五章 ――推理の行先――
牛の乳搾りや羊の毛刈りの他、動物達の玩具を作るというアクティビティなどを体験したところで、ついに待ち人が到着した。
遊び倒してお腹も空いてきた頃だったので、観光牧場内に建つレストランへ場所を移し、舌鼓を打ちながら報告を受けることととなった。
そしてカルボナーラのソースをパンで拭っているタイミングで、彼の水が傾けられる。一通りの話が終わったことが表されたのだ。慌ててパンを平らげ、この日何度目かの牛乳を味わった。
「自分では頑張ったつもりですが、粗方と言われても仕方ないと思っています。せめて、もう一度バイトンから話を聞きたかったのですが……」
案の定、聞き込みをした後に話し合いの場が持たれてしまい、手が離せなくなってしまったそうだ。それが追求を逃れるための目的であるのか、町を守るための真摯なる務めなのかは判らない。
だから、解るところから整理していこうと思う。
「いえ、ありがとうございます。これを元に調べる範囲を絞り込むことが出来ますし、充分な仕事だと思います。そもそも、人々を守るという理念の基動いている騎士団と聖職者では、聞き込みの際に強くでれないことも多いですから。ここから、色々と考えていきましょう。じゃあ、とりあえず仮説を立てて気になるところを議論していこうか」
私が音頭を取ると、事情聴取を担当してくれた騎士――カノタは、ホッとしたように頷いた。
「それでは、これより捜査会議をはじめます! どんどんパフパフー!」
掛け声に合わせて拍手をするお供二人に対し、カノタはポカンとした表情を浮かべている。ちょっと、シリアスな雰囲気に疲れてきたところだったのだ。スベっていたら申し訳ないとしか言いようがない。
コホン、と咳払いをして、早速会議を始めることにした。
「先ずはバイトン犯人説ね。何らかの要素によって殺意を持ち、マツハムさんを殺害して川に投げ捨てた。これのおかしな点、気になる点はどこだろう。何らかの要素、つまり動機についてはややこしくなるかもしれないから、今は後回しにしてね」
回答者一番手は、ミユだった。
「どうやって薬を呑ませたのか、よね。その薬は人間にとって毒であるとみんなが解っていた訳でしょ? それを呑ませる状況は、どういったものなのかしら」
その疑問に、カノタが案を示す。
「呑まされた場所をマツハムの自宅とすれば、自然な感じはしませんか? 薬を届けに来た際に、少し話し合わないかと言って上がり込む。その際飲み物を頼み、こっそり仕込むとか。御者に話を聞いたところ、薬を届けに来るのを待つ、と言っていたとの証言を得られています」
「だとして、ですよ。飲み物に溶かすとして、味が変わったりしないのです? 色とかどうなんでしょう」透かさず疑問を呈する。
「あー、その、実に植物的な臭いと色だそうで……」
扱う従業員には不評だが、当の牛は喜んで食べてくれるらしい。徐々に小さくなる言葉尻に、若干申し訳なく思ってしまう。咳払いをしたタンが、ミユの疑問を引き継いだ。
「その様な薬だとしたら、無理やり呑ませようとすると暴れたりするのは必至かもしれません。となると、押さえつけられるなどした際に痣などが出来ていてもおかしくないのですが、そういうものは、遺体からでなかったんですね?」
「は、はい。遺体にあった傷は、鍬によって出来たものだろう、とのことです。川底まで沈んだ可能性も否定できませんが。いずれにせよ、人と揉み合って出来たような跡はなかったそうです」
だとしたら、ごく自然に薬を呑んだこととなるわけだ。もしくは無抵抗な状態で、とも考えられるが、薬を呑んだ際にその不味さで意識が戻る可能性はあるのか。また覚醒せずに川に落とされた場合、溺死の可能性もあったなどという判断に至るのかどうかなど、考えなければならないことが無数に増えてしまう。
その点、バイトン犯人説を採用すれば手っ取り早い仮説が用意できる。
「薬を作った張本人なら、人に効くように改良できたって嘘を付くこともできるかもしれないね。マツハムさん、足が悪かったみたいだし」
私の推察に、三人は同じ様に「なるほど」と答えた。その点を考慮すれば、バイトンが犯人であるなら、薬を呑ませることに不安は無さそうである。しかしそうなると新たな謎も浮かび上がってくる。
「そうなってくると、尚更あの鍬が謎の存在になってくるよね」
私の言葉にミユが頷く。
「薬を飲ませて殺して、鍬を巻き付けて川に沈める。なら、しっかりと結んだほうが良いんじゃないかしらね。それに、話によると溺死の可能性もあったそうじゃない。となると川に落とす間際にはまだ生きていたとなる。そう考えたほうが自然でしょう。暴れないように、手近にあったそれをロープ代わりに使った。そうだととしても、普通は縛るわよね」
鍬を重りにする。暴れないように拘束をする。そういった意図があるのなら、しっかりと固定するために縛ることは欠かせないだろう。それをしなかった意図はどこにあるのだろうか。
