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 馬車のそばでリアを待っていたニールは、リアの様子がおかしいことに、すぐに気付いた。


「──お嬢様?」


 呼び掛けに、リアは顔をあげた。そして。


「アビーに花瓶を投げつけられました」


「なっ……」


「けれどアビーは、わたしがアビーに花瓶を投げつけたとモーガンに泣きつきました」


 淡々と語るリア。ニールが、奥歯をぎりっと噛み締めた。


「……モーガン様はそれを信じたと?」


「ええ。そして、わたしはモーガンに頬を打たれたわ」


 ニールは血がにじむほど、こぶしを強く握りしめながら叫んだ。


「──もう我慢なりません。お嬢様がどれほど止めようと、私はすべてを旦那様に報告します」


「駄目よ。ニール」


「止めても無駄です。お嬢様。たとえあなたの護衛をはずされようとも、私は……っ」


 ニールは、はっとした。リアのまとう空気が、双眸が、凍りのように冷たく、まるで刃のように鋭かったからだ。


「──お父様たちには、わたしからお話しします」



「ただいま戻りました」


 屋敷に戻ると、両親と妹のセシリーは応接間でお茶を楽しんでいた。セシリーが席を立ち「おかえりなさい」と、リアに駆け寄ってきた。リアが愛おしそうにセシリーの頭を撫でる。


「あなたがとてもいい子に育ってくれて、姉様は嬉しいわ」


 セシリーが「突然どうされたのですか?」と首をかしげる。両親も不思議そうにリアに目を向けている。


「セシリー。姉様は、お父様とお母様にとても大切なお話があるの。お部屋に戻っていてくれる?」


「わたしがいては駄目なのですか?」


「駄目じゃないわ。でもね。楽しいお話ではないから」


「セシリーお嬢様。私からもお願いします」


 うしろにひかえていたニールも頭をさげる。セシリーはよほど大切なお話なのだと思い「わかりました」と、自室へと足を向けた。本当に素直な子だわと、リアが頬を緩める。


「改まってどうしたというのだ」


「大切なお話とは?」


 父親が、母親が、リアに視線をそそぐ。リアは一度、ニールと視線を交差させてから、口火を切った。


「お父様、お母様。どうか、モーガンとの婚約を破棄させてください」


 両親は、そろって目を見張った。


「ど、どうして?! あなた、婚約が決まったとき、あんなに嬉しそうにしていたじゃない!」


「そ、そうだ。それに、あいつは見目もよく、性格もよい。いずれ爵位を継承する長男に、これだけの条件がそろっている男などそうそう──」


「わかっています。けれど、わたしはもう、決めたのです。申し訳ありません。お父様。お母様」


 リアは父親の言葉をさえぎり、頭をさげた。ニールが言葉をつなぐ。


「旦那様。奥様。どうか、お嬢様の話を聞いてください。お願いします」


 父親は苦虫を噛み潰したかのような顔をし、右手で顔を覆った。


「……わかった。とにかく、理由を話してみなさい」





(……頬を打ったのは、やりすぎたかな。いや、それ以上のことをリアはしたのだし……)


 モーガンが黙考していると、目の前で寝台に横になるアビーが不安そうに「お兄様?」と呼び掛けてきた。モーガンは、はっとし、意識して微笑んだ。


「なんでもないよ。具合はどうだい?」


「だいぶよくなってきました。それに、ほっとしたら、なんだか眠くなってきて」


「眠っていいよ。そばにいるから」


「はい。お兄様」


 アビーはまぶたを閉じ、しばらくすると寝息を立てはじめた。それからモーガンは、玄関の扉が勢いよく開けられる音を聞いた。


(? なんだか下が騒がしいな)


 両親が帰ってきたのだろうか。それにしては、なんだかおかしい。不審に思ったモーガンは、アビーの部屋を出て、階段をくだった。玄関ホールには、両親がいた。そして、もう一人。


「フォーゲル公爵……?」


 顔を真っ赤にして怒っているのは、リアの父親であるフォーゲル公爵だった。階段の途中までおりてきていたモーガンに気がつくと、フォーゲル公爵は叫んだ。


「モーガン! おりてこい!」


 あまりの剣幕に、シュミット公爵とシュミット公爵夫人が困惑する。こんなに激高するフォーゲル公爵を見たのははじめてだったからだ。


「う、うちの息子がなにかしたのでしょうか」


 シュミット公爵がおそるおそる尋ねると、フォーゲル公爵は射すような視線を向けた。


「してましたとも。尤も、私もなにも気付かなかったという点では、同罪ですがな」


 モーガンは、リアが父親に泣きついたのだと怒りを覚えていた。自分がアビーに花瓶を投げつけたくせに。そのうえ、訳のわからないことを叫んだ。だから打った。きっとリアは、自分に都合のいいことしか説明していないのだと、モーガンは考えた。


 ぐっと唇を噛み締め、モーガンはフォーゲル公爵の前に立った。


「──リアの頬を打ったことに関してのお話でしょうか?」


「「なっ…?!」」


 そろって驚きの声をあげた両親に、モーガンは視線をうつした。


「あれは、リアがアビーに花瓶を投げつけたから。さらに、そんなに妹が大切なら、妹と結婚しろと訳のわからないことを言われ、頭に血がのぼってしてしまったことです」


 モーガンの両親が絶句する中、フォーゲル公爵は冷静に言葉を吐き捨てた。


「──貴様は、その現場を目撃したのか?」


「……え?」


「貴様の妹に、リアが花瓶を投げつけたその瞬間を目撃したのかと聞いている!!」


「そ、それは……でも、確かに花瓶はアビーのうしろで割れていて」


「それについて、リアはなにも言っていなかったか?」


「……言ってはいました。でも、それはあり得ないことで」


「そうだ。貴様は、妹の言い分だけを信じた。リアの言うことは一切信じずに。これまでも、ずっとそうだったらしいな」


「そ、そんなことはありません……っ」


「ほう。では、デートに一時間、二時間の遅刻はあたりまえ。数時間娘を待たせたあげく、デートをキャンセルしたことさえあるそうだが。それも嘘か?」


「そ、それは……」


 口ごもるモーガン。それは、肯定したようなものだった。それに誰より驚いたのは、モーガンの両親だった。顔面蒼白のまま、母親が口を開く。


「嘘、でしょ……モーガン、あなた」


「し、仕方がないではありませんか! アビーの具合が急に悪くなってしまって……それでっ」


 フォーゲル公爵が「毎回か?!」と、くわっと目を剥いた。


 モーガンはうつむき「……はい」と、小さく答えることしかできなかった。モーガンとて、毎回の遅刻に罪悪感を覚えていないわけではなかったから。




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