7_古き英雄
「ノアさん、ありがとうございます……」
剣戟の喧騒がなくなったことを確認してから、セシルは駆け寄ってきた。
「成功したってのに表情は暗いな」
想定通り、ノアは確実に村を制圧していた帝国兵を一人残らず葬ることができた。
これで伝令が本部へ届くことはないし、手配書に載ることもない。
「子供たちは……?」
セシルは兵の死体から目を背けて、幌馬車に視線を送る。
「無事だ。縛ってあった縄も解いてるが、まぁ、この有様だからな。馬車から降りないように言ってある」
ノアは肩をすくめて、セシルと同様馬車に一瞥をくれた。
注目の幌馬車からは、かすかに人が動く気配がするだけで、声は聞こえない。
「ノアさんその顔で『馬車から降りるな』って言ったんですか?」
「ん?そうだけど」
「はぁ……。それは声一つ上げないのも納得です」
ノアはあたりに落ちているアームガードが付いたままの腕を拾い上げ、
反射する自分の顔を見た。
「ああ、確かにこれは怖いか」
彼の黒髪からは、赤黒い血が流れ、顔面も返り血で髪同様に染まっていた。
そんなノアの奇行をしり目に、セシルは幌隙間から中にいる子供たちに声をかける。
「もう大丈夫よ。安全だからね」
子供たちはセシルに急に話しかけられ、一瞬怯えた表情を見せたが、
セシルの柔和な表情に警戒を解いたのか、すぐに落ち着きを取り戻す。
「お母さんたちは……」
おずおずとひとりの少年が、そうつぶやいた。
幌馬車に乗せられている子供は7人。
そして、この村の生き残りは7人だ。
「お母さんたちは先に逃げてるわ。隣の村で合流できるように言ってあるからもうちょっとこのまま待っててね」
セシルは慈悲深い修道女のような表情で、さらりと、平然と、悠然とした声音でそう告げた。
無論、真っ赤な嘘であることは明白だ。
ノアはセシルの言葉を聞きながら、村の奥に積みあがった村人たちの死体を眺めて頭を振った。
「そんなこと言ってどうすんだ」
「隣の村まで運んであげましょう。確かそんなに離れていないはずです」
「まぁ子供を見殺しにするのは目覚めが悪いからな」
ノアはしぶしぶとうなずく。
この村を関所にしようとするということは、
ここから先にはまだ侵攻していないということが予測できる。
「これからこの馬車ごと運んであげるからもう少し隠れててね。まだ敵がいるかもしれないから」
そうやって幌の中に子供たちを閉じ込める説得をしているセシルを置いて、
ノアは近くの家屋に足を踏み入れる。
民家は木製で、内装も質素な家具が並んでいる。
裕福な暮らしではなさそうだ。
物品では期待したほどの金目のものもなかったため、人身売買に至ったのだろうとノアは思索しながら民家を物色する。
「貴金属の類はなくても……」
「お、あったあった」
ノアが手に取ったのは女性もののブーツだ。
セシルに履かせればアストリアへの到着も早まるだろうと、今は亡きブーツの主人に黙とうをささげて民家からセシルのもとに戻ろうとする。
「ん?」
家から出ようとしたとき、壁に掛けられた絵画に目が留まった。
「ノアさんどうしました?」
戻らないノアを探しにセシルが民家の入り口に来ていた。
「あ、大戦の英雄の絵画ですね。ノアさんは絵に興味を?」
「英雄?」
「200年ほど前の魔族との戦争で活躍したとされている魔法剣士ですね。民間人からは人間の勢力圏を守った英雄と称えられております。当時の冒険者や軍人からはその圧倒的な力に怖れを集めていたようですが」
絵画には羽と角が生えた人型の魔獣と相対する身の丈ほどある大剣を構える人間の姿が描かれている。
「絵には興味はないな。ほら、目的はこのブーツだ」
そう言って絵画から視線をはがしセシルにブースを差し出す。
「遺品だろうが、仕方がない。ここで朽ちるよりは誰かが使ってやった方がいい」
「……そうですね。いただくとします」
セシルは胸に手を当てながらそれを受け取った。