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五章 ――二――

「では、タケシュ犯人説も考えていこうか」


 喉を潤して、説の披露に移る。


「タケシュさんは墓地から出て、牛に薬を与えていたマツハムさんに近付き、何らかの理由を持って薬を呑ませて殺害した。カノタさんが調べたところ、牛舎には鍬もあったそうだから、それを使って暴れる彼を川に沈める。その後、捜査を混乱させるために荷車を動かし、鍬を移して何食わぬ顔で墓に祈りを捧げていた」


 考える限り一番スマートな流れはこれだと思う。しかしこの説にも、バイトン犯人説と同様におかしなところがある。


「結局のところ、どうやって毒を呑ませたのかっていう確証が持てないのよね。そこだけはバイトン犯人説の自ら呑むように仕向けたほうがしっくりくる」


 ミユの言葉に、一同は頷く。鍬についての謎も解決しないままだ。


「じゃあ前提を一度、壊してみようか」


 何度もぶつかる壁を迂回しようと、私は提案をする。


「先ず、私達はマツハムさんが祈りの会に出席していないことから、殺害のタイミングをその辺りだとしている。もしもそれが、もっと後のタイミングだとしたら」

「祈りの会が終わり、皆が寝静まったタイミングですね」


 タンの言葉に頷く。勿論、これには大きな問題がある。それはマツハムが祈りの会に出席しなかった理由をどう結論をつけるか、ということだ。

 既にその時マツハムは死んでおり、川に落としたタイミングが祈りの会の後だった、と言うのは、少し考えづらい。バイトン犯人説の際にミユが言った通り、薬の効果が発揮され死に至るまでに、そこまでの時間がかかるものか、という点を踏まえてのことだ。


「それは、流石にこの町に住んでいて祈りの会に出ないというのは考えづらいことかと思います。自身の住む町で祈りの会が開催されれば参加する。それはこの世界の常識です」


 真面目な表情を浮かべるカノタは、暗にこう言いたいのだろう。常識を疑われるような行動をとれば、町に住むことなど出来ない、と。そんなリスクを抱えてまで、一体何をするのだろうと。

 私自身、町で暮らしていた際には必ず祈りの会に出ていた。運が良かったのか、二度ほどの経験しかなかったけれど、もっと遊んでいたいと駄々をこねても、必ず出なさいと親に叱られたことを憶えている。


「自分で言っておいて、だけど。――やっぱりないかな?」


 一同、同じ反応であった。


「では、新たな説に移ろうか。話の流れも踏まえて、タケシュ共犯説。バイトン犯人説がメインとなり、現場と思しきところに置かれた荷車はタケシュさんが運んだものだった」

「それが一番しっくりくるかもしれないわね」ミユが同意する。「ずっと墓地にいた彼がバイトンからの合図を受けて荷車を取りに行った。もしくは最初から用意していた。他に考えるなら、タケシュ犯人説に出た犯行現場が合っていたとして、やっぱり合図を受けて荷車を取りに行った」


 一人きりでやるには不可解な行動も、二人で行えば説明がつくという訳だ。その説に、タンが考慮すべき点を挙げる。


「共犯、と決めつけるよりも、タケシュが勝手に偽装工作をしたとも考えられます。墓地にいたタケシュは偶然バイトンの犯行を目撃してしまい、その事実を隠すために荷車を運んだ」

「共謀を計画することが出来なかったのでは、ということも考えてだね」

「その通りです、イノリ様。祈りの会の開催が決まって以降、彼らが会ったのはおそらく我らに向けた伝言を頼んだときだけ。その短い時間で共謀を受け入れるのは、いくらバイトンに恩を感じている人であっても容易ではないと思うのです。人は何かを決断するとき、一つの理由だけを頼りには出来ない。自身を決断へと引きずり込む糸は、もっと頑丈ではないと支えられないのではないかと、私はそう考えます」


 その感覚は私にも理解できる。要は、積み重ねなのだ。カッとなって襲った、などと言えば簡単なことなのだろうが、カッとなった瞬間に思うことは一つではないはずだ。相手に抱いた感情だけではなく、日頃から抱えていた自身の悩みに加えて将来への不安。それらが三つ程集まれば、自身を支える糸は頑丈に縒り合わさり、相手を絞め殺すロープにだってなれるだろう。


