五章 ――三――
本当に川の水は魔法を発動させることはないのか。自分たちでも調べてみようと、鎧に魔石を組み込んでいるタンに腰まで浸かってもらい、様子を観察してみることにした。
五分ほど経っただろうか。まだ変化はない。
「しりとり、でもしない? 牛。はい、ミユさん」
「暇の極致ね。そんなことより、魔法の発動には、魔法を発動するという意志が必要である。その意志によって、魔力の流れが増幅するため、暴発しないようにするストッパーにもなっている。魔法を扱っている者にとっては、常識よ」
ミユの言葉に頷きながらも、堤防に腰を下ろしてタンの様子をじっと見つめる。目を瞑ってじっとしている様子は、まるで瞑想をしているかのようだ。私と同じように、一人でしりとりでもしているのかもしれないけれど。
それは兎も角として、何か変化が起こってくれたら、一つの謎に対してはっきりとした結論が出せるのだけどね。それは、何故遺体が発見されたのか、だ。
「マツハムさんのことは抜きにしても、そのお父様の事故だよ。なんで急に川が荒れたのか。そのせいで行方不明になったのか。……もしかしたら、犯人は同じ状況を目論んだのかもしれない、なんて思っちゃうんだよね」
川が荒れて流れが代わり、遺体が打ち上がってしまった、とかね。過去と同じ状況を目論んだのに、違う結果になってしまったわけだ。
「魔法が発動して、川が荒れたと思っているの? 川が荒れるような魔法を荷馬車に使うかしら」
ご尤も、と言わざるを得ない。移動に使うものに川を荒れさせる魔法という組み合わせが分からない。もっと別の魔法が発動して荒れた、とも考えられるけれど、何かルールでもあるのだろうか。それも、今回の件と共通しているような何かが。
それとも……。
「やっぱり、魔物説の方が説得力がありそうかなぁ」
「公衆浴場の女将さんが言っていたという話ね。でも、もし魔物がいるとしたら、町の中にも出るのだとしたら。討伐のために騎士が動くんじゃないかしら」
「噂程度のものだし、どうかなぁ。この規模の町なら騎士の数もそれほど多くはないだろうし、当時は町になってそれほど時間もたっていないから、今ほどいなかったと思う。出来て調査程度のもの。そしてそれがカノタさんの報告」
「今の私達みたいに、簡単に調査をしたってことかしらね」
魔法が発動しないかどうかを調べて、川に入ったことで魔物が現れないかどうかも調べた。私達も今、まさに同じことをしているわけだ。未だ、何かが釣れる様子は見られないけれど。
もしも魔物が居るとして、その出現には何かルールでもあるのだろうか。今のところ考えられるとしたら、今回の事件と過去の事件になにか共通するものがあるとすれば、それは彼らが親子だということか。
「でもイノリ、魔物がいたとしてもその行動におかしな部分があると思うわよ。魔物は基本、恨みを晴らすか縄張りを守るかのどちらか。争いを嫌うものもいるそうだけど、そういうのは逃げの一択。過去の件は排除に成功したとして、今回の件はどういう事?」
「川から居なくなればよかっただけ、とも考えられるかな」
「優しく川から引き揚げたの? 魔物だったら攻撃しそうなものだけど、その様な傷や跡はなかったはずよ」
「母の愛がなせる技」
「母である保証はないじゃない。魔物も過去に引きずられるような行動を取ることもあるらしいけど、それは数少ない例よ。それにしたって、夫は排除するのに息子には優しく接するって、どういう状況?」
過去に何かあったとしか思えないよね。
「と言うか、話がすり替わっている気がするけど、マツハム殺害とどう繋がるのよ」
「正直、解んないんだよねぇ。犯人はバイトンさんとタケシュさんのどちらかである。けれど、二人には殺害する理由がいまいち見えてこない。あるにはあるけど、この状況で行動に起こすか、って感じ。その点マツハムさんにはタケシュさんを殺害する理由があったかもしれなくて、現にタケシュさんは死にかけている。マツハムさんとバイトンさんも観光牧場を巡って怪しそうな雰囲気を感じるし。……なんかもう、名前を言い過ぎて相関図がややこしくなってきそうなんだけど。三すくみの矢印がぐーるぐる」
「その気持ちを言葉にしてあげましょうか。町の人の意見に左右されすぎなのよ」
またしても、ご尤もである。
話を聞けば聞くほど、この町の人間関係が分からなくなってくる。殺害した方法は解りきっていて、どちらもそれを行うことが出来た可能性がある。ともすれば、特定する方法は証拠を見つけるか、動機から推察するか。この人にしか出来ない、という物が状況が欲しいのだ。
まぁ、その証拠はあるにはあるのだけど、それにしたってこの事件の構図がいまいち判らないから、その証拠が有効となるのかどうかがさっぱりだ。
