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6_魔術

じゃりじゃりと、堂々と足音を鳴らしながらノアは、村の入り口に歩みを進める。


ノアの背には、彼の代名詞でもある無骨な鉄塊はない。


セシルははるか後方の木々に隠れたままで、ノアの愛剣は、彼女の傍らに重々しく鎮座している。


ノアの武装は、刀身が70センチ程度のスタンダードなブロードソードだ。


「やぁやぁ、この有様、賊でも出たんですか?」


ノアは、なじみの店に顔を出すような口調で、村の入り口にたむろしている帝国兵に声をかける。


「なんだ貴様!」


「(帝国兵はそれしか言えないのか)」


「何をぼそぼそ言ってる!」


警戒の声を受けても、気にせず近づいていくノアに、


帝国兵たちは剣を抜く。


近くで子供たちが乗せられた幌馬車の整備をしていた兵たちも、


喧騒を聞きつけ、顔をのぞかせる。


(入口に3人、馬車には2人、将校はいないか。村の中か……)


「いや、ただ旅をしている者だよ。クルーラント王国からアストリアまで行く途中さ」


ノアは首をさすりながら、さも当然のように、帝国兵が違和感を感じるであろう内容をすらすらと笑顔で話す。


このタイミングでクルーラント王国からの徒歩の旅人がいるはずがないのだ。


距離的にもクルーラント王国が陥落してからここまで数日で来るには、早馬が必要であり、また、もし街道沿いを歩いていたのであれば、ノアと対峙する帝国兵と遭遇しているはずである。


「おい、隊長を呼んで来い」


ノアの目の前にいる男は、隣の兵に小声で命令を出す。


(そうそう。全員呼んできてくれれば後が楽なんだが……)


ノアの思惑通り、”旅人”の怪しさを感じ取り騒ぎが大きくなっていく。


ノアを警戒する兵が増えていき、その数はすでに10名を超えていた。


「クルーラント王国から来たらしいな」


駆けてきた兵に遅れて、甲冑ではなく、軍服の男がゆっくりノアに歩み寄ってくる。


「はい、その通りです。あなたがここの代表者ですかね?」


「ふん、貴様に教える故はない」


身に着けている衣服に汚れはなく、間違いなくこの場では高位に位置する者であることは誰の目から見ても明白である。


高い位置で結ってた金髪が、陽光に鈍く反射する。


「その幌馬車は交易品でしょうか?もし女性ものの靴があれば譲っていただきたいのですが……」


ノアは、兵に囲まれ、無数の剣の切っ先を向けられながらも、にこにこと張り付いたような笑顔でそういった。


その姿は、もはや、明らかに、ただの旅人ではない。


ノアは目の前の男が、そう感じるように演じ、


男もまた、『この男がただの旅人ではない』と感じていた。


ただ、男の予想には誤算があった。


「貴様、アストリアの冒険者か?偵察にでも来たか」


アストリアとクルーラント王国の国境沿いの村が帝国兵に襲われた。


アストリアから正規軍を出すことは戦争の開始を意味する。


そのため、アストリア所属の冒険者を旅人として偵察に行かせた。


男の予想はこうだった。


そう、【偵察】だと。


「惜しいが、違う」


そういいながらノアも腰に下げたブロードソードを抜く。


「殺せ」


抜刀したノアに、金髪の男は鋭く短く、兵たちに命じ、踵を返す。


甲冑を着た兵たちは、その命に応え、剣の切っ先をノアに向けたまま、ノアを囲うように展開していく。


「偵察なんかじゃねぇよ!」


ノアは、展開する兵たちの隙間に見える後姿の金髪に、そう叫んだ。


同時に、ノアが目の前の1人の兵に向かって姿勢低く踏み込む。


兵はノアの瞬発力に、とっさに剣を振り下ろそうと、予備動作として剣を小さく上げた。


腕が上がった瞬間にできた、肩口の甲冑のつなぎ目。


ノアの一閃が兵の腕を吹き飛ばした。


兵の叫び声に、金髪が振り返る。


腕を飛ばし、天に切っ先を向けるノアのブロードソードが翻り、


となりの兵の首筋に突き刺さる。


そこまで、わずか数秒。


(あと8人プラス1人)


後ろから切りかかる剣をいなし、胴の隙間から剣を差し込み、


怖じ気た兵のヘルメットの隙間から眼孔を突き刺す。


ブロードソードの柄で、プレートが凹むほどの力で鳩尾を突かれた兵はうずくまって倒れる。


ノアは視界の端で、金髪の男が何かを”唱える”ていることを認識する。


(【奇跡】か、兵を巻き込む位置で攻撃系のものではないだろうが……)


ノアは、思考を巡らしながらも兵たちをものともせず、斬殺し、刺殺し、撲殺する。


そして、最後の一人。金髪の男へと駆けながらの一閃。


バチッ!


鎧をまとわない男に、ノアの剣が弾かれる。


「貴様何者だ!」


「『ふん、貴様に教える故はない』」


ノアは、見えない障壁のようなものに弾かれ、痺れている手を振りながら、


先ほど目の前の男から言われたセリフをそのまま返す。


「くそっ!ここで兵を失ったらあの方から……」


金髪の男は、目をひん剥いてわめき散らす。


(あの方……?)


「だが、お前の剣は俺には届かないようだなぁ!そこらの安物【奇跡】とはちがうんだよ!神からいただき、代々受け継いできた秘伝の【奇跡】だ!」


「帝国内の貴族の出ってところか。こんな辺境に派遣されるようじゃ長男じゃないな」


ノアは挑発するように『ふっ』と鼻で笑い飛ばす。


「確かに、このままじゃ斬れそうになかったな」


甲冑を纏った兵を相手にしても刃こぼれ一つしなかった、


ノアのブロードソードに刃こぼれが見られた。


「攻撃性の【奇跡】すら跳ね返す代物だ!お前ごとき剣が…」


「そのセリフ、悪役っぽいな」


ノアは静かに目を瞑る。


ブロードソードの周りの空気中の水分が、


細かい氷の粒子となり、さらにそれらが高速で衝突するようにイメージし、魔力を流していく。


徐々に、魔力は雷となりブロードソードにまとわりついていく。


「じゃあこれはどうだ?」


更に出力が上がっていく雷は、金髪が逆立つほどになっている。


「なんだそれは!詠唱無しということは魔導士か!クルーラントの生き残りだな!」


ノアは構わず、バリバリと音を立てるブロードソードを下段に構える。


「まぁそんなところだ」


(違うけど)


尚も出力を上げていくブロードソードは、もはや発光している。


ノアが、下段から上段にかけて振り抜く。


ノアと金髪の間にはまだ数メートルの距離があるまま。


瞬間、雷鳴が轟き金髪の男を貫いた。


ノアのブロードソードから発された雷は男を貫き、さらに遠くの雲を散らし、空へと霧散していていった。


「角度付けておいてよかった」


大きく穴の開いて雲を眺めて、ノアはそう言った。


男からは悲鳴一つ聞こえなかった。


「『お前ごときの剣が』なんだって?」


「いや、まぁ確かに剣ではなかったか」


炭素の塊となった、人間だった物に言葉を投げかけるが、もちろん返答はない。


ノアは一瞬懸念した『あの方』という言葉を思索するが、思い当たるはずもなく、すぐに現実に戻ってくる。


あたりを見回すが、もう兵の気配はしない。


「こんなもんか……。お姫様には恩を売っておかないとな」


そう独り言ちるノアの耳にくぐもった声が届く。


「ん?」


声らしき方向には幌馬車があった。

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