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三章 ――浮かび上がる秘密――

 グラスポート駐在騎士であるカノタは、聖職者イノリ一行を宿へと送り届けた後、遺体の所感を問うために教会へとボートを進めた。不自然な遺体に、なにか犯人を示す物が残ってはいないかを期待してのことだった。


 流れのある川を上流へと進むのは人力では骨が折れる作業だが、騎士の船には魔石を利用した推進装置が取り付けられており、船尾にあるのそれに触れれば自動的に魔力が供給され、風力となって船を押してくれる。

 これが開発されたお陰で、人の行動範囲も格段に広がったという。この世界は二つの大陸と幾つもの島で構成されているが、二十年ほど前では近いところまでを船でつなぎ、島から島へと繰り返して別の大陸に行くしか無かったという。それが大陸間を繋ぐ大型船が航海を開始し、更には空を行く飛行船まで登場した。物流もだいぶ楽になった。それもこれもこの様な小型機の開発から始め、徐々に発展していったからだろう。

 よくやったと褒めるように、触れているそれをそっと、優しく撫でた。


「カノタか。遺体のことは今調べている最中だが、分かっている範囲のことは伝えておこう」


 自身の仕事を代わってもらい、余裕が生まれていたのだろう。神父にとって専門ではないことであったが、調査の手伝いをしていたそうだ。礼拝堂から続く三つの扉のうち、像を望む奥の扉から現れた彼は、手袋を外しながら来訪者に声を掛ける。慌ただしく開けられた扉の音は、奥の医務室からも聞こえていた。

 左手の扉は住居部分や倉庫などに繋がっており、右手側は墓地へと繋がる。遺体が墓地へ運ばれるのは、まだ先のことらしい。


「死因は毒によるものだ。足が木のように硬化しているのが分かった。あれは()()()が人に使われたことによって起こることらしい。実例はなかったのだが、予測されていた反応だった。あれで血流が悪くなり死んだのだろう。しかし……」


 神父の硬い口調が重くなる。


「溺死する可能性も、あったそうだ。大量の水を飲んでいたのが判った。毒の効果の進行が遅ければ、溺死していただろうと。――解剖の許可を得るためにノーハには此処に来てもらっていたが、今は家に戻っている。話を聞くなら、落ち着くまで待ってやると良い」

「解りました。ありがとうございます。それで神父様は、どちらを期待して、のことだと思われますか?」

「どちらとも言えんな。この毒、いや薬は人に使われる事を想定していないし、使われた事例もない。本当に死に至らしめることができるのか、と不安になって溺死にも至る方法を試した、と考えることもできる」


 あの薬とは、昨日タケシュが持ち帰った薬草から作られたものだ。バイトンからマツハムの手に渡ったあと、何者かがそれを飲ませたということだろうか。いつ薬を渡したのか、それをはっきりと訊かなくてはならないだろう。

 こういった事態は苦手であるから、後は若者に任せる。そう言って神父は医師の手伝いに戻っていった。この先、遺体からどこまでの事実が明らかになるかは不明だが、また時間をおいて尋ねることにしよう。そう考えたカノタは、部隊長への報告も兼ねて、バイトンへの聴取に臨んだ。



「あの薬に関しては、教会への差し入れの前に彼の家へ寄って渡しました。大事な薬ですからね。完成するまで待機してもらっていたのです。祈りの会へ遅れてしまうのは、少々申し訳なく思ったのですが、こちらも急がなくてはならないと思い――」


 部隊長ローラスから既に話が入っていたのか、バイトンは食堂で待機をしていた。報告を済ませた際に改めて事件について話すと、当時のことをスラスラと喋ってくれる。その後の行動は把握しておらず、薬を与えるために牧場へ行ったのではないか、と言う。


「タケシュに伝言を伝えたのもその時です。聖職者様に、試食会へ遅れる旨を伝えてもらったのですが、もしかしたら、彼も何処かで会っているかもしれません」


 その証言の真偽は、騎士が証明するしかないだろう。住人の多くは夕方から、タケシュの帰還から直ぐに祈りの会の準備を始めている。巡回の騎士が町を取り囲むよう――牧場を含め――設置された松明に火を灯して回っていたときには、既に町を歩く人は居なかったという。