「じゃあ、シンプルに考えよう。何度も言っていることかもしれないけれど、どちらかが犯人であるなら、どちらかは無関係である。けれど、状況的にタケシュさんは何かを知っているかもしれない。だって荷車が教会な裏に置かれていたなら、タケシュさんは不自然な物音なりなんなりを聞いたのかもしれないもの。もしも彼が何かを知っているとして、それを隠しているのならば、それはなんで?」
その疑問を、無理にでも吐かせて暴いてしまおう。と言うのは、それこそ無理があるだろう。それで恨みを買ってしまえば最後。彼が魔物と化した際に手痛いしっぺ返しがやってくる。多くの者に恨みを持ち、それが広範囲に及んでしまえば、魔物は強く、強大になってしまう。騎士も聖職者も捜査となれば穏便に、手探りに行うしかない。
だから、強気に出る時はすべてを決する時だけだ。
「……何か、あるのよね」
結局、まだまだ調べなきゃならないことは多いのだろう。タケシュの不自然さは他にもあり、もしマツハムが牛に薬を与えていたのなら、比較的近い位置にある牛舎から物音なり何なりが聞こえていた可能性がある。その証言をはっきりとしてくれれば、犯行時刻を完全に、確実なものとして明らかに出来るかもしれないのに。
牛には薬が与えられているのに、その時の状況に対し何かを言ったという報告はない。特定の話題にはだんまりを決め込むという。
事件としては単純な状況なのに、――タケシュが喋れば解決するかもしれない状況なのに。何かがそれを邪魔してしまう。何かがこの事件を、複雑なものにさせているような気がする。それがなんなのかを突き止めるためにも、今ある情報を下に必要なものを調べる必要がある。
「じゃあ、手始めにマツハムさんの家でも調べてみる? 今のことも、過去のことも。何か分かるかもしれない。後は、サロさんに話を聞いてみたいな。町の立ち上げに立ち会った人の話を聞きたい」
「それなら、タンの鎧を乾かさないといけないわね。一度宿に戻って……、そうそう、荷車があった場所も見たいわね」
「うん。でも歩くのは面倒だから乗合馬車に乗ろうかな」
「それなら、ボートを出してもらったらどうかしら。マツハムの家に行くのなら、その方が近いかもしれないわよ」
それは名案だ。言葉にも表れている通り、私の興味は過去のことへ向いている。そちらを優先できるのなら、それに越したことはない。
直ぐにタンを呼び寄せて、宿へと向かう。
「タン、因みに自分で発動しようと思えば魔法は使えたんだよね?」
「はい、使えました。別に効果が増したとか、そういったことはないようでしたけど。こちらも因みに、ですけど、この鎧に使われている魔法は何か憶えてます?」
「え、なにその付き合って一年目の彼氏彼女みたいな台詞。身体強化と重量軽減のハイブリットでしょ。私が作ったから憶えてるよ」
長い付き合いになるだろうから、となるべく効果が高く発揮されるように調整したものだ。私を快適に運んでもらうため、ともいえる。
「……すみません、なにやら真剣なお話をなされている様でしたので、気分を和ませようかと」
心遣いには感謝しておくけれど、ミユのからかいバリエーションが増えただけなのは不憫に思う。まぁ、少しズレた気遣いの仕方は、確かに場を和ませることに一役買って入るのだろう。そういうところは、私と若干似ているところがあると思う。欲を言えば、滑り止めの魔法、作れたらいいのに。
この町の人も、そのような気遣いをすることはあるのだろうか。言いたいことを言うという町民性のようなものが、気分を和ませようとする方便のようなもの。と言うのは、少し考えすぎだろうか。……その、言いたいことを言う、というのもどこか、おかしい気がする。特定の人に対して、向きすぎていないか? あるいは、彼を悪者にしていることが、ある種の纏まりに繋がっているような。
纏まり、か。町を抜け出した人達の纏まり、ねぇ。
話を戻そう。つまり、魔法は自ら使わなくてはならないということだ。もしもこの川で死んだ二人が自ら魔法を使ったのなら、それはどういった状況だったのだろう。少なくともそこに、見合うだけのメリットはあったはずだ。
そう考えると、ヤニスの件、荷馬車に使われていたという魔法はおおよそ予想がつく。しかし、その魔法がどう影響をして川を荒れさせることになったのか。……状況が関係しているのか、はたまた本当に魔物の仕業なのか。
「そういうことなら、和やかな雰囲気で事件に臨むとしますかね。もしかしたら犯人、なんにも考えてないだけかもしれないし」
「さすがにそれは、のんびり構え過ぎじゃないかしら」
「分からないよ? それでも上手く回るように、誰かが頑張っているだけかもしれないし」
しかしそれが、一番厄介なものなのだ。




