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三章 ――二――

 橋を渡り、教会を左手に望めば道はもうじき十字路に変化する。右へ進路を取れば川と住宅地を隔てる道、左へ進路を取れば畑へと繋がる山道だ。目的はマツハムの家であり、そこへは真っ直ぐ進むこととなる。


 家畜が自由に歩き回れることを想定し、牧場を広く設計しているこの町では、それに合わせて住宅地も延びに延びている。四つのエリアの間にはまだまだ空き地もあり、拡張性を持たせていると言えば聞こえは良いが、カノタはそれを少人数の村でなら機能する広さではないかと思っている。人が増えてしまったから、拡張性を求めて無駄に空き地を増やしたような住宅地を形成することとなり、新たな町民を受け入れていなければ、もっとこじんまりとした町となっていたのではないか。

 もう少し巡回のしやすい町作りを心掛けてくれ。そう恨み言を言いたくもあったが、町が発展すればそれだけ騎士団の給与も上がっていく。町の広さにおおじた手当があるのだ。入団するのには高い能力が必要なため、おいそれと増員できるものではないための措置であった。楽はしたいが良い生活ができるのは望ましい。これで手柄を挙げれば万々歳だ。


 そんな思いがあったから、彼は左手から聞こえてくる騒ぎを無視できなかった。


「どいてくれ! 俺は畑に用があるだけなんだよ、あそこまでは魔物の目撃例も無かったはずだろ?」

「規則は規則なのです。封鎖が決まれば、誰であろうと通すわけには行きません」

「畑だって町の一部だろうが」

「町の区画上では含まれておりません。お引き取りを」


 教会を越えて徐々に北東へと進路を取っていく道の途中、丁度カーブの差当りで、悔しそうに佇むタケロスと二人の騎士がいた。どうやら畑へと行きたいそうだが、特例を認めてしまっては騎士として立つ瀬がない。可哀想だが、ここは折れてもらうしかないだろう。


「お疲れ様です」二人の騎士に声を掛ける。「タケロス、少し良いか?」

「――カノタか、お前からも言ってくれよ。畑へ行きたいだけなんだ。ペンダントトップを繋ぐ金具が壊れて、畑で落としていたみたいなんだ。それを探しに行きたいんだよ」


 歳が近いため、比較的仲が良い間柄であった。それでも仕事柄接点はそれほど多くなく、たまに挨拶したり世間話をする程度だろう。カノタが一方的に愚痴を言うことは多々あったが、タケロスは裡に秘めるタイプだったようで、悩みを聞いた覚えはなかった。

 それでもペンダントのことは話題として出たことがあり、とても大切な物、心の拠り所の一つだと語っていたのを憶えていた。


「それなら、事件を解決するために協力してくれ。ここでも騒いでたんなら、マツハムの事は知っているな?」

「ああ、聞いた。何が何だかは分からない。だから不安なんだよ、だからあのペンダントトップが必要なんだ」


 余程大切なものらしく、要求を飲んでくれないことに地団駄を踏んで苛立ちを表していた。


「分かったから、落ち着け。訊かれたことに答えてくれ。夕方以降、マツハムに会ったか?」

「会った。昨日は試食会があっただろ。畑仕事の後にワサビを採って――新鮮な方が良いだろうと彼から提案を受けていたんだ。いくつか採って、どれがより良いものかを見てもらった」

「それは何時ぐらいのことだ?」

「それはよく分からないが、みんな教会に集まっていた。そこで母のことを聞いたから、正直、その時のことは憶えてない。動揺していたんだと思う。それでも試食会は成功させなきゃと必死だったから」

「町を歩く人は居なかった?」

「居なかった。家に居た彼に教会へ行かなくていいのかと訊いたら、用事があるから遅れるだろう、と。父が帰っているのなら、薬の目処が立ったのだろうと思った」

「そうか、判った。後のことは俺達に任せてくれ。お前は部屋で待っていれば良い。優秀な聖職者様もいるからな」

「彼女か……。なぁ、本当に信用できるのか? この町の人よりも、神父よりも。本当に、ちゃんと信用できるのかな」


 その一言を残して、彼は肩を落として道を引き返していった。悩みを打ち明けられなかったのは、そもそも信用されていなかったからなのか。カノタは少し、落ち込んだ。



 これ以上、此処に用はない。そう本来の目的地へと足を向ける筈だった彼を足止めしたのは、生垣の影から姿を現したローラスであった。この道は教会の北面から東面を取り囲むようにしてできた墓地に沿うように伸びており、曲がるタイミングで川との間に三角形のスペースが出来ていた。


「隊長がいたんなら、あいつに声を掛けてやれば良かったじゃないですか。上からガツンと」

「そう言うのは親の役目だろうよ。まぁ、あの親子じゃ無理だろうがな」


 タケシュとタケロスは、仲が悪いことで有名であった。

 それは兎も角と、強引に三角形のスペースへと引きずり込まれるあまり立ち入ったことがない場所ではあったが、山の陰と教会に挟まれたそこは、日が昇ったとしても薄暗さが残るだろう。そこに、ひっそりとあるものが置かれていた。