 巡回ルートは屋敷から始まり、三人一組で行動する。先ずは橋を越えて畑へと通じる山道を登っていく。畑ではタケロスが作業をしており、速く戻るよう促したと、巡回をした騎士は言っていた。それから来た道を戻って町の外縁の松明に火を灯していくのだが、此処で道は三つに分かれる。住宅を囲む二つの道のうち、川沿いの通りを一人の騎士が担当し、後の二人は外縁、山に沿って牧場の外側に火を灯していく。山沿いは岩場となっており、魔物が潜んでいる可能性を考慮して、二人一組は崩さない。二組が合流して、牧場と住宅地の境の道を灯していく。

 おそらくバイトンが通ったのは最後の道であり、マツハムの家の玄関もそちらにある。バイトンが腸詰を取りに行った牧場は、教会から一番遠い場所だ。時間が合わなければ目撃されることはなかっただろう。タケシュに伝言を頼んだ時、日の具合はどうだっただろう。


「それはどの時間帯でしたか?」

「そうですね――、騎士の巡回がこちらの通りで始まった時ぐらいではないでしょうか。観光牧場の方で火が灯っているのが、二階の作業場から見えました」


 そういえば、と。こちらの通りでタケシュを見たとも言っていたのを思い出す。橋を渡った騎士は牧場側から火を灯していき、門番を連れ立って祈りの会へ向かうために、川沿いの道の松明へ火を灯して移動したのだ。普段は二手に分かれて門をゴールにしていたが、数日滞在している観光客には、物珍しい光景を見せたことだろう。


「タケシュに会った際、何か不審な行動をしておりませんでしたか?」

「さぁ、その様なものは感じませんでした。ずっと墓にいたようで、墓に愛用の品を供えたいと家に戻り、教会へ戻っているところへばったり。丁度いいからと頼みました。ですから、少し面倒事を頼まれた、との表情をされたかもしれません」

「聖職者様に伝えてから行こう、とは考えなかったのですか?」

「タケロスに言っておきましたので、本来は言わなくとも良かったのです。タケシュの気晴らしになれば、との考えもありました」

「差し入れは急に思い至ったのですか?」

「そうですね。なにぶん試食会と祈りの会が同時に行われるとは思っておりませんでしたので。薬を作り終え、どうしようかと悩んだ後、薬を届けるならばついでに、と思い」


 次はマツハムについて尋ねることにした。


「マツハムは如何でしたか? 何か不審な点があったりだとか」

「特になかったように思います。玄関先にタケロスが使っていた荷車がありましたから、彼にも訊いてみると良いでしょう。二人は仲が良かったようですし、些細な変化も見逃さなかったでしょう。――自殺の可能性もあるのですか?」

「捜査を続けている最中ですので、まだ判りません」


 そんな訳あるか、と遺体の状況を知るカノタは思う。それなのに何故その様な言い方をしたのかといえば、曖昧な表現をして相手の反応を窺いたい、との思惑があったからだ。

 数回の鼓動。

 ため息が一つ。


「もう一度、訊きます。なにか変わったことはなかったでしょうか」

「そうだな。――まぁ、いつもの前向きな彼だった。いつもの、な」


 思い出すように、じっくりと言葉を出していた。その表情には、どこか不安の影が見えた。これからのことでも考えているのだろうか。


 ひとまず分かったことがある。少なくともタケロスが会ったときには、彼はまだ生きていたのだろう。薬はまだ、そこにはなかったのだから。


 話に区切りがついたのを察したのだろう。バイトンがコーヒーを淹れに席を外したのを切欠に、食堂を出て外へ出る。次へ向かう場所は決まっていた。

 一人ひとり話を聞いていき、そこに出てきた名前や物から順に調べていく。この町に赴任してきたカノタに、ローラスが最初に教えたことだ。

 祈る彼女の横顔を思い浮かべる。類まれなる能力を持つ彼女の話は、騎士団の中でも有名であった。曰く、どんな事件も解決する名探偵。そんな彼女の手助けができたのなら、大きな自慢話になるだろう。

 あわよくば昇進。

 それも聖職者のように、各地を旅する遊撃隊に。

 騎士になって数年、巡回するだけの日々に、嫌気が差してきたタイミングであった。丁度いい刺激だと、カノタは意気揚々と歩き出す。先ずは話に出た荷車を調べ、バイトンの証言を裏付けることにした。

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