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「これは、リア嬢。息子とのデートはいかがでしたかな?」


 モーガンの屋敷に着くと、モーガンの両親が、玄関ホールにて笑顔で出迎えてくれた。


「とても楽しかったです。いつも通り、エスコートも完璧で」


「女性には紳士的に、優しく。そう厳しくしつけてきましたからね」


 シュミット公爵とシュミット公爵夫人が満足そうに笑う。きちんと確認したことがないので確かなことは言えないが、おそらくモーガンの両親は、モーガンがデートに遅刻していることは知らないのではないか、とリアは考えている。リアもそれをモーガンの両親に伝えたことはない。伝えようとも思わない。自分のせいでモーガンが叱られるのが嫌だったから。


「お兄様、おかえりなさい!」


 二階から姿を現したモーガンの妹であるアビーが、階段を駆け下りてくるなり、モーガンに抱きついた。


「ただいま、アビー。走ったりしたら駄目じゃないか。身体にさわるよ?」


「いまはとても気分がよいのです」


 モーガンだけを瞳に映していたアビーだが「こら、アビー。まずはリア嬢にごあいさつなさい」と父親に窘められ、アビーが「あ、ごめんなさい」としゅんとうなだれた。


「父上。少しきつく言い過ぎでは?」


 モーガンが言うと、シュミット公爵はやれやれと肩をすくめた。


「申し訳ない、リア嬢。モーガンは少々、アビーに甘すぎましてな」


「い、いえ。兄妹仲がよいのは、とてもいいことだと思いますので」


「ほら、父上。リアはきちんとわかってくれているでしょう? それに、リアに会いたいと言ったのは、アビーの方で」


「まあ、そうなの?」


 シュミット公爵夫人が、アビーに視線を移す。アビーは「はい」と、花がぱっと咲いたようにかわいく微笑んだ。


「リア様。おひさしぶりです。お会いできて光栄です」


「わたしもよ、アビー」


 思わず、あ、かわいいと思ったリアだったが。


「本当ですか? よかった。私、リア様に避けられているのかと思っていたので、ほっとしました」


 どことなくトゲを感じる科白に、リアはどう返事したものかと思っていると。


「リア様。私のお部屋で、お兄様と三人でお話ししましょう」


「アビー。どうしてお母様たちが一緒じゃいけないの?」


「お母様。私、少し具合が悪くなってきたのです。だから、寝台に横になりながら、リア様とお話ししたいのです」


「お前、そんな無礼なことを」


「父上。リアはそれぐらいのこと、無礼だなんて思いません。だろう?」


「え、ええ。具合が悪いのなら、仕方のないことですから」


「……ねえ、アビー。確かにあなたは小さいころ、とても病弱だったわ。けれど、もうあなたは元気になったはずよ。お医者様にも何度も診てもらって、何度も言われているわよね。どこも悪いところはないはずです、と」


 アビーが聞きたくない、というようにモーガンの背に隠れる。すかさずモーガンが「母上。医者だとて、全て正しいとは限りませんよ」とやんわりと反論する。


「それはそうですが……」


 やれやれとシュミット公爵が腕を組む。アビーは「……お兄様」と、モーガンの上着のすそをくいっと引っ張った。


「どうしたんだい?」


「私、なんだかめまいがしてきました」


「それは大変だ。早く部屋に行こう。ほら、リアも」


 まったく。

 二人の両親は呆れながらも、止めようとはしない。なんだかんだで、家族中でアビーを甘やかしているのだろう。


「すまないな、リア嬢。どうかゆっくりしていってくれ」


「いいえ、とんでもない。ありがとうございます」


 笑顔でシュミット公爵に返答しながらも、これから起こる出来事を予測しながら、リアは胸中でため息をついていた。




「さあ、アビー。寝台に横になって」


「ありがとう、お兄様」


 寝台に身体を横たえたアビーが、ふとモーガンのうしろに立つリアを見上げてきた。


「あの、リア様」


「なあに?」


「私の具合が悪くなってしまったせいで、お兄様がデートに遅刻してしまって、ごめんなさい。いつも私のせいでお待たせしてしまって、本当に悪いと思っております」


「いいのよ。具合が悪い妹のことをほうっておけないのは、当然のことだわ」


 モーガンが、そうだよ、とつなぐ。だが。


「……ですが。リア様。目が笑っていらっしゃいません」


 アビーがうるっと瞳をうるませはじめた。


「やっぱり、怒っていらっしゃるのですね……っ」


 そして、アビーはしくしくと泣きはじめた。これも、いつものパターンである。これだから会いたくなかったのだと、リアは心で嘆いた。


「リア。どうか妹を責めないでやってくれないか」


 わたしがいつ責めましたか。アビーの頭を撫でるモーガンに心で突っ込む。こうなったモーガンは、妹の言うことしか聞かないことを痛感しているからだ。


「いいえ、私が悪いのです。私の身体が弱いばかりに……」


「そんなことはない。アビーはなにも悪くないよ」


 こんなやりとりがしばらく続き、口を挟むひまも与えられないリアは、居心地悪く突っ立っていることしかできなかった。


 ようやく眠ってくれたアビーの頭を撫でながら、モーガンがぽつりとこうもらした。


「この子は、人の心にとても敏感でね」


 リアはどう答えたらいいのかわからず、沈黙する。モーガンはさらに続けた。


「私が大切な君とのデートに遅刻をして、君が怒るのは当然だ。でも、妹はなにも悪くないんだ。それだけはわかってほしい」


 まるで本当に、自分がアビーを責めた気分になってくるリア。ふいに泣きたくなったが、リアは歯をくいしばって堪える。そんなことにはむろん気付いていないモーガンが、さて、と立ち上がった。


「今日は、アビーのために時間をさいてくれてありがとう。もう暗くなるし、屋敷まで送っていくよ」


「いいえ。ニールもいるし、大丈夫よ。アビーのそばにいてあげて」


 湧き上がる感情から、リアはとっさに嫌みを含んだ科白を言ってしまったのだが、モーガンにさらっと流されてしまった。


「はは。そんなことをしたら、両親に怒られてしまうよ。遠慮なんてしなくていいから」


「──そうね」


(……ねえ、モーガン。わたし、知っているのよ。もしお屋敷にご両親がいなかったら、あなたはきっと、アビーのそばにいることを選んでいたのでしょう?)


 それは、過去に何度も立証済みのことだ。アビーがわざわざ三人になってから遅刻のことについて謝罪したのも、両親に知られたくなかったからだろう。それをリアが告げ口しないことも、アビーはもう、見抜いている。


 怒りもある。哀しみもある。


 それでもリアは、モーガンが好きだった。



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