「そんな彼に、これについて訊きたい気もあった。――彼が使っていた荷車だ。この荷車はマツハムの家で使われている特注品で、馬に引かせても使いやすいように軽量化が施されている。車輪にも違いがあるからよく判るな。ここまで来ておいて、これを回収していかなかったのは何でだろうな」


 大きな二つの車輪が付いた、人が引いて使うものだ。魔石が搭載されており、山道の上り下りの際に坂の影響を受けにくくなる魔法が込められた物で、この町では畑へ向かう彼らだけでなく、丘のようになった地形であるこの町では必需品となっているものである。

 しかし、よく見るとそれらとは細部が異なっている。持ち手の部分には所有者を表すテープが貼られており、確かに、紛れもなくタケロスが使っていた物だと判る。


「怪しいですね。落ち着いたら訊いてみるつもりでしたか」

「下手に疑いを掛けて暴れられたらことだからな。大人しく引き返してくれてよかった」


 ローラスはタケロスの不安定さを見抜いたのだろう。町に暮らす人達から見ても、彼のマツハムへの入れ込みようは凄かったと話す。マツハムの言うことを聞き、何でも彼に相談し、言い争いをする父親を毛嫌いした。他の人とはろくに会話もしてないという。その人物が亡くなり、さらに大事にしていたペンダントトップまで失くし、それを探しに行くことも出来ない。

 自暴自棄になって暴れてしまえば、こちらも手荒な真似をしなくてはならないだろう。それで止まるのか、更に自棄になるかは分からなかった。


「お前はまだ、此処に来て三年ほどだったか? なら知らないだろうが、タケロスは一度、自ら命を絶とうとしている」


 今から五年ほど前、赴任して十年ほどのローラスにとっても印象に残っていたことだった。それは、この世界で最も禁忌とされていることだったから。


「彼が十五歳の頃だったか。思春期であることも影響しただろう。色々と悩んでいたそうだ。それが積もりに積もって、のことだろう」

「それは、あの親子に血の繋がりがないこともあって、ですか?」


 教会が医療関係を司っていることから、出産に関しても教会が関わってくる。それが町に一つしかない。そもそも町に住む人の数が少ないということもあり、誰が妊娠したかは明らかなことだった。

 タケロスはマツハムの弟として生まれ、タケシュ夫妻の元へ養子に出されたのだ。


「それが理由かは解らない。けれど、それから町の人との関わりがなくなった。マツハムだけが頼りだったんだ。――様子は見ておかなくてはならないが、踏み込むタイミングは慎重にならざるを得ない。そこで話を変えよう。お前はこれを見てどう思う?」

「町長から、マツハムの家の前でタケロスが使っていた荷車を目撃したと聞きました。腸詰を取りに行き、戻ってきた時のことです」


 もしもそれらが同一の物だとしたら、ここにあることの意味は予想できる。


「マツハムは自宅で殺害され、この荷車を使って移動されたのではないでしょうか」

「そう考えると、荷車を戻さずにいたのは不自然だな」

「そのまま祈りの会へ参加し、終わり次第戻そうとしたものの、タイミングを見つけられなかったとか」

「勢い余って殺してしまった場合、ありがちなミスかもしれんな。そうなると薬は、牛の治療には使われていなかったのかもしれん。調べてみるか」


 マツハムの牧場は目の前であり、牛舎もほど近いところにあった。


「お前はタケシュのところへ行ってくれ。この時間ならおそらく牧場へ出ているだろうから、マツハムの家に寄って荷車の所在を確認してな」

「解りました。では」


 お互いに激励の言葉を掛け合い、それぞれの目的地へ足を向ける。タケロスが住む長屋を抜け、町の封鎖を知った商店の主人から仕入れについての相談を受ける。今日届いた品は受け取れるかどうかとの話だった。門番を務める騎士が代わりに受け取るため、後で取りに行くといいと告げる。本来なら、ここまで荷馬車が入ってくる筈だった。


 その時、女性が一人会話に加わった。マツハムの妻、ノーハであった。


「彼の好きだったお菓子、まだありますか? 油で揚げた饅頭なのですが、墓に供えてやりたいのです」

「ええ、ありました。取ってきましょう。お代は結構です。私からの気持ちということで」


 まだ埋葬には早いだろうが、とてもじゃないが家でじっとしている事もできない。それならばと、教会で待つことにしたらしい。幾分か落ち着いている様子が見られたため、カノタは少し話を聞いてみることにした。


「昨日は、マツハムの様子はどうでしたか? なにか変わったことなどあったら」

「それが、昨日は朝から会っていないのです。朝早くに牧場へ仕事に出るのを見送って、家事を終えました。そこから牧場へ手伝いに向かいましたが、どうやら入れ違いだったようで、彼は畑の方へ向かったようでした。その後は試食会への打ち合わせもあったでしょう? そしたらタケシュさんの奥様、ローサさんのことを知って教会へ行きましたので」


 忙しく飛び回っていたようだ。そうなると試食会の後の行動が気になってくる。遺体を前にした時、聖職者一行が共に風呂に入ったと言っていた。

 後ほど公衆浴場へも行ってみるか。カノタはノーハに礼を言い、タケシュがいるであろう牧場へと急いだ。


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