「あ、そういえば報告になかったけど、その鍬は何処にあったものなの?」
「あ、そうでした。この町では鍬は消耗品のようなものですから、荷車に積み込んでおくのが一般的です。けれど、教会裏に置かれていた荷車に鍬は置かれていませんでした。共有の倉庫にも、念の為各人が所有する倉庫も調べましたが、減ってはいないようです」
それなら、その荷車に載っていた鍬を使ったのか、はたまた荷車の鍬を倉庫に移したのか、の二択になる。――いや、ちょっと待って。
「カノタさん、さっき荷車に載せておくのが一般的って言ったよね? 各々の荷車は確認したの? 倉庫は調べたみたいだけど」
「……ああ!? し、失念してました。教会裏の荷車にはなかったので、てっきり」
「減点。マイナスが五点たまったら、ローラスさんに報告するから」
どっと冷や汗を流す彼の祈りは、果たして誰かに届くのかどうか。
「ま、まぁ、ひとまず話を進めましょう。カノタ殿、あの時のことをもう一度訊きますが、あの鍬は重さを増す魔法が使われていた。間違いないですね?」
「はい。ロープの色が若干違いますから、間違うことはないです」
「松明に照らされた状態でも、その違いは解りますか?」
「いや、……それはどうなのでしょう」
タンの疑問は、私も解消しておきたいものだった。
「あの鍬、実は軽くする魔法が使われていて、発動したら身体を川に浮かべるのに充分だった。つまり、最初から遺体を隠す意図はなくて、見つかって欲しいものだった。ついで、隠す意図があったのだろうと思い込ませたかった。という訳だね」
その解説に、コクリと頷いてくれる。
鍬を重りにして川に沈めれば、魔物化するまで発見を遅らせることができる。遺体が見つからなければ死因も何も分からなくなり、巻き付けた鍬も外れるだろうから、事故でなくなったのではないかと結論付けることができる。この世界では、こう考えるのが普通なのだ。
しかし見つかってほしいと思った場合、しかも隠そうとしたと勘違いしてほしければ、浮かび上がり、岸に打ち上げられてくれなければならない。それを解決するための道具が、鍬だったのではないか、という話だ。
「でも、それには問題があるんだよね」
「川の水が魔法を発動させるかどうか、ですね」
頷きあって、この町に駐在しているカノタに向き直る。死体を隠す意図があったとしても、なかったとしても。川の水が魔法を発動させるのならその行く末を完全にコントロールすることができるかもしれない。鍬の謎を解き明かす、一番手っ取り早い方法だ。
「それは、出来ません。先ほども話しましたが、マツハムの父、ヤニスの事故の際に起きた川が荒れるという現象が何なのかを調べた際、川の水で魔法が発動するかどうかの調査も行われたそうです。結果は、出来ない。それに、あの鍬はやはり重さを増すものです。軽くするものではありませんでした」
議論の余地なし、ということだろうか。ひとまず措いておくことにして、次の謎に挑もう。
「じゃあ、話を変えるね。もしも犯人がバイトンさんであった場合、何処で殺害したのだろうか。教会の陰にタケロスさんが使った荷車が置かれていたことを考えると、自宅で殺害し、それに乗せて運んで川に落としたのではないか。……うん、色々と疑問が残る仮説だね」
再び、一番手はミユだった。
「バイトンは、差し入れを運ぶ際に自身の荷車を使ったと聞いたわ。それは受け取った人も証言しているのよね?」
問い掛けられたカノタは、「そうです」と答える。
「そうなると、差し入れをした後に、家の前に停められていたという荷車を取りに行ったのかしら。試食会に遅れると言い残した彼に、そこまでの余裕があるかは疑問だわ」
遅刻すると言ったのだから、どれだけ遅れてもいいじゃないか。と、そんなことになったら心象が悪すぎる。町長という立場でやることではないだろう。だとすればなるべく時間を短縮したいと思うはずだし、だとしたら遺体の運搬には自身の荷車を使うはずだ。
タケロスが残した荷車を使う理由は全く無いように思う。
「そもそも、薬が効き目を発揮して死に至るまでの時間はどのくらいなのかっていうのもある。人が飲むことを想定していないものだし、死に至ることは予想できても、その他のことについては誰も予想できないんじゃないかな。だから、保険として溺死させられるような状況に持って行ったとも考えられる」
ミユの言葉は続いていく。
「自宅で殺されてずっと苦しんで、荷車に乗せられていてもまだ苦しんで、川に落とされて藻掻いて水を飲んでしまう。なんというか、殺害する方法としては、リスクが大きすぎないかしら。たまたま他の人が外に出ていたら、その苦しむ声や物音が聞こえたかもしれないわ。それも踏まえて、もしも現場――と思われる場所の一つと言ってもいいかしら。そこに残された荷車が犯行に使われたものだとしたら、それが可能になるのはむしろ、タケシュの方よね」
そこから議論はタケシュが絡んだものへと移っていく。




