくいことだっただろう。特に自殺に関することは、タブー視されることも多い。そのことを隠したかったのだろうか。


 けれど、知りたいと思う産んでくれた両親のことを全く教えてもらえないというのは、堪えるものがあっただろう。

 まさか、ローサへの暴力は彼が? タケシュはそれを隠そうとして、そして町の人達はそれに同調するように――。


「すみません、その話にバイトンさんは何か言っていましたか?」

「町長が? いえ、あの人は観光客向けの施策、都市計画や自身の仕事である調薬にと忙殺されていましたので、あまり関わった、という記憶はありません」


 見えてきた。だんだんとこの町の輪郭が見てきた。決定的な事実があれば、犯行の動機がある人物は一人しか居なくなる。物的な証拠ではないから、犯人に自供を迫る、といったような効力はない。けれど、今回大事なのは黙するタケシュの心を動かすことだ。


 私が思うに、タケシュは現状が見えていない。状況がそうさせていないとも言える。今はまだ直感のようなものだから、それを肉付けしていくような情報が欲しい。


「リナルさんにも訊きたいです。先ず、町に来たのはいつの頃でしょう」

「五年ほど前ですね。観光牧場も大きくなっきたので、責任者を据えたいとスカウトされました」

「どういった経緯で」

「畜産を学ぶための学校で、研究員になるために勉強をしていたんです。そうしたら、牧場経営で村から町への発展に成功した人物だと、町長が講演に来ていたのが切欠です。そこで何度か質問をしたら気に入ってくださったのか、親しくさせてもらうようになって、数回視察に来られた後にスカウトです」

「それまで観光牧場は、誰が纏めていたんでしょう」

「マツハムさんです。でも、自身の牧場を抱えているため、負担になるだろうと」

「バイトンさんがそう言った?」

「はい」


 それだけ聞けば、町のことを考えての行動だと素直に捉えることも出来る。

 

「バイトンさんと観光牧場の関わりを詳しく」

「詳しくと言っても、最初は指示をされて、その通りにやっていただけです。最初に育てるのは乳牛と羊で、販売ルートは確保しているから、加工をする必要はない、と。育てるのに必要なものは、全て揃えてもらってました」

「乳牛と羊を育てると決めた要因は?」

「タケシュさんのアドバイスだそうです。元々育てている家畜と被ったら、同じ町の中で食い合うだけだから、と」

「直接牧場に足を運んだことはありましたか」

「一度ありました。驚いた様子だったのが印象に残っています」

「どういったところに驚いたんでしょう」

「思ったよりも規模が大きくなっていたようです。売り上げや生育の状態、施設の拡充などは報告していたのですが、スケールは掴んでいなかったようで」

「それを主導していたのは」

「マツハムさんです」

「タケシュさんもアドバイスをしていたんでしたね」

「はい」


 もう少し過去のことも知りたいけど、そちらは家の中を探している二人の成果も合わせて聞いてみたいところである。それまで雑談も交えながら話を聞いてみようか。


「因みに、リナルはどんな方がお好みで?」

「えっと、秘密で」

「年上の方に興味はあったり?」

「あ、それはないです。どちらかというと年下か、あるいは同年代位が」

「憧れのあの人が、仕事熱心で幻滅したものね。年上の人ってこうなのかって」

「の、ノーハさん! 余計なことは言わないでください!」


 ほほう、ではこの流れに私も乗ってみよう。


「じゃあ、カノタさんとか」

「あ、それはないです。あの人ちょっと上昇志向が強いというか、一生懸命さからそんな部分が滲んでいるような気がして」

「あ、解ります。遠慮がちにしながらも目がキラッキラしてますよね」

「聖職者様も気が付きましたか。それに、些細な事件があるたびに首を突っ込んでくるんです」

「例えばどんな?」

「柵を乗り越えて逃げ出した羊を捕まえてきた時、お礼を言ったら遠慮がちに首を振ってたんですけど、ね。正直、牧羊犬が優秀なので、騎士様に頼らなくても良かったんです」


 ……犬も彼も、どっちも雰囲気は似たような感じがする。などと、失礼なことを考えながらハーブティーを飲んだ。まだ慣れそうにない。

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