 人を殺したいなどと思ったことはないが、私の場合は縒り合った糸が針金のようになって、バネとなってここまで運んでくれた。


「しかし、タケシュはマツハムとの関係が悪かったとの話があります。手を貸すのには充分なのではないですか?」


 カノタの疑問にミユが付け加える。


「リナルから聞いた話で、どちらかというとマツハムがタケシュを殺すほうが理由として解る、というものがあったわよね。となると、日頃から身の危険を感じるようなことがあった。森から生きて帰った。奥様が亡くなった。そんなことが重なって決断したとも考えられるわ」

「だけど、あの時の彼の話を考えると、誰かを殺すような人には見えなかったけどね」


 最後は願望のようになってしまったが、これまでの話に結論をつけるのなら、どの様な理由でマツハム殺害という結論に至ったか重要なのかもしれない。それさえ分かれば、方法が分からずとも、行えるのはこの人物だけだと特定できるかもしれないから。


「因みにですけどカノタさん。他にマツハムさんを殺してしまいたいって思っていたような人、心当たりありません?」

「ぱっと思いつくのはタケシュくらいですので、どうしても彼の仕業なのではないかと思ってしまいます」

「バイトンさんについて、どう思っています?」

「どうと言われても、仕事熱心な方ですよ。調薬に町の運営にと奔走してます。みんなして彼に頼り切りなので、それも仕方がないことなのかもしれませんが」

「彼がやろうとしていることに反対するような人っていましたか?」

「それは、……マツハム、ですかね。観光牧場のことで意見が対立したことがありました」


 それも、立派な動機の一つだろう。


「なるほど。ではカノタさん。一つお願いがあります」

「は、はい! なんでも言ってください!」

「マツハムさんのお父さん、ヤニスさんが事故に遭った際に使っていた荷馬車について調べて下さい。なるべく詳しく。いつこの町にやってきたか、とか。どうな魔石を搭載していたのか、なんてことを」

「は? いや、それについては調べようとしたのですが、当時の資料は屋敷が完成した際に整理をしたのか、見当たらなくて――」

「製造会社などに当たって下さい」

「いえ、何処が製造したのかも分からないような――」

「頑張ってください。私には、あなただけが頼りなんです。あなたの活躍こそが、解決に結びつくのです」

「え、あ、……は、はい! そういうことならば全力で当たらせていただきます!」


 存外チョロくてビックリである。資料が残っていないというのなら、少し望みは薄いかと思っての駄目で元々だったのだが、何か琴線に触れるような言葉があったのだろうか。

 慌てて席を立って店を飛び出していく彼を見ていると、何とかしてくれるのではないかと期待が膨らんでくるようだ。


「あ、ちょっと待って! 最後に一つ。マツハムさんの好物とか、知りません?」

「好物、ですか? たしか……揚げた饅頭が好きだったと」


 揚げた饅頭、ねぇ。もしかしたら薬を好物に混ぜて、なんて可能性を考えたのだけど、揚げたものに混入させるっていうのが、どうもピンとこない。後から入れるにしても、硬くて形も変わりやすそうだし、調理前に入れたとしても、揚げた時の熱で薬が変質したりしそうだし。


 やっぱり、口八丁で飲ませたって考えたほうが、通りは良いか。それに、だまし討ちをされたとして、その後のマツハムの状態が不自然だ。重りを付けられたのなら、川の底に沈んだほうが自然なのに、重りが外れて浮き上がったと言われたのなら、不自然はないのに。重りを巻きつけられた状態で打ち上がっていた。


 だまし討ちから、そこにたどり着く道筋が、どうしても私には見えてこなかった。


「彼に頼んだことって、馬車の魔石って、やっぱり川の水が魔法を使っていると思っているの?」


 ミユからの問い掛けに、曖昧に首を振った。


「今はまだ、それが解るかどうかを確かめたいってところかな。あと、大事な理由があるの」


 それは、ちょっとした恥じらいでもあった。


「ちょっとお手洗いに行きたいなって思ったんだけど、なんとなく顔見知りじゃない人の前で言うのが恥ずかしくて。お開きにするいいタイミングでもあったから、体よく退席してもらおうかなぁと」

「ふふっ、そういうことね。美味しいからって牛乳を飲みすぎるからそうなるのよ? じゃあ護衛は私が引き受けるとして、タンはお会計をお願いね」

「解りました。――あの、私も行きたいので、後で合流しましょう」


 しばしの休憩の後、動機の解明に向けた捜査が始まる。 

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