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整理と騙ったdelete  作者: 八月 夏希
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名前もない社会の歯車


 

 この会社に勤めてから、初めて有給休暇申請書を手に取った。



 理由は当たり前だけれど、休みをとりたいから。まぁ、当たり前か。

 具体的に何か理由があるわけじゃないけど、強いて言えば最近になって私の周りが有給を取り始めたから。それに便乗するわけじゃないけど、有給使ってなかったなぁと思い出したから。ただ何となく休みたかったから。そんな惰性。

 だから、私が提出した申請書の事由欄には、「掃除をしなくてはいけないから」と適当な文言が殴り書きされている。掃除なんて面倒くさいことするわけがない。

 惰性で手に取って、適当に書いた申請書。正直、嘘でもいいからまともな理由をこじつけるべきだったかもしれないと、今になって反省している。

 表面上だけでもまともだったら、上司が私の事由欄を見て、露骨に表情を曇らせる事態には発展しなかった。特に理由が思いつかないのなら適当な理由を記入するより、「私用」と書き込んだ方が格段に見栄えが良かった。嘘が足りなかった。

 私用と書いておけば、「掃除って有給取らなくても出来るでしょ。一々、有給取る程のものかね」と、悔し紛れに投げつけてくる上司の小言を受けなくても済んだだろうか。

 別に上司の小言は至極どうでもいいものだし、実際のところ「いえ、掃除がしたいので」の一点張りで無視を貫いたから、そこまで気にするものでもないのだけれど。

 ただ、穏便且つスムーズに事態を進めることが出来たのだから、一々癇に障るようなことは書かなくてもよかったとは思う。

 無意識にストレスを発散したかったのだろうか。上司の悔しい面を拝んで。

 どんなに理由がこじつけでも、私の有給休暇は必ず承認される。それを知っているから、こんな蛇足をつけてしまったのかもしれない。



 申請が承認されたのがつい30分ほど前の話。上司の恨み節が始まりそうだったから、承認されたのを確認すると、一礼だけして早々と部署のデスクまで戻ってきた。

 有給を一日取ろうとしただけで向けられるあの態度。

 流石の私でもいくらかの不快感を覚えるところはある。が、そうはいっても上司の心境も理解はしている。

 普通なら、たかが一社員が休みを取ったくらいで上司はグチグチ文句を垂れてはこない。

 部下を使ったストレス発散とか、明確な理由がない限り、無駄に労力を使うだけ。文句を言うこと自体が、無駄の極み。それにパワハラで告発される危険性すらある。誰もするわけがない。

 ただ、私が所属している部署の部屋を一度でも覗きに来たら、話は変わってくる。

 寧ろ、私の目の前に広がっている光景こそが、会社の上の人間がストレスを抱えている一番の理由だ。


 私の仕事用デスクから視える視界は、デスクに誰も座っていないどころか、誰一人としていない異様な部屋の全貌。




 私を含めて十一人が属しているこの部署は、現在私しか出社していない状況にある。

 勿論、今時のテレワーク制度を導入しているわけではなく、文字通り私以外の人間は仕事をしていないということだ。

 一応、補足だけど部署の皆がここにいない理由は、ブラック企業に耐えかねて逃げていった、みたいな闇深い訳じゃない。

 私以外の人がここにいないのは、私を除く全員が有給休暇を取っているから。正確には、先週から一人、また一人と長期的な有給休暇を申請したから、結果的にまだ誰も帰ってきていないといった方がいい。


 普通に考えれば、部署の中で有給日が被っている人がこんなにもいたら、会社側からは承認されない。時季変更権を行使されて、部署の機能が継続できるように頼まれるのが普通。

 でも、残念ながらそんな選択権は今の会社にはない。

 会社が出来るのは、私たちの有給を承認することだけ。そこに、権限も圧力も加えることは出来ないようにすること。それが、示談における私たちの譲歩だった。

 だから私たちは、ただ今まで何故か使えなかった有給休暇をいつでも使えるため、貯まりきった有給を消化している。正当な権利というわけだ。


 私たちの仕事は、多分だけど仕事が空いている他の部署か、私たちよりも上の人たちがやってくれているんだと思う。今まで、散々私たちが無理をしてきたんだから、これくらいは当たり前のこと。まったくもって罪悪感はない。自業自得だ。


 ただ、一つ気になったのは、今後会社がどう立ち回っていくのか、ということ。

 残念なことに、会社の上の人間は今の状況が分かっていない。

 けれど、それは今の私には関係ないこと。

 今私が考えなきゃいけないことは、会社の未来じゃなくて、目の前の業務。


 私はメッセージアプリの部署全員が参加しているトーク画面を開くと、「私も有給を取りました。来週の月曜日休みます」と短くメッセージを打ち込み、半分ほど進んでいた業務に戻っていった......








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